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*001*マイナーエルフ、高額落札される

 わたしには前世の記憶がある。

 というのは。物心がついてしばらくだったある日、エルフの自分とは似ても似つかぬヒューマンとして生きていたことを、唐突に思い出してしまったから。

 前世の記憶は月日が流れると共に薄れ、今では『前世はヒューマンだったかも?』という漠然としたものしか残っていない。

 まあ、今はそんな事どうでもいいのだけれど。



「さぁさぁ。よってらっしゃい見てらっしゃい――従魔(ファミリア)オークション開催中だァ!!」



 庶民、下級貴族、商人、ゴロツキ(etc.)公開処刑場で開催中の闇市。

 盗品をはじめ曰く付きの物品が売買されている。

 中でも『違法従魔(ファミリア)』は1番人気の商品だ。




「続いてNo.86! 怪力無双のトロール――10万グリーから!!」


「15万!」


「20万!」


「25万!」


「40万!」



 従魔(ファミリア)というのは、炊事家事をはじめ、契約者の仕事の補助を務めるなど公私にわたりサポートする職業だという。

 だが、1部の従魔(ファミリア)は本人の意思と関係なく契約を結ばされ、奴隷同然の処遇を受けるている。

 それが、違法従魔(ファミリア)である。

 種族を問わず人身売買は国際法で禁じられているらしいのだけれども。

 摘発される可能性は限りなくゼロに等しい。


 

「よォ――大盛況じゃねぇか」


「これはこれは警吏の旦那!」


「どうだぃ。売れ行きは?」


「ぼちぼちってところですかね」



 法を取り締まるべき警吏が警備に就き、白昼堂々と人身売買が行われている。

 こういうのを世間じゃ癒着というらしい。


「最後を締めくくるのは、希少種――神話世界のトリックスター!」



 司会係が長々と口上を垂れているけど、身体はギチギチに拘束され耳も口も塞がれているので、よく聞こえない。

 エルフは魔力量が多くて古代魔法を匠に操る。狩り暮しなので身体能力も高いので、魔力封じの拘束は致し方ないのかもしれない。

 本来ならば!



「No.87――エルフ!!」



 今日1番の歓声が上がったものの、一瞬にして静寂に包まれた。



「あれがエルフ――獣人じゃなくて?」


「エルフって、あんな小さいのか?」


「1回だけ見たことあっけど、ナイスバディーの別嬪だったぜ?」



 エルフの特徴である長耳を除けば、白い体毛に覆われた天パのチビ――わたしを認識して僅か数秒で、なんとも言えぬガッカリ感が公開処刑場に充満した。

 エルフは名前こそ知られているもののがその生態は世間にほとんど知られていない。

 そもそも、エルフというのは亜種が多く、スキルや扱う魔法系統も様々なのだ。

 世間一般で言うところのエルフは『フォレスト・エルフ』森の賢者の異名で知られるメジャー種である。

 わたしはエルフはエルフでも『レッサー・エルフ』劣等種と揶揄され、小柄で頑丈で手癖が悪く悪戯好きなマイナー種なのだから。




「えー……先ずはエルフの代名詞古代魔法をご覧に……え? 使えねぇ?」



 自分で言うのは憚られるが、わたしは生活魔法もまともに使えない、所謂落ちこぼれである。

 物心着いた時には親はなく、一族から無能の穀潰しと蔑まれた挙句、放逐されてしまった。

 路頭に迷っていた時、違法な従魔(ファミリア)を扱う商人に売られた。

教育を施されたのだが、そこでも落ちこれとなり。その後も主人様の元を転々として、此度の闇市に売りに出されたという次第だ。

 どうやら前のご主人様は、ボロが出ないように書類を色々誤魔化したらしい。

 事前調査や打ち合わせもなかったので「売り込み(パフォーマンス)はグダグダになってしまった。



「えー……今回は大特価! 特別奉仕価格ということで――5万グリーから!」



 無能エルフに買い手がつくことはなく。

 最後トリだったこともあり観客たちは帰り始める始末。

 闇市の主催者の殺意に満ちた表情に「処分」という結末が脳裏をよぎる。

 売れる見込みない商品は「魔獣の餌にする」とは言われたけど、痛いのはいやだなー――なんて、現実逃避していたその時だった。



「150万」



 雑踏の中、バリトンボイスが響いた。

 わたしの首根っこをつかみあげかけた司会係は、ぽかんと口をあけたまま硬直してしまった。



「200万」



 同じ声の持ち主(と思われる)が値上げをすると、司会係は、信じられないとでも言わんばかりに目を丸めた。



「200万で、ら落札!!!!」


















 ☆*☆*☆*☆*☆*☆*☆*☆*☆



 落札が決まると、商談用のテントへと連れていかれた。

 薄暗いテントの中央には丸テーブルが置かれ、出品者と落札者と思わしき人物が目に入る。

 フード付きの黒いローブの男性が斜向かいで座り、強靭な肉体の5人の男達がそれを取り囲むように立っている。

 落札者は、フードを深く被っているので顔は見えないが、胡散臭さが滲み出ている。



「契約に移らせてもらいやすが……コレで本当によろしいんで?」


「問題があるのか?」


「あっしが言うのもなんですが、魔法は使えねぇ。骨と皮の欠陥品ですぜ?」




 闇市における違法従魔(ファミリア)にははいくつか使い道があり、大きく「労働・戦闘・愛玩」3つに分類される。

 炊事家事洗濯〜性処理、果ては汚れ仕事まで。

 契約者の命令を忠実に従い、死を以て開放される。

 たとえ殺されようとも文句は言えないし。

 命令不履行しようものなら、契約印が発動し呪殺されてしまうという。



「……」



 落札者はしばらく思案していたが、やがて「かまわない」と頷いた。

 出来損ないの低スペックエルフを買おうなんて、余程の物好きなのだろうか?

 加虐趣味の可能性も十分考えられるし、どちらにせよマトモとは思えない。



「商品の返品は受け付けねぇんで、廃棄は旦那の自己負担で頼んますぜ」


「善処する」



 これは……後者の可能性が大なのでは?

 戦闘&愛玩適性が皆無だったのは当然としても。食材も道具も何もかもビックサイズで労働もまともにできず。存在価値ゼロだもの!

 拷問され手足をもがれ舌を引きちぎられ、最後には、肥料にでもされるんだ!

 骨と皮しかないし、肉も筋張ってて食えたもんじゃないし。

 うん。絶対そうだ!



「んじゃ契約書にサインと血印を」


「ん……」


「で――背中の契約印に、旦那の魔力を注いでくだせぃ」




 出品者が右手を小さく振ると、護衛2人に雁字搦めにされ、頭を地面に擦り付けられた。そんなことしなくても、抵抗なんてする気は毛頭なかったのだが、理由はすぐに分かった。

 男性にしては小さいけど、タコだらけでぶ厚く、ゴツゴツした手が触れた直後、熱気と激痛に襲われた。

 得体の知れない()()が血液と共に全身を巡るような、恐怖に似たソレは数時間近く続いた。



「〜〜〜〜」


「〜〜〜〜〜」


「〜〜〜〜」


「〜〜〜〜〜』



 意識は朦朧としているのに、痛みで失神おちることができない。

 出品者と落札者の会話も、ノイズがかかり拾うこともできない。

 苦痛と恐怖を体に刻み込まれているような感覚だ。

「一思いに殺してくれ」と願ったのは、物心ついてからはじめてだった。

 更新されるとしたらきっと「死ぬ時」なんだろうと思ったその時、異物を体に注ぎ込まれるような感覚が消えた。



「っはっ」



 息絶え絶えになりながら、何とか呼吸をしようもがく。上手くできず咳き込んでしまった。

 形容し難い疲労感と全身の痛みで、泣きそうになる。

 意識を保つので精一杯の中、髪を乱雑に掴まれ、強引に顔をあげさせられた。



「いつまで寝てんだ、エルフモドキ!!」



 出品者の部下らしき男に罵倒され、なんとか体を起こそうとするも、力が入らず崩れ落ちてしまった。



「…………っ」


「口答えしてんじゃねぇ殺すぞ!!!」



  失態に殴られる――と思ったのに、いつまでも痛みが来ない。

 どういう事なのか知りたくなり、恐る恐る顔を上げると、部下の人達に割って入る人物がいるではないか。



「どいてくれねぇか旦那ァ」


「それはできない」


「あ゛ぁん?」


「成り行きとはいえ、この子は俺の従魔(ファミリア)だ。手荒な真似をしないでほしい」



 淡々とした物言いのバリトンボイス――間違いない。落札者だ。

 成り行きの意味するところは分からないけど、どうやら正式に主になったらしい。



「甘ぇこと言ってっと、寝首を掻かれますぜ」


「その時は致仕方ない。甘んじて受けよう」



 どうしよう。意味が分からない。

 余談だが、レッサー・エルフはエルフの中でも治世の欠片もなく、読み書きもままならないと言われている。

 現に、放逐された群れのほとんどが、読み書きに乏しく傍若無人だった。

 そんな中でわたしは、読み書きを会得でき、原理は不明だが脳内の『異世界辞典』なるものが、無知を補ってくれるおかげで、ミジンコほどの知性を得ている。

 持てる限りの知識を駆使しても、落札者の言動の意図が微塵も理解できなかった。


「っと…………」


「ひぃぃ」



 今まで、同族に虐げられ従魔(違法)にまで堕ち、畜生以下の扱いを受けてきたのに、唐突に現れ主に、優しく抱き抱えられる謎行為。

 声にならない悲鳴が漏れ出るのに、お構いなく商談用のテントを足早に出ていってしまう。


「毎度ォ」



 訳が分からずパニックに陥りながらも、出品者と思われる不機嫌そうな声が、背後から聞こえた気がした。


はじめまして。

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