*018*冗談とアイデンティティー
服処ダナザールを後にして数時間。
気がつけば支配人室で、眼前にはますたーのご尊顔があった。
「ただいま戻りましたぁ!」
訳が分からず困惑していると、マカウェストさんが元気よく手を挙げた。
「おう。おかえり」
「服とか日用品諸々。リストの品は一通り。正直、足りないくらいですけど、しばらくは事足りるかなぁと」
「そうか。助かった。ありがとな」
「いーえ。また、いつでも声かけてください!」
推測するに。今回の買い出しはわたしの日用品だったらしい。
私物は無いとはいえ、従魔にモノを与えるなんて。ますたーは、神様なのかもしれない。
「従魔の寝食と尊厳。生活水準の維持は契約者の義務だ。それ以前に、お前はまだ子どもだ。健全に育成するのが大人の役目」
「唐突にくせぇセリフ吐くなよ。その内グレんぞ」
「いやいや、副支配人も似たようなもんですよ?」
「キザ野郎と同列にすんじゃねぇよ」
ますたーの小難しい言葉を遮ったのは、灰色がかった黒髪のおじさん。
歴戦の兵っぽい風貌で――たしか、ディルクさんと呼ばれていたはず!
「彼はディルク『迷宮案内・ロジスティクス部門』副支配人だ」
「バックレ常連の支配人の尻拭いさせられてる苦労人よ。よろしく頼まぁ」
「不在がちで代理をさせてしまうことが多いのはは認める。だが、他に言い方があるだろう」
「仕事しねぇ上司のケツ拭かされんのに薄月給で草」
「悪化さすな」
物言いかヒートアップする2人。
どうしたら良いのか分からずワタワタしていると、マカウェストさんに頭をモフられた。
「いつものことだから。気にするだけ無駄。疲れるだけよ」
「そんなことより」マカウェストさんは、数秒間を置いてにっこりと笑った。
「はじめてのおつかいはどうだった?」
「………ゎからなぃ」
「そっかぁ。まあ、沢山回って疲れちゃったよねぇ」
ケラケラと笑うマカウェストさん。
記憶が朧気だけど、色々な露店を巡ったことと、行く先々で冷たく白けた視線を向けられたことは何となく覚えている。
「ていうか、サシ飲みしてたんですね。どんだけ仲良しなんですか」
「どうしても付き合えつーから。仕方なくよ」
「書類を片していたら、お前が乱入してきたんだろう。俺は無理やり付き合わされただけだ」
「あ゛ぁん!? つまみ出したのお前だろぅが。被害者ヅラすんじゃねぇよ」
ますたーの机の上には『魔窟』『迷宮魂』のラベルが貼られた一升瓶が2本。
どちらも空瓶で、乾き物が無造作に乗った皿や缶が散乱しているではないか。
「あー……あまり残ってないが、食うか?」
ますたーの問いに勢いよく頷き、机によじのぼる。
干したイカに、干し肉、干し芋、おせんべい、甘豆(etc.)煌びやかな輝きを放つつまみを貪り食う。
「で――どうだった」
「共用語はもちろん、獣人語、鬼人語、牧人語――今回だけでも十数種族語を理解しているようでした。アイテムバックも使えてるし、何より可愛くて!」
「マルチリンガルたあ……レッサー・エルフらしからん能力じゃねぇか?」
「履歴を辿れただけでも、ラビは世界各地のご主人様とやらに仕えていた。そこで習得したと思えば何ら不思議じゃない」
ああ、また何やら小難しいお話しをしている。
本能のままツマミを食べている今は、何一つ頭に入ってこない。
「ラビのこともあるし、キリクさんも当分ギルドにいるんですよね?」
「いや。明日からは通常業務だ。ラビも連れて歩くことになるが」
「病み上がりのガキを連れ回すたァ鬼畜だねぇ」
「ユエからは業務に支障はないと診断が下りてるが?」
「そういう問題じゃねぇだろ。まあ、お前らしいけどよ」
「あんまり無理させちゃダメですよ。対人慣れしてないみたいだし」
「あぁ。留意する」
ツマミはあっという間になくなってしまった。
理性が戻った時には、机は食い散らかした痕跡が散見され、罪悪感で死にたくなった。
「ラビ、おいで」
ますたーに呼ばれ、無意識に見参する。
隷従の刻印により、命令には意思に関わらず勝手に動くようになっているからだ。
とはいえ。
「うまかったか?」
「……あぃ」
「食事は生活の要だ。3食しっかり食うのはいいことだが、少しづつマナーを身につけろ。飯がより美味くなる」
「…………あぃ」
髪や口元に付着した食べかすを丁寧に取り、毛繕いをするご主人様は今まで居なかった。
というか、ますたーのグルーミングテクがすんごい。
天にも昇る気持ちよさだ。
「リラックスして喉鳴らすって、猫みたいですね。いいなあ」
「真顔でなんちゅうプレイしてやがんだ。あのぺドは」
「顔は整ってるのに、基本無表情だし、クマはすごいし目付き悪いし……そのくせ面倒見よくてスパダリって。ズルくないですか!?」
「意味わかんねぇよ」
ますたーにモフられていると、気持ちよくてうっとりしてしまう。
今までは、身も心も契約者の所有物だから、何をされてもかまわなかったし何も思わなかったのに。
ますたーは根本的に何かが違う気がする。
「明日からは、仕事に付き合ってもらうことになる。成り行きとはいえ、よろしく頼む」
「……ますたー、ぃっしょ?」
「四六時中という訳では無いだろうが。まあ、そういうことになるな」
「…………ラビ、おしごとする?」
「ラビは本来なら就労する齢じゃない。だが、ファミリアになった以上、働いてもらわにゃならん」
「……あぃ」
「ん……頼りにしている」
要約すると、明日からはますたーに仕えることが出来るらしい。
従魔になったけど、本格的にお仕えできるということは、解雇宣告されるまでは一緒にいられるということ。
胸の辺りがじんわりと熱を帯び、全身に広がっていく。
何やら、生温かい視線を感じるけど気のせいだろう。
「闇市で、お前を買った時。首輪を外すのは嫌だと言っていたな」
ますたーの問いに小さく頷く。
「今でも、その気持ちは変わらないか?」
隷従紋と首輪は従魔の――所有物よの印だと言われた。
従魔のアイデンティティーなのだと思っていた。
ますたーに買われた日から、持たなくていい感情を抱くことが増え、本能を抑えられず醜態を晒し、名前までもらってしまった。
「…………これ、なぃと。ラビゎ、モノじゃなぃ。こわぃ」
「もし。首輪が外れてモノではなくなったら。何になるんだ?」
そんな事考えたこともなかった。
ご主人様をタライ回しにされていた時も、闇市にいた時も、今この時も。従魔であることは変わらない。
首輪はご主人様の所有物たる証、それ以外でもそれ以下でもないはずなのに。
でも、ますたーには『所有物なんて二度と言うな』と命令されてしまった。
あれ? じゃあ、今のわたしは一体なんなんだろう?
「従魔と契約者は対等な関係だ。従魔がモノだというなら、契約者もモノにならにゃいかん」
「…………ダメっ」
大きな声が出て驚いてしまい、体が大きく跳ねた。
契約者――ますたーの言葉を遮るなんて、許されないのは重々承知している。
でも、黙ってなんていられなかった。
「…………ますたーゎ、モノちがぅ」
「その言葉、そっくりそのまま返す。ラビはモノじゃない。命を預け、同じ釜の飯を食い苦楽を共にする。運命共同体だ」
ますたーは、目線を合わせて真っ直ぐにわたしの目て、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「俺の従魔を壊した糞野郎の首輪を付けてるのも、それに執着するのも辛くて悔しくて――狂いそうになる」
「……」
「だから。これは俺のエゴだ」
ますたーが指を鳴らすと、首輪が一瞬で灰に変わってしまった。
首輪があったところには、ますたーから預かった鍵とそれがついたチョーカーだけが残されていた。
「その鍵は引き出しのものだと言ったが。あれは冗談だ」
冗談って、解錠5秒で部屋が爆散するってことかと思ってけど。どうやら認識が間違っていたらしい。
「支配人は自部門における全ての業務を遂行する。そして業務に関わるアイテムの使用権限と情報開示及び修正と更新そして消去することが出来る。鍵は、支配人の証であり、首席従魔にも同等の権限と鍵が付与される」
首席従魔――契約者本人の代理業務を行う等、最高権限と権利を与えられた従魔。
異世界辞典の解説は、全くと言っていいほど頭に入ってこない。
「ラビ―お前は支配人の首席従魔だ。その鍵は預ける。そのチョーカーが今日からラビが従魔たる証だ。異論は認めない。いいな」
「…………あぃ、ますたー」
首輪からチョーカーに変わっただけと思うかもしれない。
でも、わたしにとってそれ以上の何かなのだと本能が叫んでいた。
それが何なのか、いまのわたしには分からないけれど。いつか、理解できるようになりたいと思った。
「うちの支配人のスパダリ感、ヤバいです。副支配人!」
「ヤベぇよ、キメェよ。砂糖吐きそうなんだが」
「幼女を優しく撫でるところとか。永久保存ものですよ!」
「最近の若ぇ奴が何考えてんのか、わっかんねぇ」
「というわけだ。アイテムボックスから寝袋を出してみんさい」
どういう訳かなんて考える前に、体が動く。
具体的にはアイテムバックのチャックを開けて黒い空間に『ねぶくろ、でろ』と念じたのだけど。それはさておき、数秒程でそれは飛び出てきた。
「それ一つありゃ、どこでも快適に眠れる」
入口は丸く開かれており、足元に行く連れて3角に細くなっていく。
芋虫を彷彿とさせるそれに、ますたーに促されるまま潜り込む。
「…………ふぁぁぁぁ」
毛布に全身がくるまっているような安心感。
言い表せぬ心地良さに、おかしな声が漏れ出てしまった。
「明日から忙しくなる。ゆっくり寝んさい」
ますたーに頭を撫でれている内に、瞼が重たくなってきた。
急に眠気に襲われ、抵抗する間もなく視界から色が消えていき、最後には真っ暗になってしまった。




