*015*キリク支配人、愉快な仲間たちに囲まれる
「ライセンス、失くさない内に私物スペースにしまっておけよ」
「……あぃ」
ウエストポーチを開けて、ライセンスを黒い空間に向けて持つ。
ライセンスは私物スペースにしまう。共用はだめ!
強く念じると、数秒で黒い空間に吸い込まれていった。
「出し入れは大丈夫そうだな」
これからは、収納もお仕事の一つになるそうだ。
ますたーはギルド所有のアイテム管理も担っており、他のメンバーよりも沢山のスペースがあるという。
契約者の指示があれば、従魔のわたしもアクセスができるのだと言われ、驚いた。
「管理が分担できるのは助かる。頼むぞ」
「………うぅ」
命令とあればやるしかないのだけど、責任重大すぎてゲロ吐きそうです。
「窓口は幾つかあるが、それぞれ何を担当するかプレートを見れば分かる」
「………しゅったぃ、きろく?」
「出退記録。便宜上はギルドへの帰投と出立と呼称してる」
統一してくれればいいのに。
なんて考えていたら、ますたーに昔からの通称だから、深く考えたら負けだと言われてしまった。
「キリクさん、やっと見つけたぁ」
「確保しろ。絶対に逃がすなよ」
「クソ探したっす!」
どこから集まってきたのかは分からない。
6人ばかりの男女が駆け寄ってくる――と思った時には包囲網が小さくなり、あっという間に四方を囲まれてしまった。
「IGOから問い合わせが………」
「ギルド所有のレンタルスペースにシステムエラーが……」
「新規調査依頼について……」
詰問されるますたーの、ズボンの裾に必死にしがみつく。
わたしの存在など気づかないかのように、距離を詰められる。
圧迫感で心臓がバクバクと破れんばかりに鼓動する。
何でますたーの肩からおりちゃんったんだろう。
こんなことになるくらいなら、恥も外聞を捨て去ればよかった!
「ギャーギャー喧しい。失せるか黙れ」
ドスの効いた声に、身体が飛び跳ねた。
ますたーを囲んでいた人たちは勿論、遠巻きにしていた人たちまで。
フロア全体から音が消え、緊張感が張りつめた。
「騒いだのは悪かったが、支配人絡みの案件が溜まって、ほとほと困り果ててんだ。そこんとこ考慮してくれや」
「そのために副支配人――ディルクに指揮を委ねただろう」
「俺ァ、畑違いのことァさっぱりだよ」
飄々とマスターに異議申し立てするのは、歴戦の兵っぽい風貌のおじさん。
背はますたーより小さいけど、筋肉隆々で一回り大きく感じる。左頬には鉤爪で裂かれたような3本線が痛々しい。灰色が買った黒髪だけど、まだ若く見えるので加齢によるものではないだろう。
ますたーを取り囲んでいた人たちは1人はおねーさんで残る4人は若いおにーさん。
灰黒のおじさんの言葉にうんうんと頷いている。
「何かあれば端末に連絡をと頼んだはずだ。大人数で押し寄せるな。ラビが怯えて、失神しかねない」
「失神したとしたら、あんたがおっかねぇからだと思うぜ」
話を聞いていると、部下と上司の会話みたいだ。
よく見たら、皆ますたーの腕章と同じ黒色の腕章しているし。
「うわあ。ちっちゃくてかわいい。ウワサの従魔さん!?」
「食べちゃダメっすよ」
「すげぇ震えてるな。つか、泣いてね?」
「なんか、レッサー・エルフっぽくないですね」
「それより、案件どうにかしてほしい」
5人に一斉に注視される。
恥ずかしさでますたーのズボンに顔を埋めようとした時だった。
「話は聞くが、ここで立ち話は邪魔になる。1度エリアに戻るぞ」
「はいよ」
ディルクと呼ばれたおじさんが返事をし、他の5人も頷く。
お仕事じゃ、ご飯はまた後でかなと考えていた時だった。
「マカウェスト、夕飯は?」
「まだですけど」
「差し支えなきゃだが、ラビと一緒に食べてやってくれ」
「えぇっいいんですか!?」
「買い出しも頼む。リストは端末に送る」
「これだけありゃ大丈夫だと思うが、足りなかったら立て替えてといてくれ」
「はーい!」
マカと呼ばれとのは、5人の中で唯一の女の人。
ヒューマンに似た匂いだけど、鹿を彷彿とさせる耳で、迷宮服から僅かに覗く四肢は鹿の子模様の体毛が見て取れる。
「彼女はマカウェスト。最近になってウチに配属された。早急に片付けにゃいかん仕事ができた。彼女と買い出しがてら、飯を食べてくれるか?」
四の五の言わずに、命令すればいいだけなのに。
ますたーは契約者として変わっていると思う。
承知の意味を込めて頷こうとしたら『よそはよそ。うちはうち』とますたーの声にならない指導が入った。
突然の感覚接続に驚いたのも束の間。マカウェストと呼ばれたおねーさんに声をかけられた。
「えと、マカウェストです。マカって呼んでもらえたら嬉しいな」
「…………あぃ。マカ、さま」
「様とか体痒くなるからやめてっ。せめてマカさんで!」
「………………マカ、さん」
命令ならば、仕方ない。
渋々呼び方を変えると、マカウェスターさんは何故か硬直してしまった。
そして数秒後――
「支配人、妹にしていいですか」
真顔でますたーに土下座した。
「いいから、行ってきんさい。お釣りはやるから」
ますたーと5人のおにーさん&おじさん達はどこかに行ってしまった。
マカウェストさんは、ストンと腰を下ろすと視線を合わせた。
「ラビさんは」
「…………ラビゎラビ。さん、ちがぅ」
「そっか。じゃあ、ラビ。食べたいモノある?」
「…………ごはん」
「了解。軍資金もたんまりもらったし、豪遊しましょ!」
目をキラキラさせるマカウェストさんはとても楽しそう。
手を差し出され思わず躊躇してしまったけど、彼女は嫌な顔ひとつしなかった。
「買い物もあるし、バザールに行こうと思うんだけどね。まだ人通り多いだろうから、はぐれないように手を繋がない?」
マカウェストさんの提案に、彼女を含む6人に囲まれた時の恐怖が甦る。
踏み潰されたくは無いし、ちょっと怖いけどその手を掴む。
ますたーのゴツゴツした厳ついそれとは違う。細くすらっとした指、女性にしては力強いけど男性より華奢で繊細な掌は仄かに温かい。
「じゃあ、行きましょうか」
「…………あぃ」
マカウェストさんに手を引かれるまま、歩き出す。
すぐに、歩幅を小さくして歩調を合わせようとしてくれているのが分かった。
それは自然な動作で、無意識であろうことが伺える。きっと、優しい人なのだろう。
闇市でますたーに買われた日以来、初めての外の世界。
あぁ。ワクワクが止まらない!
*☆*☆*☆*☆*☆*☆*☆*☆*
キリク支配人と愉快な仲間たちが集う迷宮案内&ロジスティクス部門。
その居城――支配人室の空気は重く澱んでいた。
「二人は大丈夫だろうか。道に迷ったり輩に絡まれてないだろうか」
「ウダウダうるせぇよ。さっさと片付けてくれや」
書類の束を前に頭を抱えるキリクと、急かすディルク。
他の3人の姿がないのはこうなることを見込んで、ディルクが下がらせたからだ。
「ジンが付いてんだ。コトが起きる前に片付ける」
心配性のキリクが、様子を見に行くと言い出すのを見込んで、3人の中で最も寡黙で気配を絶つ術に長けたジンを、護衛につかせた。
「マカだって元は派遣部門――ダンジョンの魔物を相手にしてた武闘派だ。護衛にゃ十分だろ」
マカウェストは、どこか気が抜けているが実力者だ。
ディルクはキリクの従魔――ラビについてはよく知らない。
一目見ただけで戦い慣れしていると分かった。というか、気配の鋭さが尋常じゃなかった。
「ラビだってその気になればチンピラなんぞ、イチコロだ。魔物にも負けない」
「たいぎィ。張り合ってくんなや」
ウチの子自慢に、ディルクは盛大なため息を零した。
「マカは面倒見がいいし、上手くやる――はず。あんたは手前の仕事を片付けな」
重要なのは、上司であるキリクが溜まった書類を片付けること。
ただでさえ業務範囲が広いのに、慢性の人手不足で仕事は溜まる一方なのだ。
漸く従魔と契約したと思いきや、年端もいかぬガキときた。
悩みはしばらく尽きなさそうだ。
「副支配人なんぞ受けるんじゃなかったぜ」
昇給に飛びついたのが、運の尽きだな。
自嘲気味に笑いディルクは、ポンコツ支配人の見張りをするのだった。




