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*004*マイナーエルフは混乱する

 とてもいい、夢を見た気がする。

 温かくておいしいごはんをたくさん食べた、そんな素敵な夢を。



「…………?」



 久方ぶりに、気持ちのいい目覚めだった。

 藁の上で小さく伸びをしようとして、感触が違うことに気づいた。

 いつものダニとノミが住み着いてかび臭いカサカサで薄っぺらい藁じゃない。

 ほんのり温かくて、若葉のようないい香りがする。それにフワフワしていて弾力があり心地よい。雲の上で眠っているような感触だ。



「…………」



 そっか。まだ夢を見ているんだ。

 現実はゴツゴツした岩肌のように冷たい床に、藁が僅かにしかれた檻の中。

 起きれば、また何時ものように雑用と主催者とその部下たちのサンドバックの日常が待っている。

 見回りが来る前に起きなきゃ、殴られ蹴られてボッコボコにされて、虫の居所が悪けりゃ焼かれて斬られる。

 このまま夢の寝床を楽しみたいけど、ご飯ぬきは嫌だ。仕方がない。起きよう。



「…………っ?」



 どうしよう。ポカポカフワフワの寝床のままだ。

 外気筒抜けなのに寒くないと思ったら、真っ白な毛布に包まっているじゃないか。

 夢から覚めたいのに、起きられないなんて!!



「???」



 身体を飛び起こすと、フカフカの寝床が反動で寝床に体が沈み3度跳ねた。

 例によって『異世界辞典』が極上低反発マットレスと解説ささやく。

 なんだか、すごく強そうな感じだけは伝わった。



「…………ぁ、ぅ?」



 キョロキョロと周りを見渡すと、どうやらここは部屋の中のようだ。

 壁と天井は白で統一され、入口の反対の壁には3つの棚が並んでいて、それぞれ本・液体や小さな粒や粉が入った器・大小様々針や用途が分からない道具がびっしりと並んでいる。

 アルコールの匂いが鼻をツンと突くけど、奴隷商や歴代ご主人さまたちが使っていたものよりも臭くない。危ない香りもしない。

  寝床の周りには低い柵が取り付けられているが、拘束されているわけではないし、直ぐに逃げられそうだ。



「…………」



 一張羅のワンピースではない。清潔な水色のシャツとズボンに変わっている。

 シャツは前開きする7分袖タイプのもの。闇医者のご主人様に仕えていた時にあてがわれた、検査衣を彷彿とさせる。



「あ、目が覚めた?」



「おはよう」と後ろから声をかけられ、条件反射で身構える。

 気配には敏感だと思っていたけど、いつから接近されていたのか全く気づかなかった。



「怪しい者じゃないからそんなに警戒しないでー…………て、臨戦態勢になっちゃってるわねぇ」



 翠髪で華奢な体躯のヒューマン……耳が尖ってる匂いも全く違うから、ちがうみたい、

『異世界辞典』がヴィーラ。天が遣わし癒し手――なんて、トンチンカンなことを解説ささやいたけど、ここは無視だ。

 気配なく背後を取ったのにも拘らず、悠長にお喋りとは。余程のバカか格上の相手と相場が決まってる。

 この場合は、間違いなく後者だろう。



「怪我が多かったからね。完全な治癒は負担も大きいから心配だし。今回は自然治癒促進って形にさせてもらったわよ」


「……」


「傷はある程度塞いだけど、無理すればすぐに開いて、治りも遅くなるの。だから、激しい運動はオススメしないなぁ」



 このおねーさん。今、治療――といった?

 体に染み付いた他人の魔力の匂いを辿ると、眼前の翠髪と一致。

 体の節々が痛いけど明らかに怪我が良くなっている。

 強い力がひしひしと伝わってくるのに、敵意の欠片も感じないのは何故か?

 だからって敵の可能性は否定できない。

 ここが何処かも分からないし、奴隷商の関係者なら下手を打てば折檻コースまっしぐら。

 どうしたらいい?



「お前等、何しているんだ?」


「キリクくん。丁度よかった。違法従魔の子、目が覚めたんだけど混乱してるみたいで。ヤル気満々で困ってたのよ」



 入口から顔を覗かせたのは、黒髪紅眼の男。

 聞き覚えのあるバリトンボイスと思ったら、記憶が脳裏を一気にかけ抜けていった。



「…………ごしゅじん、さま」


「え、キリクくん。いたいけな幼女になんて呼ばせ方してるの。引くわぁ」


「やめろと言ったが、聞く耳持たないだけだ。妙な勘ぐりするな」




 そうだ。

 前のご主人さまに闇市に売られて、競売にかけられたんだっけ。

 エルフだけどマイナー種で無能だってバレちゃって、大特価の特別奉仕だったのに、1人しか落札者がいなかったんだ。

 新しいご主人さまが見つかったと思ったら、その人は違法従魔(ファミリア)の内定調査とやらが目的で、わたしは証拠品で……。

 ご主人さまは、ギルドってところに帰るから連いていかなきゃで、それからそれから?

 あれ、良く思い出せないけどここがそのギルド?

 てことは、翠髪のおねーさんはご主人さまの関係者ってことになるんじゃ?

 つまり――粗相を働いてしまった!?



「あれ、何かオーバーヒートしてない? ねー大丈夫」


「…………………………ごごごごごごめ、なさぃ」


「うん。だいじょばないね。よしよしー落ちついてー解剖したりしないから。怖くないわよ」


「ひぃぃぃぃ」



 解剖されるうぅぅ。

 闇医者のご主人さまみたいに、体を切り刻まれて、臓器をホルマリン漬けにされて、ラリる薬を食べさせられたり、体内に異物を混入されて、骨の髄までしゃぶられるんだ。

 優しいかもなんて少しでも思ったわたしが馬鹿だったんだ。

 どうせ、もう逃げられないし。失態を演じたのは紛れも無い自分自身。甘んじて受けますとも。



「………………ぃたぃ、ゃ」


「えぇ? 仕方ないなぁ。お姉さんが優しく解剖してあげる」


「これ以上、話をややこしくするな。マッドヒーラー」


「いやぁ。からかってたら面白くなっちゃって」



 翠髪のおねーさんはヒラヒラと手を振り上げて、こちらに向かってくる。

 覚悟を決めてギュッと目を瞑ると、髪がくしゃくしゃとうねった。

 恐る恐る目を開けて、上を覗き見るとおねーさんが髪をモフっているではないか。



「怖がらせてごめんねぇ。可愛かったからつい、ね」


「…………バラす、がんばる」


解剖バラさないってば。何をがんばるの?」


「…………がまん」


「頑張るポーズしながら小刻みに震えてる。何この面白い生き物」



 引き笑いをしながら、肩を震えさせるおねーさん。

 そんなに解剖するのが愉しみなんだろうか。

 闇医者の元ご主人さまは、加虐趣味で臓物と血を見るのが三度の飯より楽しみの方だった。

 このおねーさんもかなりヤバい匂いがする。



「お前は俺と契約したんだろう。他者に解剖させると思ってるのか」



 あぁ。そうか。

 解剖するなら、ご主人様がやるのが道理というもの。

 じゃあ、安心じゃない。これは今から解剖するぞ宣言に違いない。



「…………やさしく、してほしーです」


「解剖なんぞさせんし、しない!」


「あーっはっはっはっはっはっ!!!」



 ご主人さまに疲れたように一喝され、我に返った。

 おねーさんは、ケラケラと愉快痛快と言わんばかり笑ってらっしゃるし、もう何がなんやら。



「兎に角だ。今は食っちゃ寝して、体を癒せ。話はそれからだ。食っちゃ寝だ。いいな」


「………………あぃ、ごしゅじんさま」


「あと、ご主人様と呼ぶことは金輪際許さん。他の呼び方を考えろ。これは、命令だ」


「……………………あぃ」



 ご主人さまの新たな命令が2つ出た。

 食っちゃ寝して、ご主人様の呼び方を考えること。

 歴代ご主人さまのどんな命令よりも難しいかもしれないことに気づくのは、もう少し先のお話し。





















 *☆*☆*☆*☆*☆*☆*☆*☆*


 キリクの2つの命令から間もなく、レッサー・エルフは崩れ落ちるように眠りについてしまった。

 そっとベットに寝かせながら、マッドヒーラーことユエは、ほっと一息ついた。



「眠っちゃったわ。よっぽど疲れてたのね」


「原因の大半はお前だろ」




 ケラケラと笑ったユエは、同僚であり患者を連れてきたキリクに容態を伝えることにした。



「魔創・呪傷・裂傷・射創・火傷(etc.)異物注射と思わしきものから、臓器や付随組織の異常。傷と痕だらけの満身創痍。にも関わらず」


「身体は至って健康」


「えぇ。はっきりいって異常だわ。解剖バラして全身を調べたくなる。その気持ちは分からなくもないわね」


「はぐらかすな。俺は頭の回転が良くない」


「仕事以外は、でしょ。あの子、解剖バラされてるし、弄られてるわよ。それも相当な数。調べてみないと詳細は分からないけど、あちこち弄られてるはず」


「……そうか」



 ユエは、顔色ひとつ変えずキリクが歯ぎしりするのを見逃さなかった。

 クスリと笑うと、緊張感のある空気をぶち破るように、大きく伸びをした。



「しばらくは始末書やら事務処理で手一杯だろうし。楽しませてもらうわね」


「相変わらず、性格悪いな。まあ、頼む」


「ところで、あの子どうするの? 従魔契約しちゃったんでしょ?」


「どこまで降りてるんだ、その話」


「キリクくんがすっぽかした、幹部ミーティングで」


「緘口令は?」


「一応、上で止めとけってさ。じゃ、仕事戻るわ」



 左手をヒラヒラさせ、右手で中指と人差し指をクロスさせながら、ユエは扉の奥へと消えていった。

 しばらくは面倒なことになりそうだと、肩をすぼめたキリクもまた、始末書の続きをしようと自室への道を辿るのだった。



「さあて、もうひと頑張りするか」






















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