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*012*本音と建前

 目が覚めると、ユエさんと目が合った。



「おはよぉ」



 目が僅かに充血し、瞼が微かだか腫れている。

 心做しか声のトーンも低い気がするが、そんなことはどうでもいい。



「………っ」



 飛び起きようとしたのだが、できなかった。

 正確には、頭に鈍い痛みが走り脱力してしまった。



「感覚接続(リンク)で記憶を覗かれ、心身からだに強い負荷がかかってる。しばらくまともに動けん。大人しくしんさい」



 ますたーの声が近くから聞こえた。

 首を動かすと、椅子に座るますたーの背中が見えた。



「………きぉく、みた」




 だから鮮明に記憶が延々と蘇ったのか。

 夢だと思っていたけど、これで腑に落ちた。

 ユエさんがブチ切れて、ますたーのことをポカポカ叩いているけど、最早どうでもいい。

 気になるのは、調書とやらがきちんと取れたかどうか。それだけ。



「調書は済んだ。お疲れさん」


「…………ぁい」



 良かった――のかは分からないし、目的も分からないけど、無事に終わったならそれでいい。



「…………ここ、どこ」


「迷宮案内&ロジスティクス部門支配人室(マネージャールーム)――1度来ただろう。自室兼仕事部屋だ」



 あぁ、だからなのか。

 どこかで嗅いだ匂いだと思った。

 自室――ここで生活しているということか。

 たしかに、寝袋や日常品などがちらほら置かれている。

 どうやらわたしは、薄いマットに寝かされていて、毛布をかけられているようだ。



「ごめんなさい。大切な記憶を盗み見たりして……」



 大切にしたい記憶は特にないし、契約者たるますたーや、その関係者に何をされようとも従うまで。

 意識がない中だと、粗相をしなかったか心配になるけど、失態を演じたなら折檻なり罰を下されるだけ。

 非がある中で烏滸がましいかもしれないけど、モーマンタイである。

 謝罪をされる意味が分からず、首を傾げると無言でユエさん抱きしめられた。解せない。



「ていうか、キリクくん。こんな所でラビちゃんを暮らさせるつもりなの?」


「そうだが。問題があるのか?」


「問題だらけなんだけど!?」



 にこやかな笑顔で憤怒するユエさん。

 健康管理もクソもないだの、教育に悪いなんたらかんたらだの――15分ほど熱弁を繰り広げることとなった。



「痴話喧嘩に苦情が殺到してウザったいてす。お静かに願います」


「タマちゃん、ちょうどいい所に。信じられないのよこのグウタラ唐変木!」


「キリク支配人マネージャーの遊惰放蕩には私共も困り果てています。聞きたくありません」



 タマキさんとやらの疲労困憊っぷりが凄い。

 魔王の間――総支配人室の前で邂逅した時の面影はまるでなく、大嫌いな入浴で大激闘した挙句敗北した猫のようだ。



総支配人ギルマネは、一緒じゃないの?」


総長ギルドマスターに着拒され、報告書が転送できず。目下、捜索中です」


「相変わらず、オヤジさんは命知らずねぇ」


「喪章、探しとくか」



 新キャラの名称が出た。

 ピコンと『異世界辞典』が解説ささやく。

 総長――ギルドマスター。ギルドにおける最高責任者。IGOが認定。任期は4年。

 ボロクソに言われているけど、どうやら超絶お偉いさんらしい。



「雇用契約の締結において、総支配人ギルドマネージャーの代理を拝命しました。改めて、総支配人ギルドマネージャーのファミリア兼従魔(ファミリア)長を務めております。タマキと申します」




 タマキサさんとやらに深々と頭をさげられ、困ってしまう。

 契約者――ますたーのお勤め先であるギルドの関係者。それも役職付きの方が丁寧な対応をする必要は無いだろうに。



「…………め、なさぃ。ここころさなぃで」


「はい?」



 ハテと首を傾げる、タマキさん。

 ああ、動揺しすぎてまともに声が出ない。



「タマちゃんは、見た目はキッついけどツンデレで可愛いから。怖がらないであげてね」


「はい!?」




 全身の毛を逆立てて、抗議するタマキさん。

 ユエさん曰く妖精猫ケット・シーという二足歩行の猫で、普段は人型に化けているという。

 なにそれ、すごい!


「大体、何故ユエ支配人マネージャーがここにいるんです」


「ん?」


「雇用契約の手続きに、契約者以外の立ち会いは不要でしょう」


総支配人ギルマネに言われたのよ。迷宮ジャンキー、ワーカーホリックのキリクくんじゃ頼りないからって。聞いてない?」


「にゃにそれ、ズルい――こほん。承知しました。くれぐれも邪魔しないでくださいね」


「はーい」



 猫の片鱗が覗いた気がするけど、きっと思い違いだ。

 ユエさんが意気揚々としていて愉しそうだけど、うん。それも思い違いに違いない。



「揶揄いがいあって愉しいわぁ」


「あぁもうっ。毛並みを弄らないでください!」


「よいではないかーよいではないかー」


「この変態サディストヒーラー。大っ嫌い!」



 ぼーっとしていた間に、何やらすごいことになつてる。

 ユエさんがタマキさんを後ろから羽交い締めにしモフモフを堪能している。

 何というか――えっちぃです。



「二人のじゃれ合いはいつものことだ。話を進めていくが、いいか?」



 所有物にわざわざ、声をかけるなんてますたーは本当に優しいなー――なんて考えていた時だ。

 ますたーが僅かに眉間に皺を寄せた。

 粗相をしてしまったと思い、謝罪しようとしたけど遮られてしまった。



「はっきり言うが、俺は雇用契約を結びたくはない」


「…………ふぇ」


「更新するまで契約は継続されるが……お前を使う必要性がない」



 突然の不要宣言に思考が止まった。



「子どもに労働を無理強いするのは性にあわん。身の安全と寝食を確保できる養護院に行ってはくれないか」



 これまでも、幾度となく買われては役に立てず売られてを繰り返してきた。

 ご主人様を離れる時には、己の無力さに打ちひしがれはせども、安堵の気持ちが勝った。

 再教育されるし折檻もされる、苦しく辛い日々は同じでも。少なくとも買い手を待つ間は、ご主人様の支配と命令から逃れられるから。



「…………ゔぇ」



 こういう時に、涙なんて流したことなかったのに。悲しくてたまらない。

 非力で無能なわたしが幾ら努力したところで、ご主人様の役には立てない。

 ならば、せめて言われた通り養護院とやらに行くのが筋というもの。

「はい」とい言えば済む話なのに、口から出たのは全く違う言葉だった。



「…………ぃや」



 建前ではなく本音が出てしまい、自分でも開いた口が塞がらない。

 同じタイミングで御せていた理性が崩壊。本能最優先のスイッチが入ってしまった。

 解雇されたくない。お傍に仕えたいという思いがとめどなく溢れる。

 考える間もなく、ますたーの足元にすがりついていた。



「…………ぃや。ぃかない」


「俺は生活力がない。まともな生活をさせてやれん」


「…………ますたーとごはん。ぁれば、いぃ」



「食事は現地調達。収集癖のせいで、常に金欠。報酬は雀の涙。苦労しかさせない」


「……びんぼー、なれてる。もーまんたぃ」


「家を借りる気は毛頭ないし寝床は同じ。365日、寝食を共にしなきゃいかん。暇さえあればモフるぞ」


「……いぃ。ずーっと、となりぃるっ」


「そんなにブラック従魔(ファミリア)になりたけりゃ、ここに手を置きんさい」


「…………あぃぃぃぃぃぃぃぃ」



 欲望のまま本能のまま体と口が動いた。

 一体何が起きているのだろうか。

 気がつけば、文字でびっしりの1枚の古紙の右下に刻印された魔法陣を隠すように、両手が乗っている。

 全身から力が抜けていく得体の知れないこの感覚――契約の時と似ている。

 似ているけど、恐怖と痛みや色んな負の感情をごった煮にした感覚とは、何かが違う。

 異物が流れ込んでくる違和感はあるのだけど、安心感と心地良さを確かに感じた。



「契約完了だ」


「……はぇ?」



 ケイヤクカンリョウ?

 何を言っているの?



「あんな無茶苦茶な契約、後にも先にありませんよ。録画オフ」


「キザで小っ恥ずかしいセリフのオンパレードねぇ。皆に、見せてあげなきゃ」


「幹部に共有済みです」



 真顔でパチパチと拍手をするタマキさんと、ケラケラと笑うユエさん。

 怒涛の展開に、ドッキリ企画と謎のワードが脳裏をよぎった。



「急に打ち合わせに無かったこと言い出すから、何事かと思ったわよ」


「ギルドの雇用契約とファミリア登録をしたら、もう後戻りはできないからな。ラビの本心を確認しておきたかった」


「本能を御せると言うのは半信半疑でしたが。理性が外れるというのは、興味深かったです」



 本能を抑えるというのは、とても大変なのだ。

 隙あらば顔を出すので、理性との狭間で疲弊しっぱなし。

 普段から片言に近いのだけど、言葉の節々に本能が出るから、ご主人様にはしょっちゅう折檻されたものだ。



「主契約は3食間食(おやつ)つき。依頼報酬は折半。基本給はギルド規定20万スタート。賞与年4回(etc.)福利厚生やその他制度などについては、追々説明するとして。これはファミリアライセンス。ギルドID搭載です。社員証兼国際身分証兼保険証兼口座なども兼用しています。肌身離さず携帯してください」



 損傷に浸っていたら、タマキさんにファミリアライセンスなるものを手渡された。

 一見何の変哲もない、漆黒のカード。

 中央に金色で『IGO』の透かし文字、左上には同じく金色の魔法陣が刻印されている。



「カバンに入れときんさい」



 ますたーにどうすればいいか指示を仰ごうとしたら、間髪入れずに声をかけられた。

 言われるまで、カバン――アイテムバックの存在を忘れていた。

 中は黒い空間が広がっていて、ビックリして体が硬直してしまった。



「ライセンスを収納――しまいたいと念じてみろ」



 言われるがまま、心の中で念じる。

『ライセンスをしまいたい。しまいたい!』念じること数秒。

 黒い空間に、ライセンスがにゅっと吸い込まれるように消えてしまった。




「改めてよろしく頼む。ラビ」



 差し出されたますたーの左手をそっと掴む。

 手の大きさが違いすぎて、小指の先を辛うじて掴無ことに成功したのは、墓場まで持っていこうと思う。


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