*027*少しだけ変わった日常
目が覚めると、ますたーの背中が目に入った。
ここは迷宮案内・ロジスティクス部門支配人室ますたーことキリク支配人の仕事部屋である。
「ん――起きたか」
「……あぃ」
「おはよう。ちゃんと眠れたか?」
「……おはょー、ござぃます」
ますたーの問いに頷きながら、朝の挨拶をする。
「………んー」
寝床である、寝袋(変幻自在就寝魔具)の中で伸びをしてから、寝袋から這い出る。
「………んっ」
アイテムバックのチャックを開き『寝袋を私物空間にしまう。しまう!』と念じる。
黒い空間に吸い込まれていく、寝袋。大きさが違うのに、どうして収納できるのか?
魔法というものは、やっぱりすごい。
「おいで」
呼ばれるがまま、胡座をかくますたーの膝によじのぼる。
ますたーの左手にはコーム。右手にはブラシが握られており。頭のてっぺんから足先まで、ブラッシングされる。
「気になるトコあったら、遠慮なく言ってくれ」
「……へぅー。きもちー」
酒盛りとお説教に終わった、結団式から約3ヶ月。
わたしの生活は少し変わった。
先ずは朝と晩。最低2回はますたーにグルーミングされるようになった。
「こんなもんでどうだ?」
「……ぁりがとー、です」
「おぅ」
あと、会話をすることを意識するようになった。
これはますたーの命令だけど、自分の言葉で話したいという願望も入っている。
「おっはようございます!」
「おはようマカウェスト。今日も元気だな。もう少し静かにしてくれると助かるんだが」
「これ以上どうしろっていうんですか!?」
「すまない。忘れてくれ」
そしてもう1つ。
マカウェストさんと同行を共にすることが増えたこと。
迷宮配信のスタッフを担い、得に精神に入り込み操る精霊転身を駆使した、配信サポートをすることになったからというのが理由なのだけれど。
「おはよう、ラビ!」
「……おはょー。ござぃます」
「今日も可愛いねぇ。よろしくぅ」
「……あぃ」
マカウェストさんにモフられながら、ふと思う。
フォーンの毛並みはフワフワであると。
「レッサー・エルフの毛並みってモフフワで気持ちいわあ」
「配信に合わせた念話の習得も間に合った。精霊転身の調子は?」
ますたーの問いに、マカウェストさんが不敵な笑みを浮かべる。
『借りるね』と脳裏にマカウェストさんの声が走ると同時に、体内に何かが入ってくる感覚と浮遊感に襲われた。
「ねーますたー。ゆーべゎ、ぉたのしみでしたね」
「そういうの。外で絶対やらないように」
マカウェストさんのアドリブに合わせて、わたしは振付とポーズを決める。
「コンビネーションも完璧ね!」
「…………おぉー」
マカウェストさんとハイタッチをしながら、ほっと息を吐く。
3ヶ月もかかってしまったけど、ここまで形にすることが出来た
安堵していると、ますたーに頭をモフられた。
「兎にも角にも。よく頑張ったな」
褒めてもらえた嬉しさで、涙が溢れてきた。
泣き顔を見られたくなくて、咄嗟に俯く。感覚共有でバレバレなのかもしれないけど、せめてもの抵抗だ。
「3人で意識を共有してるようなものだったからな。さすがに疲れた」
「今なら、支配人のポーカーフェイスも読める――気がしないです」
「そうか」
感慨深そうなますたーと、ケラケラと笑うマカウェストさん。
この3ヶ月、インカム(感覚接続&通信補助魔具)を常時接続していたから、精霊転身にもだいぶ慣れてきた。
意識に入られる度に気絶していたけど、その頻度もだ落ち着いてきたと思う。
「とうとう初回配信なんですね!」
「あぁ。IGOへのチャンネル申請通過から3ヶ月。
皆の尽力で、ここまで漕ぎ着けた」
運営会議にてギルド公式迷宮配信者を拝命して3ヶ月。
正式に迷宮配信のダンジョン*ワーク公式チャンネルが、開設されることとなった。
ますたー曰く、アナスタシア総支配人はじめ管理部門のスタッフさん。マーケティング室や広報チームのペトラさん達、色々な人達が迷宮配信に向けてうごいてくれたのこと。
そして本日。
満を持しての初回配信が敢行されることとなった次第である。
「配信魔具とインカムのメンテも完璧だし、あとは配信するだけですね」
「初回は挨拶と、ギルド紹介。ギルド内での撮影がメインだ」
「だから……」一呼吸置いたますたーはそっとわたしの頭に手を置いた。
「そんな世界の終わりみたいな顔をするな」
無能だからとレッサー・エルフの群れを追放された挙句、違法従魔としてご主人様を転々としてきたウン十年。
排気寸前で闇市の競売にかけられ、ますたーに買われたと思ったら、突然ギルド公式迷宮配信を任命された。
この3ヶ月の出来事は、思い出すだけで精神崩壊しそうなので、ここでは記さずに置く。
ただ、従魔長の育成講座という名目で従魔としての所作と知識を叩き込まれ、実況&解説との連携の特訓を従魔業務と並行した。
地獄のような特訓のおかげで、わたしは――
「ラビのパントマイムすっごく上手くて。精霊転身しやすいんですよ!」
「元来、レッサー・エルフは非言語的コミュニケーションが主流だからな。ラビは幼少期から人里で暮らしてきたが、本能のようなものなのかもしれん。どちらにせよ、ラビの努力の賜物だ」
ますたーに「頑張ったな」と頭をモフられ、グルルと音が鳴った。
群れから放逐され今日に至るまで、自発的に言葉を発することは皆無だった。
流暢どころか人前じゃ単語すらろくに話せない。配信をするにあたり、マカウェストさんが声を当てると決まった時は内心安堵した。
とはいえ。身振り手振りに加えて、表情を変えることには苦労した。
理性と本能の割合が本能強めになったら、案外上手くいって驚いたものだ。
「自分の言葉で話せられるよう。会話を繋げることを意識するうにな」
「………あぃ」
「そうなりゃ、マカウェストも実況に専念できる。なによりラビ――お前の生きる糧になる。少しずつでいいから、頑張れ」
精霊転身はあくまで応急処置。
自分の無能さのせいで、マカウェストさんに労力をかけさせてしまっている。
ますたーの言葉は、心臓に釘のように突き刺さった。
「おはよう。相変わらずうるさいね」
「ペトラ……ノックしてくれと、何度言ったら理解してもらえるんだ?」
「するわけないでしょ。弱味掴めないし」
一体いつ入ってきたのか。
ペトラさんが「録画オフ」とカメラのスイッチを切ってため息を吐いた。
「つまらない絵。時間、無駄にした」
「盗撮して言うことがそれか。マカウェスト何とかしてくれ。同期で同格だろう」
「あ、ヘビー。私にもコピーちょうだい!」
「もう、送った」
「ありがと! 」
マカウェストさんは端末を確認し、Yesと大きくガッポーズを決めた。
ペトラさんはヌンとした顔のままVサインをしてみせる。
ますたーは仲良し同期(?)2人組の軽快なやり取りに、何かを諦めたようなため息を吐くのだった。
「ヘビーが仕事部屋から出るなんて珍しいね。どうしたの?」
「配信に向けてイオッさんから言伝預かってきた」
「管理部門イオリ支配人。迷宮配信の立役者だな。続けてくれ」
「色々と多少の不正を働きながら、鋭意努力はしたけど前評判は最悪。あとは任せた――だって」
「お手上げだからって丸投げしてるよね、それ」
「……まあ、せいぜい頑張って」
そう言い残し、ペトラさんは退室してしまった。
「管理部門って、ノリと勢いで生きてる人たちの集まりなんですか?」
「いや。ウチがIGOや民間から煙たがれながらも営業停止にならないのは、事務やギルド運営の要たる管理部門の尽力があってなんだが……」
「そっか。ヘビーが面倒くさくて諸々、端折っただけかぁ。良かった良かった」
「良くはないんだが…………ん。端末にマーケティング室から連絡がきてるな」
「注意事項とかシナリオ、かなり細かくまとめてくれてますね。さすが、ヘビー」
感心するますたーとウンウンと頷くマカウェストさん。
配信の大まかな流れは知っているけど、詳細を知りたいと覗き込もうとするも、ますたーに阻まれてしまった。
「配信担当者――ラビが自然体で動けるよう、詳細は教えるなと。悪いな」
頭をモフられながら、ますたーに諭され納得――できるわけあるかァァァ。
などと異議申し立てることは出来ず。
恨みがましい目で訴えるしかできなかったのは言うまでもない。




