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第Ⅳ話 黒と白の舞踏

 リースヴェルトがあたしを冷ややかに見る。

 手勢をすべて失った、というのに、余裕の表情だった。

 いや——もとから、こうなることは、想定していたのだろう。

 予想外だったのは、あたしがまったくの無傷だった、ということか。


 あたしは、ダインスレイフを構えたが、すぐにリースヴェルトに斬りかかろうとはしなかった。

 相手との戦力の差は、よくわかっている。

 砦でのあたしの評価は、中の上くらいだが、リースヴェルトは、そのさらに上——トップの腕前だった。


 同じ小隊ランスに所属しているので、よくわかっている。

 リースヴェルトに手を焼かせるような、強敵とはまだ、出会ってはいないが、彼の手にかかれば、ほぼ、負けはなかった。

 どちらかというと、あたしたちのほうが、リースヴェルトの足手まといとなっている、と感じるほどだ。


 一対一で、まずかなう相手ではない。

 それなら——。


「アシェイラ! 逃げなさい……わたしはもう、だめです。でも、あなたは……」

「逃げても、無益だ。アシェイラ、お前には、もう勝ち目はない」


 エルカとリースヴェルトが同時に話しかけてきた。

 風が吹いた。

 周囲で焚かれていたかがり火の炎が揺れる。


 あたしはゆっくりと、息を吐き出した。

 ——エルカは……まだ、生きている……。

 あぁ、でも……あたしには、彼女を救うことが出来ないのだ。


 あたしは、歯を食いしばった。

「リースヴェルト。さっきも言ったが——流れた血は、おまえ自身の血で購わせる。この手で必ず、だ」


 ざわり、と妙な感覚が肌の上を走り抜けていく。

 あたしは、土地から精霊と自然、森林、それに死霊の魔力を感じ取った。

 土のにおいが濃厚になっていく。

 それは、実際のにおいではない。

 あたしの感性が生み出した、虚構のにおいだった。


 雨があがったばかりの土のにおい——そこから、墓場を思い浮かべる。

 ひびの入った、苔むした墓石が並び、ごとごと……と振動をはじめる。

 墓石が倒れ、地底への穴が覗く。

 そして、その穴から骸骨が現われる——。


『死よ! ……足跡を消しつつ、がために、の道に来たるべし。墓場より出でし死の象徴たる汝をは招き寄せる——』


 言葉を紡ぎながら、あたしは呪文を組み立てていく。

 イメージを次々に繋ぎ、それに周囲から得た魔力を注いでいく。


 墓穴から現われた骸骨が、歩きだそうとする。

 その首に、首吊りの木の枝から伸びる縄が絡みつき、宙を泳ぐように舞う……。


『熱意によりて、我は害意を葬送の力によりて、呼び覚ますものなり。目には目を! 冥府の力より、仇敵を討つものなり!』


 白骨の色が琥珀に変色していく。

 琥珀は、冥府を象徴する色だが、画面が引いて、縄に焦点が結ぶ。

 縄の色は濃紺——死霊を意味する色だ。

 その色が、バケツに溜められた水に絵の具が投げ込まれたように、広がっていく……。


 呪文を結ぶ言葉と同時に、どこからともなく、風が吹いた。

 なまぐさいにおいが、とたんに濃くなる。

 周囲で、びくり……と動くものがある。


 ——死体だ。

 あたしが始末した騎士どもの死体が、動きはじめたのだ。

 喉を切り裂かれ、片腕を失い、または胴体から切断され、上半身だけとなった死体が、腕だけで動きはじめていく。


 はじめて、目にした者ならば、それは恐怖の光景だろう。

 亡者が、にじり寄ってくるのは、自分でも見ていて、気持ちのいいものではない。


 見えざる腕(インヴイジブルアーム)——九種類に分けられた魔力の技のうちのひとつ。

 それは、気体や液体、または動かない物体に働きかけ、遠隔操作で火を放ったり、部屋の温度を急速に下げたり、空気の盾を作ったり、またはゴーレムを操作する能力が含まれていた。

 あたしは、そのなかのひとつ——死体操作にも長じていた。


 一見して、あまり気持ちのいい魔法ではないが、死霊術とは異なり、死体を亡者と化しているのではなく、ただ、動かしているだけに過ぎない。

 といっても、倒したはずの死体が動いたり、仲間だったはずの相手が敵となって向かってくるだけで、人というものは恐怖を覚えるものだ。

 事実、あたしはそうやって、動揺を誘って、反撃を食らわすなどをしていた。


 ただ——問題なのは、これがリースヴェルトには通用しないだろう、ということだ。

『我に従え! 「アストレイアの剣」よ、リースヴェルトの名に於いて命じる。邪悪なる敵を滅ぼす剣となれ!』


 リースヴェルトが、右手を掲げた。

 手を開くと、そのなかにカード——呪符のような、薄っぺらいものではなく、石を削って作られた骨牌が現われる。

 石骨牌いしがるた、と呼ばれているものだ。

 呪符は、石骨牌を粗雑にコピーしたものだが、リースヴェルトが手にしているそれは、本物の古代の秘宝アーテイフアクトだった。

 かなりの実力の持ち主で、ダンジョンの深層まで潜らないと決して手にすることの出来ないものだ。


 秘奥義——それもまた、アリアンフロッドに与えられている能力のひとつだった。

 そして、それを一度、振るわれれば、戦局を一気に終結させてしまうほどの、強力な必殺技でもある。


 リースヴェルトが、石骨牌を持ったまま、手を払った。

 呪符の時と同じく、手の中から、石骨牌が消える。

 アストレイアの剣——それは、「護」の属性を象徴し、「秩序」の真呪プライマリアサインに属している。

 白い光を生み出し、それが剣の形となると、剣から剣を生み出し、分裂していった。

 それが、あたしが動かしていた死体のひとつひとつに、命中する。

 と——さっきまで動いていた死体が崩れ、地面へと横たわっていった。


 あたしが、魔力を呼び出してイメージを作り、呪文を唱えて繰り出した魔法が、一瞬にして、破られてしまった。

 死体はまだ、残されているが、属性は「死霊」から「秩序」へと書き換えられており、リースヴェルトよりもさらに強力な魔法や秘奥義によって、さらに魔力を上書きしなければ、動かすことは無理のようだ。


 溜め息が出てきてしまうほどの、見事な一撃だった。

 すごい、という言葉しか、出て来ない。


「に……逃げて! アシェイラ……逃げなさい!」

 エルカが、叫び声を放った。

 どこに、そんな力が残っていたのだろう。


 大樹の幹に背中を預けていたエルカが、リースヴェルトにしがみついた。

 瀕死だったというのに——死を覚悟した、決死の行動なのだろうか。


 あたしは——迷った。

 このままでは、ふたりともリースヴェルトに殺されるのは、確実だ。

 どちらかが生き残って、復讐を果たさなければならない。


 やるべきことは、わかっている。

 でも——エルカを見殺しにするだなんて……。

 そんなこと、許されるのだろうか?

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