*016*バザール飯を堪能する
ギルドの外に出ると、空は真っ暗で星がチカチカと光っていた。
ギルドを出る時にたまたま目に入った時計は10時を指していたが、通りには多くの人が行き来している。
「やっぱりこの時間は、まだ人が多いわね。ラビさえよかったら、抱っこでもいいかしら?」
雑踏で押し潰されるのが容易く想像できてしまう。
ありがたく、お言葉に甘えることにした。
「しっかり掴まっててね」
「…………あぃ」
人混みを進むこと10分あまり。
急に開けたところに出た。人酔いを何とかこらえて、正面を見据える。
露店がびっしりとひしめき、たくさんの人で賑わっているではないか。
「天空都市カエルム名物、迷宮市よ」
マカウェストさん曰く。
ダンジョン*ワークは空に漂う浮遊島に拠点――ギルドハウスを構えているんだとか。
天空都市と呼ばれており、ギルドの内外からの出品物が並ぶ迷宮市を中心に交易が盛んらしい。
「…………ひと、いっぱぃ」
ヒューマンに獣っぽい人、マカウェストさんのように耳がとがった人、角が生えた人、植物のような人――色々な種族が行き交っている。
人・食べ物・布・武器・薬品(etc.)色々な匂いが混ざって鼻がおかしくなりそうだ。
「…………すごぃ」
外の世界は、ご主人様の命令で歩いたことはあった。
大半が人気がなく、暗くどんよりとした色があるのに感じられないような。寂しいところだった。
「せっかくだし、色んな露店を回りましょう」
「…………いぃの?」
「もちろん!」
思わず、砕けた話し方になってしまった。
気を抜くと、間抜けな声になってしまう。
言葉も上手く出ないし。というか、まともに話せる気がしない。
「食べたいものあったら、すぐに言ってね」
いやあ。それはできかねます。
マカウェストさんは契約者ではないけど、ますたーの関係者――それも直接の部下だと言っていた。
契約者の関係者の指示には従う義務があるけど、そこに私情を挟無ことがあってはならないのだから。
あ、たこ焼きってなんだろう。おいしそう!
「たこ焼き2つお願いします!」
「毎度ぉ!」
「そこのベンチに座って食べましょう」
「熱々のうちに!」というマカさんの指示で、近くのベンチに腰かける。
ベンチやテーブルは点在しているけど、どれも埋まっている。ベンチもすでに3人が使っていて、1人分のスペースを2人で使わねばならない。
先にマカウェストさんが座り、その膝に座らされる。地べたでいいのにと思うのだけど。彼女の細腕は筋肉の鎧でも着てるんじゃ無いかってくらいホールドされ、逃げられそうにない。
諦めたところで、肘にたこ焼きなるものがのった紙の笹舟を乗せられた。
「すごく熱いから。よくフーフーしてね」
丸くて焦げ目のついた球体にはソースとマヨネーズがかけられ鰹節と青のりが振り掛けられている。
異世界辞典の解説は相変わらず意味が分からないけど、芳ばしい匂いが食欲を掻き立てる。
もう我慢できない。いざ、実食!
「…………ぁふっ、ゎふっ」
なにこれ、すごく熱い。
外はカリカリなのに、中身はトロトロフワフワ。まるで口の中が萌えてるみたいだ。
マカウェストさんが「だから言ったのに」と苦笑している。
何故、同じモノを食べているのに平然としていられるの!?
まさか、毒でも入ってたんじゃ――と、考える余裕はなかった。
「…………んまぁー」
すんごぃ、おいしい。
アツアツなのに、カリカリからのトロトロふわふわ。
かかっている茶色の液体と白色のドロドロしたやつがこれまた美味しい。
魚の香りと磯の香りが、鼻を突き抜けるのがこれまた楽しくて――美味しすぎる。
「このクラーケン、美味しいっ」
「…………こらぁげん?」
「クラーケン。角烏賊なんて呼ばれたりする魔物よ。成体は数十メートルにもなるんだけど。昔は船喰と畏怖されたんだって」
ますたーがダンジョンガイドは魔物の生態に詳しいと言っていた。
マカウェストさんも詳しいと思われる。仲間だと言ってた気がするけど、何をする人なんだろ?
「…………マカさんゎ、ナニするひと?」
「名前、覚えてくれたんだ。うれしいなぁ」
瞳をキラキラさせながらマカウェストさんが解説してくれた。
要約すると。ギルド内外からの発注品を、ありとあらゆる手段で調達し納品するお仕事とのこと。
「ギルドの職人さんにお願いしたり、素材とかはダンジョンから調達するかな。あとは、市中で買ったりとか?」
「届ける方が大変だけどね」ケラケラと笑うマカウェストさん。
「ごはん代はたんまり貰ったから。お腹いっぱい食べましょう」
話を聞いている内に、たこ焼きの入っていた容器は空になってしまった。
おいしかったけど、もっと食べたい。
そんな欲望がふつふつと湧き出てきてしまった。
涎を垂れ流しながら、何とか理性を保っていたのに、にこやな笑顔のマカウェストさんに手を差し出された
。
「さっ行きましょう!」
頭の中でバチッと何かが弾ける音がした。
その後の記憶は曖昧だけど、たくさんの肉に、色とりどりの野菜、魚――とにかく沢山食べたのだけは覚えている。
☆*☆*☆*☆*☆*☆*☆*☆*☆
「ご飯は、どうだった?」
「…………おぃしー、でした」
「それは良かった」
本能のまま貪り食うなんて――最悪だ。
失態を演じてしまったことに、泣きそうになっていると「ほい、デザート」と白くて幾重にもとぐろを巻いているカップを渡された。
「牛乳味のソフトクリームよ」
条件反射で、付属の匙で雪のようなとぐろを掬い上げ、口に突っ込む。
真冬の冷水よりも冷たくて、ねっとりとしていて甘いミルクの味が口に広がる。
甘味と美味しさに思わず顔が緩んでしまったが、匙を掬う手が止められない。
あっという間に無くなってしまった。
「キリクさん――支配人から聞いてはいたけど。気持ちのいい食べっぷりだったわ」
「…………ごめん、なさぃ」
「何言ってるの。これから美味しいもの、もっと沢山食べないとダメよ」
怒られてしまった。
無能なので、お叱りを受けることは日常茶飯事。今までのご主人様は食餌抜きを毎日のようにされたものだ。
もっと食べろなんて言われたことがないので、衝撃で体が硬直してしまった。
「じゃあ、買い出しに行きましょうか」
「…………あぃ」
考えるのは疲れてしまったので、大人しく差し出された手を掴む。
人混みの中を進むのが怖くて、足がすくんでしまった。
体たらくに、激怒するどころか「ごめんごめん」と優しく左腕に抱えられてしまった。
「キリクさんの肩ほど快適じゃないかもだけど、我慢してね」
ますたーの肩の上や腕は鍛え上げられていて、ゴツゴツしていた。
マカウェストさんの身体は女性だから、しなやかだけどふんわりしてるけど鍛え抜かれている。
でも、どこか柔らかくて――最高の居心地であった。
「そうだ、ラビ。端末、持っててくれる?」
マカウェストさんに渡されたのは薄ピンクのカバーがついた液晶画面が嵌められた板。
端末というのは、調べ物をしたり動画なるものを見たり、連絡手段としても使える便利な機能が満載らしい。
異世界辞典の解説によると「小型通信魔具」なるもので、民間人にも広く流通しているとのこと。
「なんて書いてあるか読めるかな?」
「…………かぃもの、リスト」
「そう。キリクさんが送ってくれだから、今から買っていくんだけど。お手伝いしてくれる?」
「……あぃ」
「ありがとう」
マカウェストさんについて、ごはんと買い出しをする。
それが命令だから、わたしはここにいるのに。たらふく食べさせてもらい、お礼を言われる筋合いなんてないのに。
これじゃあ、まるで普通の人と同じ対応だ。
何故だか怖くてたまならなくなり、ブルルと身震いしてしまった。
「大丈夫?」
慌てて首を振ると「無理しないでね」と労られてしまった。
従魔として、これ以上の失態は解雇されかねない。
次に従魔商のところに戻ったら、今度こそ魔獣の餌にされてしまうだろう。
気を引き締めねば!




