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*023*迷宮配信研修〜特別講師は唐突に〜

 地獄とはこの事だ。

 ふと、脳裏を過ぎった言葉に意味が分からず首を傾げる。



「何か疑問点がありましたか?」



 タマキさんに声をかけられ、条件反射で体がビクンと飛び跳ねてしまった。



「大丈夫か?」



 心配そうに(無表情なので非常に分かりづらいけど、何となくそんな雰囲気)ますたーにも声をかけられ、申し訳なさで死にたくなる。

 ご主人様やその関係者達に意識を向けられる時は、折檻される時か命令される時だけ。

 それらは不意打ちの暴力から入って来た事はさておき、視線や意識を向けられる恐怖心は拭うことができる気がしない。



「とりあえず、飴ちゃん食って落ち着きんさい」



 どこから出したのか。棒付きキャンディーを口に放り込まれた。

「ドラゴンフルーツ味だ」とますたーに付け加えられ驚きで一瞬体が強ばる。

 が――口いっぱいに広がる甘みに顔の筋肉がゆるっゆるに緩んでしまった。



「緩みきった顔を何とかしていただきたいものですが――まあ、良いでしょう。話を続けますよ」


「……あぃぃ」


「理性崩壊して一日が潰れたら、支配人マネージャーの責任ですからね」


「飴ひとつで暴走するほど、ウチの子はそんなにヤワじゃない。そうだろう、ラビ」


「……ぁめ、おぃしー」


「ダメじゃないですか、これ」



 おいしーおやつに本能が引っ張られるけど、まだ大丈夫。

 ちゃんと、会話も聞こえるし理解もできる。

 アメはとってもおいしーけど、欲望に負けたりなんかしない!



「舌噛み切ってますよ。ユエ支配人マネージャー


「はーい。治癒ヒールぅ」


「手間をかける。すまん」


総支配人ギルマネの想定内だろうし、仕事サボれるからOKよ」



 いつの間にか口いっぱいに広がった鉄の味と痛みが、消えていく。

 まさか、無意識に舌を噛み切っていたなんて。

 今までも眠気を堪えるのにやっていたけど、こんなことくらいでやってしまうとは……。



「いくら治りが早い体質とはいえ、無闇に自分の体を傷つけるな。アホタレ」


「……ごめん、なさぃ」


「分かればいい」



 コツンとますたーに頭を小突かれてしまった。

 あまりの優しさに折檻とは言えないけど、以後気をつけようと思った。



「話を続けても?」


「おぅ、よろしく頼む」

 


 さて、ここで本題に戻る。

 迷宮配信研修(?)初日は、座学から始まった。

 ダンジョン*ワークの各部門についての基礎知識から始まり、ギルドとしての特徴。

 資料に次ぐ資料、動画に次ぐ動画。

 情報過多とぼっきゅんぼーんなナイスバディーのおねーさんや、イケメンナイスガイのおにーさんを見すぎて、もう何が何やら。



「……おっぱぃ、いっぱぃ。えろぃむだんじょん」


「情報過多でパンクしかけてるわねぇ。おもしろー」


「頭のネジ、ゆるっゆるですね。どうにかしてくださいキリク支配人マネージャー


「そのうち戻るだろう」


「この体たらくでは、公式配信者としてはいかがなものかと」


「いたいけな子供がNGワード連発するって、一定層にはウケ良さそうだけどねぇ」



 ミジンコ並みの容量の脳ミソに、矢継ぎ早に詰め込まれていく情報。

 同時進行で異世界辞典の解説と『記憶置換&上書き中』とアナウンスが常時流れるという、未曾有の経験。

 苦痛と未知への恐怖心が入り交じる――まさに地獄である。



「この有様で、確認テストは満点なんて。ある意味すごくない?」


「馬鹿とナンタラは紙一重と言いますが――アホ度合いが青天丼で、相殺できてませんね」



 褒められているのかは分かりかねるけど、本能的にドヤ顔をしてしまう。

 表情筋なんて死滅していたはずなのに。不思議なこともあるものだ。

 それはそうと。確認テストは激ムズでさっぱり分からないはずなのに、手がスラスラ動くのは何故なんだろう?




「お前んとこの従魔ファミリアヤベェな」


「アレックス。遅かったな」


「違法従魔の一ツ星っつーから、どんなバケモンか楽しみにしてたのによォ。蓋を開けりゃただのガキじゃねぇか」


「ラビはバケモンじゃないんだが」


「しかも、頭空っぽの脳なしと来た。あんなん連れてきやがって。ギルドの看板にドロ塗ろう――あ゛?」



 気がつけば、角が生えたおにーさんに手刀を向けていた。



「んだァ、やろうってのか。ガキが」


「…………」


「殺気に反応したってか。あ゛ぁ?」



 このおにーさんは、運営会議の時にいた――ますたーの同僚マネージャーで、アレックスと呼ばれてたはず。

契約者の関係者への無礼を働いたのは、彼の言うとおり敵意を感じたから。

 無意識とはいえ、死んで詫びを入れなきゃならんレベルの無礼である。

 というか、それ以前に。このおにーさん、スキが全

くないんだけど。



「というわけで、特別講師――派遣部門支配人(マネージャー)のアレックスだ」


「依頼については直接ギルドに問い合わせが来ることもありますが、IGOから受理した依頼を担う派遣部門。派遣チーム毎に特色があり、専門スキルに長けた他部門の所属員が同行することが多々あります」


「ウチからも、レックスくんトコに出張派してるわよ。ね、キリクくん」


「各部門やギルド専属スタッフが、派遣されるのはしょっちゅうだな」



 何事も無かったように話を進める御三方。

 こちらは一触即発の空気なんだけど、すこしは空気を読んでほしいものだ。

 どうしたものかと考えていたら、アレックスさんの闘気と殺気に似た敵意が突然消えた。



「手前の従魔ファミリアだろ。躾くれぇしとけ馬鹿野郎」


「先に仕掛けたのはアレックスだろう。可愛いのは同意するが、あまり虐めてやるな」


「ほざくんじゃねェぞ。正当防衛だっつーの」



 舌打ちをしながら「シラケたぜ」と頭をかくアレックスさんに睨まれ、体が竦み上がる。



「さっきまで、猛然とレックスくんと対峙してたのに。まるで蛇に睨まれた蛙ねぇ」


「アレックス支配人マネージャーはオルグですが?」


「例え話にマジレスしないでよぉ」




 異世界辞典によると、オルグというのは鬼人族の中でも武闘派揃いで、武器の扱いに長けた戦闘種族だという。

 ますたー曰く。アレックスさんは武闘派を謳う派遣部門の中でも、血気盛んで随一の実力者なんだとか。



「隷従紋が入ってようが、餓鬼だろうが関係ねぇ。売られた喧嘩は買うぜ」


子供ラビ相手にムキになるなよ。大人気ない」



 隷従紋は違法従魔(ファミリア)時代に刻まれた。

 その効果は絶大で、契約者のいかなる命令も遂行する他、契約者に敵意を向ける者の殲滅も含まれている。

 わたしは無能すぎて殲滅することはできなんだけども。

 とんでもない相手に喧嘩を売ってしまったのは事実。

 わたしに出来ることはただ1つ――



「で――ラビちゃんは何してるの?」


「神妙な面持ちで土下座してますえね。総支配人ギルドマスターに送信と」


「あ、私にも送っといてー。レックスくんのいじめ現場」


「幹部グループに共有済みです」


「おぃコラ、ざけんな!!」



 ギルドの円滑な運営を図るため、情報共有は重要とのこと。

 支配人マネージャーはじめ幹部層には連絡手段でもある端末――小型通信魔具にはグループが設けられているんだとか。

 ますたー曰くギルドの今後を左右する重要なことから他愛ない日常会話が延々と繰り広げられるらしい。

 醜態がグループに晒されてしまったショックより、ますたーの株を下げてしまったんじゃないかと不安に駆られていたその時。

 ますたーに頭をモフられた。



「俺の株は元より最安値だ。これ以上は下がらんから安心しんさい」


「安心要素がひとつもありませんが?」


「つか、今すぐ共有取消せ。ぶっ殺すぞ」


「全員既読してるみたいだし、取消しても誰かしら保存してるだろうねぇ」


「暇人ばっかか。全員爆ぜろ」


「時間も推していますので、ここいらで迷宮配信研修を終わります。お疲れ様でした」



 なんやかんやで、研修初日は終わりを迎えたのだった。
















 *☆*☆*☆*☆*☆*☆*☆*☆*



「ったく……寝落ちする奴があるか。ガキかっつーの」


「ラビは従魔ファミリアであることを除けば、ただの子どもだ」



 タマキが研修終了を告げるとほぼ同時に、机に突っ伏し寝息を立てるラビ。

 呆れるアレックスは、当然だろうという面持ちで擁護する同僚に更に深いため息をついた。



「実際のとこ。ラビちゃんの戦闘モードはどうだった?」


「敵意向けた瞬間、気配が変わりやがった。いざとなりゃ、手前の命なんぞ平気で捨てんだろうよ」



「気に入らねぇ」と舌打ちするアレックスは、苦々しげな顔で吐き捨てた。



「違法従魔(ファミリア)って奴ァ、同じような面してやがる」


「最近は摘発エグいし、デメリット大きすぎるから。裏でも見なくなったんだけどねぇ」


「ご主人様とやらの為なら、手段を選ばねぇ変態の巣窟だ。匪賊よりタチ悪ぃ」




 違法従魔(ファミリア)の雇用は国際法で禁じられており、禁固刑のみならず多額の罰則金や、社会的制裁が加えられる。

 現代では、私兵や使用人としての仮身分を与えられることが多く、従魔ファミリアとして競売にかけられることは限りなく少ないのだ。

 希少価値の高い違法従魔(ファミリア)が劣等種と名高いレッサー・エルフ。

 ポンコツな子どもが、正規の従魔ファミリアですら到達するのが誉と称される一ツ星だとは未だ信じられなかった。



「手前が従魔ファミリアを持とうが興味ねぇ。だが、ギルドの看板に泥を塗ることだけァ許さねぇ」


「あぁ。ラビなら大丈夫だ。ギルドの悪評を払拭してくれる――はずだ」


「せめて言いきったらいいのに。情けない」


「いざとなれば、ギルドの総力を駆使して情報改竄に注力します。問題ありません」



 三者三葉の返しに、アレックスはこれ以上の議論は無駄だと察した。

 間抜け面で惰眠を貪る小さな従魔ファミリアの、行く末を案じその小さな額に「ポンコツ」と落書きするのだった。

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