反芻
街はいつだって、異形の骨を隠している。
回収ルートの最後、C1-72の焼却ステーション前に到着した頃には、空はすでに灰色に変わっていた。煙突から吐き出される低い唸り声のような音が、空気に染み込むように響いている。塵芥車のヘッドライトが、歪んだ鉄骨の構造体を照らし、その影がゆっくりと路面を這った。
ローマンは無言で車を停め、タバコに火をつけた。視線は窓の外を向いたままだ。ヴォイドは助手席でわずかに体を傾け、口を開いた。
「ローマンさん。さっきの、あれ……」
「言ったろ。あれは邪魔だった」
「でも、撃つ必要が……あったんですか」
ローマンは煙を吐きながら振り向き、わずかに眉を上げた。「必要がなきゃやらないよ。俺は善人じゃないが、無駄は嫌いだ」
それだけを言って、再び前を見た。塵芥車のタンクに積まれたゴミ袋がわずかに揺れている。都市の外れにある焼却ステーションは、もともと軍の補給基地だったという噂がある。再利用されたコンテナや装甲板のような外装が、まるでこの場所自体が一つの巨大な生物であるかのような印象を与える。
ヴォイドは黙って外に出て、荷下ろしのレバーを操作した。ゴミ袋が無造作に吐き出され、古びたベルトコンベアに載って運ばれていく。その奥には、収束炉と呼ばれる焼却炉があるはずだ。だが、誰もその炉を直接見たことはない。建物の奥、鋼鉄の迷宮の先に隠されているのだ。
背後から、ローマンの足音が聞こえた。彼も手袋を嵌め、コンベアの傍らで不燃物を分別する。
「俺は昔、この都市の外で働いてた。もっと汚ねぇところでな」
「戦場ですか?」
「それに近い」
ローマンの指が止まった。黒ずんだビニール袋の中から、何か硬いものが転がり出てきた。小さな金属の箱。表面には、複雑な文字列と幾何学模様が刻まれている。
「なんだこれ……」
ヴォイドが近づこうとした瞬間、金属の箱がかすかに震えた。
一瞬、空気の密度が変わったように思えた。重い霧のようなものが視界を曇らせ、耳鳴りのような音が背後から迫る。ヴォイドは無意識に後退りした。ローマンは箱をそっと袋に戻し、素早く別の金属容器に封じ込めた。
「見なかったことにしろ。これは“管理中の物品”だ」
「どういう意味ですか?」
「都市の下にはいろんなレイヤーがある。俺たちが捨ててるものは、その最表面に過ぎない」
ローマンの声は低く、どこか諦めに似た響きを帯びていた。
ふたりは再び車に戻り、焼却ステーションを後にした。夜の街は既に沈黙していた。街灯は錆び、濁ったガス灯のような光を放っていた。壁には古代語のようなグラフィティが重なり、誰が描いたのかもわからぬシンボルが踊っていた。
「ヴォイド、お前さ……なんでこんな仕事してんだ」
唐突な問いだった。ヴォイドは少しだけ間を置いて、言葉を選んだ。
「……家を出たかったんです。あそこにいたら、俺、自分が人間だってことを忘れそうだった」
「金持ちの子ってのは、たまにそういうこと言うな」
「ローマンさんは、どうしてこの仕事を?」
ローマンはしばらく黙っていたが、やがて静かに口を開いた。
「選んだんじゃない。残ったんだよ。やれることの中で、まだ“まし”だったからな」
ヴォイドはその言葉を反芻しながら、車窓の外を見た。アーケードの上に組まれた錆びた鉄橋、地下鉄が通らなくなって久しいトンネル、そして誰も住んでいない十階建てのマンションの灯りが一つだけ点いていた。
「都市って、どうしてこうなんでしょうね」
「都市ってのは……人間の壊れ方を見せるためにある。壊れ方を標本にして飾るんだ」
車はふたたび、巡回路に入った。今日の仕事は終わりに近づいていた。
けれどヴォイドは、心のどこかで予感していた。あの金属の箱が、今日を「ただの日」にはしないことを。街の隙間に押し込められた異形の何かが、今も生きて蠢いていることを。
塵芥車の後ろに積まれた袋の山の中で、何かがかすかに鳴った。
金属音ではなかった。もっと、生き物の息遣いのような音だった。
都市は、夜になって本性を現す。