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*005*マイナーエルフの現状と問答

 衝撃の邂逅から、1週間。

 だんだん、自分の置かれている状況がわかってきた。



「おはよう、良く寝れてはなさそうねぇ」



「すっごいクマ」とケラケラと笑う、白衣のおねーさんは、闇医者のご主人さまと違い治癒魔法の使い手で正規免許を持つ癒師だった。

 他にも魔法調合師や医療魔具技師という超激ムズライセンスホルダーらしい。

 わたしがいるのは『魔導医務室』というギルドにおける治癒の要だとか。

 お隣の救急転移室では、オペなるものを行っているという。



「ほいっ朝ごはんよ」



 ここでは朝昼晩の3食もごはんが貰える。

 最初は毒でも入ってるんじゃないかと、警戒していたのだが。



「お好きな方をどうぞ」

 


 語尾にハートマークをつけながら、同じ料理が乗ったおぼんが机に置かれる。

 寝床はベットと言うらしく、食事用のテーブルがとりつけられるようになっている。

 初日のごはんに手をつけなかったら、選択肢を与えらるようになった。

 まだ毒は混入されていないが、1つ解せないことがある。



「じゃあ、私はこっちをいただくわね」


「…………」


「いただきまーす。んまっコロッケうんま!」




 なぜ隣で食べているのか?

 余ったらもったいないのは分かるけど、未遂とはいえ襲われそうになったどこの馬の骨とも分からぬ違法従魔(ファミリア)と食事を共にする意味がわからない。



「おいしいねぇ。エルフちゃん」


「…………」


「今日のコロッケは牛鬼らしいよ。見た事ある?」


「…………」


「やっぱり朝は米と味噌汁。納豆に限るねぇ。最っ高!」



 1週間、3食を共にして分かったことがある。

 このおねーさんは、かなりの大飯ぐらいだ。

 そして、テレビ伝道師かってくらいよく喋る。

 会話が成立していないのなんか、お構い無しにしゃべり続ける。

 内容がコロコロ変わるし、噂話や流行りのこと。何でもかんでもくっちゃべる。



「昨日の急患には困ったよ。牛鬼に半分食われてるんだもん」


「…………!」


「牛鬼と一緒に転生されたおかげで、胃の内容物から体の一部を抽出できたからよかったけど。グロくってね。もう唾液が止まらなくて」



 このおねーさんは、やっぱり危ない。

 昨晩も眠れなくて起きていたのだが、深夜に牛鬼がお隣さんの壁をぶち破って侵入された時は肝が冷えた。

 襲われたから正当防衛でボコらせてもらったが、人が入ってるとは思わなんだ。

 あれ。まさか今日のコロッケとやらの牛鬼って?



「昨日の牛鬼でした。おいしかったでしょ?」


「……………………ゔぇ」



 想像したら吐き気が。

 戻したらもったいないし、経緯はともかく美味しいので残さずいただいたけど、知らずにいたかった。



「お――全部食べだね。えらいえらい」



 毎回、頭をモフるのもやめてほしい。



「…………ごろろろろ」


「ん、気持ちいいのかな。表情と感情のギャップがいいなぁ。ちょっと調べさせてくれない?」


「…………………………ふしゃぁぁ」


「あっはっは冗談だよ」



「じゃあ、またね」と手をヒラヒラ振りながら、扉の奥へと消えていった。

 嵐が去るとはこういうんだと思う。

 大体、わたしは猫じゃない。エルフである。

 いつから喉からこんな音が出るかは忘れてしまったけど、わりかし最近なような気もする。

 まあ、些細なことだ。



「…………ふぅ」




 この1週間『食っちゃ寝生活』はクリアしている。あまり寝れていない気もするけど、ちゃんと食べてるからモーマンタイだ。

 問題は、もうひとつの命令。



「…………ごしゅじんさまは、ごしゅじんさま。でわ?」



 ご主人さまは幾人も替わったけど、皆んなご主人さまだった。

 従魔(ファミリア)狩りに遭い、心得を教育されたあの日から、ご主人さまには絶対服従するもので、それ以上でもそれ以下でもない。

 その前提条件を覆す命令に、どう対処すればいいかなんて教わっていない。



「…………ごしゅじんさまとわ、なに?」



 ご主人さまじゃなくなったら、主従関係は変わるの?

 変わらないはずだ。だって、わたしの背中には契約紋印がちゃんと刻まれているから。

 所有物であることは、覆らないはず。

 本当に? ごしゅじんさまじゃないのに?

 こんな具合で、頭の中でぐるぐる回って考えれば考えるほど分からなくて、また考えての無限ループに陥っている。



「やあ、おやつ食べよー。て、面白いことやってるね」



 ベットに蹲りウンウンうなっている所を、おねーさんに激写された。



「…………わからなぃ」


「やっと私を見てくれたね。独り言にも聞こえるけど」



  ケラケラとふざけてばかりいるけど、最初からこの人はわたしの目を見て話してくれていた。

 大きくてキラキラした翡翠みたいな眼が怖くて、聞こえないふりをしていたし、今だって怖いけど。

 一度声に出したら、気持ちは止められなかった。



「…………ごしゅじんさまわ、ごしゅじんさま。どーすればぃーか、わからなぃ」


「あー。つまり、キリクくんから『ご主人様呼びはNGだから違う呼び方にしろー』って宿題を出されたけど、君にとってキリクくんも今までのご主人様もご主人様であってそれ以上でもそれ以下でもない、絶対服従すべき恐怖の大王。アイデンティティ崩壊するじゃねぇかこのロリコン野郎。ってこと」


「…………」


「じゃあご主人様でいいんじゃない。今までと大差ないんでしょう?」



 そうなんだけど、そうじゃないというか。

 確かに歴代のご主人さまは趣味趣向は違えど、痛いことや怖いことをするのが好きで、泣いたり苦しむのを見て楽しんでいた。

 正直、新しいご主人のことはよく知らないけど、なんとも言えないイヤな匂いはしない。だからこそ、分からなくて怖い。

 でも、所有物と契約者という絶対的な主従関係は変わらないはずで、今までと同じご主人さまになるはずなのに!



「…………ごしゅじんさまゆーと、かなしそーにする」


「ぷはっ」



 まじめな話をしているのに、笑うなんて許せない!

 ミジンコ並みのオツムを全速回転させてるのに、酷い。酷すぎる!

 もう、この人からはごはんは一切食べない。

 2食分くれるって言っても、絶対にだ!



「ごめんごめん。面白くって、つい」


「………………ぐるるるるるるる」


「君は思っていたよりも、素直で分かりやすね」



 頭をモフられそうになったので、距離をとる。

 もう、好き勝手にはさせないぞと思ったのだが、結局魔の手に捕まり全身をモフられたのだった。



「さっきの話の続きだけど」


「…………ふしゃぁぁぁぁ」


「難しく考えすぎなんじゃない? 契約者と従魔(ファミリア)《ファミリア》の関係なんて、持ちつ持たれつの共同体でしょう」


「………………」


「自分だって、わかってるんでしょ。人身売買が廃止されてから、奴隷なんて存在しない。非合法的な手法で契約した従魔(ファミリア)に通称だって」



 頭の中で、何かが弾ける音がした。

 奴隷じゃない。ドレイ。どれいってなんだっけ?

 答えは初めから出ていた。見ないようにしていただけで。

 ピコンと『異世界辞典』が現代における奴隷を解説ささやいた。

 旧時代の負の遺産――奴隷の如き扱いを受けている従魔(ファミリア)の通称。IGO非登録で本人の同意を得ず、契約紋印に強制服従等の禁呪が編み込まれていることが多い。へぇ。

 だとしても、わたしは所有物であることになんら変わらないのに――



「俺が変えてやる」



 どこから覗いていたのかご主人さま(仮)がものすんごい剣幕で飛び込んできた。



「殺し屋みたいな顔で登場しないでくれる?」


「どこぞのアホエルフが不眠症で、こっちまで寝れないだけだ」



『異世界辞典』によると契約者と従魔(ファミリア)は契約紋印により、五感と第六感。記憶に至るまで共有できるという。

 尚、共有には個人差があり、基本的には互いの同意が必要である。但し、感情の起伏やバランスが崩れることで、垂れ流しになることもある

 らしい。

 て、ことはなに。わたしの思考、垂れ流し状態?

 まさかと思い、ご主人様をチラ見すると顔ごとそらされた。

 ああ、これは――



「ダダ漏れなわけねぇ。どんまい」



 だから語尾にハートマーク付けるのやめてほしい。

 あといい加減、モフるのもやめてほしい。切実に!



「そういえば始末書は? 片したの?」


「あとは、従魔(ファミリア)の調書とって、署名捺印するだけだ」



 何事も無かったように、会話を続ける2人についていけず、気が遠くなってきた。



「1週間、タダ飯食らったんだ。ひと働きしてもらう」


「…………!」


「どうせ、命令が片付くまでは寝れんだろう。こい、仕事の時間だ」


「…………あぃ」



 正直、何がなんやらで何ひとつ呑み込めちゃいない。

 ヘトヘトで眠いのに寝れないのは、もう疲れた。

 せっかく命令されたのだがら返事はひとつしかない。

 何をさせられるのか、この先に何があるのか不安だけど、ついて行ってみようと思う。



「………………ヴィーラの、おねーさん。ぁりがとー」


「はいよー。ちなみにヴィーラは種族名だからユエって呼んでね。お姉ちゃんでも可」



 一応、話は聞いてくれたわけだしお礼くらい言わなきゃと思っただけ。

 信用したとかではない。断じて違う!
















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