*003*マイナーエルフの苦悶/自称便利屋の1人芝居
「落ち着いたか?」
「はぃ」
「そうか」
引き続き、主に抱っこされての移動である。
レッサー・エルフは頑丈さが取り柄で足裏も剛毛で覆わているので、靴を履くという概念がない。
裸足で歩かせるわけにはいかないという主の命令なので、抱っこに甘んじているのだが、やはり周囲の視線が痛い。
「何あのフード……人さらい?」
「あの子キズだらけじゃない。服だってボロボロだし……虐待!?」
「ありゃあ、ダンジョン用の戦闘服だ。怖や怖や」
「疫病神が……塩まいとけ!」
耳は良い方なので言葉は拾えるけど、意味までは理解力が乏しくて不明な所が多くなってしまう。
違法従魔は裏社会で取引されており、世間様には浸透していないと聞いたことがある。
見てくれの悪いわたしを連れていることで、主の品格まで下げてしまったとしたら……それこそ死んで詫びるしかないのでは!?
「俺は、便利屋みたいなものだと言ったな」
「…………ひぇ」
「正式にはIGO傘下のギルド――ダンジョン*ワークの1メンバーだ。俺は……いや、俺たちは目的と報酬の為ならどんな仕事でも受注する。暗殺や汚れ仕事に手に染める者も少なくない。故に、世間様からは煙たがれることが多い」
急に内部事情を話し始めた主に、驚いて声にならない悲鳴に似た息が出てしまった。
証拠品に何を求めて、そんなことを言い出したのか理解できずにいたら、主にまた頭を撫でられた。
「依頼完遂までは守り抜く。信用しろとは言わないが、安心してほしい」
掴みどころがなく淡々としているのに、その言葉に説得力を感じてしまう。
どんな意図で、言っているのか理解し難いけど、嫌な感じはしない。そんな不思議な感じ。
「子供服屋は……ここだな」
「な……これ、ぁるです」
「それは最早服とは言わない。ボロ布だ」
ズバッと言われてしまい、開いた口が塞がらない。
一族のところから放逐されてからは、服は死体から拝借したのだが、従魔商に売られたときに
没収されてしまい、今のボロワンピースになった。
『教育』され、出荷された後は買われ売られてを繰り返して。ご主人様の元を転々とした。
あちこち繕ってツギハギだらけになってしまったけど、大切な一張羅に変わりは無い。
着替えと言うから、てっきりその辺の布に巻いて手荷物に扮して輸送されるのかと思っていたのにら服を買うなんて。
正気の沙汰じゃない!
「もう、闇市ではないんだ。枷も必要ないだろう」
「…………ぃやっ」
大きい声に、自分でもびっくりしてしまった。
従魔に堕ちたことは、最初はショックだったし夢なら覚めろと思った頃もあったのに……。
枷がなくなったら、アイデンティティを奪われるのと同じ。自分を否定するようで嫌だと思ってしまった。
「無理強いして悪かった」
困惑しながらも怒らない主の姿に、たまらなく悲しい気持ちになるのはどうしてなのか?
自分の立場や環境なんて考えたことがなかっのに、どうして今になって?
感情がぐちゃぐちゃになって、頭がズキズキと痛み出したと思ったら、目の前が真っ暗になって何も分からなくなった。
*☆*☆*☆*☆*☆*☆*☆*☆*
ウンウンと小さく唸り手をバタバタさせながら悶絶していた、レッサー・エルフは糸が切れたように脱力した。
どうやら考えすぎて、失神してしまったらしい。
「驚いたな」
傍からすれば、冷徹で目つきの悪い不審者――キリクは小さなため息をついた。
腕の中で、眠る幼女に悪いことをしたと思いながら頭を撫でる。
何の気なしにした行為だが、ゴロゴロと猫のように喉を鳴らされ、ビクリと肩を跳ね上がらせ、また驚いた。
「たしかレッサー・エルフだったな。個体差はあるんだろうが、こうも違うもんなのか?」
キリクの知るレッサー・エルフは、愉快な連中だが手癖が悪く、自由奔放な快楽主義者である。
同僚のレッサー・エルフも神出鬼没だが本質は同じ。本能のまま欲望のままに生きる野生児と認識していた。
「違法従魔という環境下におかれたからとはいえ、理性が効きすぎだろう」
本来、レッサー・エルフを捕獲することは至難の業と言われている。
隠密スキルが高く、仮に見つけたとしても機動力で逃げ切らられてしまうからだ。
ましてや、高位の呪術師なら兎も角、違法従魔商風情が服従させることは不可能に近いはずなのに、複数の主人の元にいた。
ありえない!
「ワケありなんだろうが。それはどうでもいい。いや、良くは無いのか?」
レッサー・エルフのことも気になるが、正直それどそろではない。
違法従魔売買の内定調査なんて、受注しなけりゃ良かったと、キリクは猛烈に後悔していた。
闇市に潜り込み、取引現場が地下の公開処刑場にあるとつきとめた時には、競売は既に佳境を迎えていた。
大トリは高額になるだろうと、諦めていたがまさかの大安売りになったので、競り落としたのが間違いだった。
競売の言質も取れたし楽な仕事だったとギルドに報告したら、契約して確実な証拠を上げろとのお達し。
従う他なかった。
「まさか、正式な従魔契約とは……」
契約書の魔法陣からそれっぽいとは思ったが、まさか本物だとは思わなんだ。
契約として魔力を従魔に注ぎ込むフリをした瞬間、魔法陣が発動し魔力を奪われた。
真似事だと油断した己の責任だが、従魔にさせらた当人には呪詛でしかない。
従魔の紋印(隷従の禁呪つき)をその身に刻み込まれ、悶え苦しむ様を見た時には、罪悪感で苛まられた。
魔法というものは1度発動したら、途中で止めることは術者本人でも許されず、見ていることしか出来なかった。
「ぅ、胃がキリキリする」
民間の簡易転移所は高額で距離によっては時間要する。
ギルドへの直通転移が可能な扉の鍵を使えば、割安かつ手っ取り早く帰投可能なのに、何故それを使わないのか?
答えは簡単だ。
従魔契約を締結したことで、報告と事務処理が複雑になり、気が進まなかったから。
「始末書では済まないよなぁ」
依頼完遂まで守り抜くと言ったものの、完遂とはいつまでなのか?
闇市が摘発されたら?
否――依頼は内定調査であり、既に依頼は完了しているのだ。
契約云々は依頼内容には含まれておらず、ギルドの独断という判断が妥当であろう。そんなことはキリクでも容易に想像できた。
では契約した従魔(レッサー・エルフ)はどうなるのか?
それこそ、ギルドの采配で如何様にもなる。
「孤児院か里親か……でも従魔規定に反するのか?」
元来、このキリクという男は細かいことを考えるのは苦手である。
その結果――ギルドの判断に任せよう。なるようになるだろう。裁定が下るまでは、責任をもって身柄を預かろうという安易な決断に至った。
「帰ったら、まずはメシだな」
迷宮市の競売でも、契約の前後も、キリクとの道中に至るまで。
始終、顔色を伺い何かに怯えていたがバザールでの食事や泣き出して飴で宥めただけは、屈託のない子どもらしい表情をしていた。
劣悪な環境でまともな食事もできていなかろうと、胃腸と消化に優しいものを見繕ったが、一瞬で完食。
食事に夢中になっている隙にバイタルチェックをしたら、低血圧と中程度の栄養失調はあったものの、臓器は問題なかった。
肉や海産物も美味そうに食いつくし、簡易テストだがアレルギーもクリア。
「食うのは好きなようだし、気休めにゃなるだろう」
小難しいことを考えるのは性にあわない。
キリク自身も、食に関してはうるさい方だと自負している。
せっかくシャバに出たんだ。美味いものをたらふく食わせてやろう。
口角をほんの少し緩めさせ、キリクは簡易転移所(無人)へと歩を進めるのだった。