*011*調書は夢見心地
「行くぞ、魔王の間へ」
そう宣言したますたーの顔は、死んでいた。
買われてから日も浅く、知らないことだらけだけど、表情が無くなっている。
「……ぁの、ますたー」
「ん?」
「……ぃきてる?」
「おう」
恐れ多いとは思いながら、勇気を振り絞り声をかけるも上の空。
ますたーの肩に乗せられているためか、虚無の表情がものすんごく近い。怖かとです。
「魔王の間」とは恐らく、総支配人室を指しているのだろう。
調書を取られに行くのだが、その足取りはまる闇市に向かう道中のように重たく感じる。
階段を上りしばらくすると、広くて活気のある場所に出た。
「…………ひとが、いっぱぃ」
「ここはギルドの1階。食堂と売店併設の窓口だ。一般人も立ち入れる」
そう言われると、食べ物の匂いがする。
ヒューマンをはじめ、色々な種族が混ざった独特な匂いで、鼻がうまく効かない程だ。
「あれ、キリク支配人じゃね?」
「昼間からギルドにいるの珍しいね」
「着ぐるみの幼女担いでるぞ」
「うわ、マジだ」
言葉は何とか聞き取れた。だけど、理解する間もなく次から次へと音が入ってくるので、処理することは出来なかった。
その後の記憶はほとんどない。
人の視線が突き刺さり、五感を通して入ってくる情ִֶָ報量の多さでパンクしたからだ。
「お疲れ様です。キリク支配人」
「お疲れ、タマキ」
ようやく辿りついた魔王の間。
総支配人室の前には、いつか見た猫っぽいおねーさんが仁王立ちしていた。
ますたーは、おねーさんの辛辣な言葉に肩を窄めるだけ。気力の欠けらも無い。
「先日はどうも。違法従魔のお嬢さん」
「………」
「取って食ったりしませんよ。そんなに警戒しないでください」
警戒してるのがバレている。
我ながらポーカーフェイスは苦手だけれども!
「ユエ支配人から聞かされてましたが。表情コロコロ変わって面白い方ですね」
毛を逆立てて威嚇してみるが、効果はなかった。
戦闘賭博場のご主人様のところにいた時は、わりかし効いていたのに。なんだか、やりきれない。
「それにしても。幼女誘拐犯のような出で立ちですね。ペアルックまでさせるなんて、とんだぺド野郎ですね」
専門用語が多いなーなんて思っていたら『異世界辞典』がピコンと解説いた。
ここでは割愛するが、ご主人様の中には、そういう癖の方も一定数いたことだけは言っておく。
理解はできかねるが意味することは何となく分かった。
「そんな癖は無い」
「変態の言い分はどうでもいいです。総支配人が中でお待ちです。とっとと視界から失せてください」
「言い回しが総支配人のソレだな。子は親に似るとはよく言ったもんだ」
「お褒めに預かり光栄です。ぺド支配人」
「その呼称、定着させないでくれると助かる」
辛辣な猫っぽいおねーさんに、背中を飛び蹴りされるますたー。
わたしは、人様の感情の機微を読み取る力はゼロに等しい。
だけれども。ますたーが疲弊した表情なのは、気のせいではないと思う。
「ウチの子は煽りも一流優秀ですね。後でご褒美を差し上げましょう」
「従魔に戯言を吹き込まんでくれ。総支配人」
「紛れもない事実でしょう」
魔王――総支配人さんに苦言を呈するますたー。
呆気からんと返答する総支配人さんに、ますたーの眉間のシワが深くなった。
「では。調書を始めます」
総支配人さんの手が唐突に迫ってきた、
手のひらが視界を覆った――そう思った時には何も分からなくなってしまった。
☆*☆*☆*☆*☆*☆*☆*☆*☆
あぁ、これは夢だろうか?
『このクズが!!』
『半端な仕事しやがって!!』
十数人に囲まれ、殴られ蹴られるのは、まだレッサー・エルフの群れで暮らしていた頃の小さいわたし。
『またか。反省しないヤツ』
『襲う村は皆殺しにしろっていたのに、やらなかったんだってさ』
片言で語彙力を補うハンドサインを交えた会話。
仲間たちから向けられるのは、いつだって侮蔑と嘲罵そして暴力。
『親が馬鹿なら、子は無能だな』
外で男を作った母は出産と同時期に、群れから出奔したと聞かされた。父親は何処の馬の骨とも分からないとも。
裏切り者の子が、群れに身を置くことを許されたのは奇跡に近かった。
群れの掟を守れず、無能で穀潰し――恩を仇で返したのだから、放逐されたのは必然だった。
『待ちやがれっこの盗賊種が!!!!』
『ぶっ殺せ!!!!』
群れから放逐されたレッサー・エルフに世間は冷たかった。
人里におりれば、武器を持った住人たちに追いかけ回された。
食べ物に困り果て、畑泥棒やバザールでスリをして、とっ捕まった日には半殺しにされた。
生きるためならなんでもやった。
それでも。人様の命を奪うことは結局できなかったのは、弱さ故なのだろうか。
『これは、死ぬまで消えぬ隷従の呪印だ。命令に従わなければ、お前を殺す』
『所有物に心は要らねぇ。命令に従ってりゃァいい』
ある村に忍び込み、捕獲されたわたしは従魔商人に売られた。
盗人をどう扱おうと自由だし、それ相応の悪行を積んできた。殺されなかっただけマシだと思っている。
命令に従わなければ死ぬ呪いを刻まれ、所有物としての心得を叩き込まれた。
『品種改良に成功した珍種だぜ。さぁさぁ、買った買った!!!』
何年教育されたかは忘れてしまった。
「はい」以外は許されなかったけど、そこで言葉を聞き覚えた。
それからはご主人様の元を転々とした。
加虐趣味のご主人様、労働力として扱うご主人様、身辺警護をさせるご主人様、盗賊団のご主人様、戦闘賭博場のご主人様(etc.)色々なご主人様がいたけど、無能だからとすぐに売り飛ばされて、長続きしなかった。
『需要がない役立たずが。次に戻ってきたら処分すっからな』
何度目になるか分からない、返却をされたある時。
最終通告をされ闇市に出品され、売却された。
仕事のために購入したという、そのご主人さまは
度重なる失態にも折檻することは無かった。
『あくまで命令にしたいんだな。なら、これからお前はラビだ。以後、そう名のるように』
命令なのに命令らしくない。不思議なご主人さま。
あまつさえ、所有物に名前を与え、恐怖で支配しようとしない。今まで遭遇したことの無いタイプ。
無能だと知っても、解雇しようとしなかった稀有な方。
その後も今昔――記憶が延々と繰り返された。
どのくらい時間が経ったか分からない。
どこかで「解除」と聞こえた気がした。
*☆*☆*☆*☆*☆*☆*☆*☆*
「もう、結構です」
ダンジョン*ワーク総支配人――アナスタシアの言葉に、いち早く反応したのはキリクであった。
「接続解除」
額に滲んだ脂汗を拭いながら、キリクは深いため息を吐いた。
「キリクくん、大丈夫?」
「俺はいい。ラビを頼む」
駆け寄ろうとしたユエは一瞬躊躇ったが、すぐキリクの足元で、目を見開いたまま横たわるラビのバイタルを確認した。
ラビのもともとハイライトの薄い瞳には、闇がかかったよう暗く澱んでおり、焦点すら定まっていない。
「……調書は取れたのか?」
「記憶を盗み見たことを、調書と呼ぶなら。恙無く」
棘のある物言いに、キリクは思わず苦笑した。
凛とした瞳で睨みつけられながら、力なく横たわる従魔を撫でる。
「あんな騙し討ちで、記憶を覗き視るなんて……悪趣味でしょう」
「過去の記憶を他者に伝えることは、今の彼女には不可能に近い。感覚接続による過去視にま頼ざるおえない。だからこそ、貴女の同席を依頼したのです。ユエ支配人」
なおも言及しようとする、ユエを制したのはアナスタシアだった。
ユエは、煮え立つ感情を抑えながらラビの治癒魔法での精神安定に集中した。
そもそも。調書というのは名目で、従魔となるラビの経歴を把握する必要があったためである。
「体の傷は癒せても、課題は山積みだ。ユエには今後もメンタルケアや呪詛の解除で世話をかける。情報共有の必要があったとはいえ、嫌な役回りをさせた。すまない」
「キリク君に頼まれなくても、同席したわ。どんな手を使ってもね」
小さくため息をはくユエに、アナスタシアの口角が緩んだ。
「今回の件は他言無用。放浪バカ――総長には私から報告します」
「はーい」
「了解した」
「覚醒次第、雇用契約に移ります。一先ず散会」
ラビを抱えたキリクと、その後ろに続くユエは総支配人室を退室した。
1人になったアナスタシアは小さく伸びをした。
それから古紙に書をしたため、それを燃やした。
「不着にしたら、祟りたますからね。総長」




