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C1-47、旧水門付近


旧水門の手前に、未舗装の路地がある。濡れた砂利道は、晴れでも靴の裏にべったりと汚れを残した。


「止めます」

ローマンがブレーキを踏み、塵芥車がゆっくりと沈むように止まった。


ヴォイドは助手席のドアを開け、地面の泥を避けるようにして片足を降ろす。風が冷たく、作業着の中に入り込む。


「カラスはいないですね」


「今日はたぶん別の現場に行ってる」


ローマンは冗談めかして言ったが、声に笑いはなかった。エンジンを切らず、ヘッドライトがぼんやりと前方のゴミ集積所を照らしている。


ヴォイドは手袋をはめ、ゆっくりと収集所に近づいた。置かれた袋の量は多くない。きっちり紐を結ばれたゴミが並んでいて、この辺の住人の几帳面さが伺える。


「――あの、ローマンさん」


「ん?」


「さっき、電話、してましたよね。奥さんと?」


ローマンは運転席から目を離さず、「聞いてたのか」とだけ言った。


「すみません。声、大きかったんで」


ローマンは答えず、ダッシュボードからタバコを取り出した。火をつけると、ゆっくりと煙を吸い込んだ。


「別居したんだ。昨日」


「そうなんですか」


「まあ、俺の方が出ていったようなもんだがな」

ローマンは片手でタバコをくゆらせながら、目を伏せたまま続けた。「ガス止められてるってさ。笑えるだろ?」


ヴォイドは返す言葉を持たなかった。袋を持ち上げて車の横に積んでいく。動作は慣れていて、無駄がない。


彼の動きには、不思議な優雅さがあった。


金持ちの坊ちゃんだという事実は、今のところローマンには話していない。話してはいけない気がしていた。

あの広すぎる家を飛び出して、所長に拾われたのが数ヶ月前。所長はなぜか事情を深く聞かず、ゴミ収集のアルバイトとして彼を受け入れてくれた。


「お前は手が綺麗だな」

初めて出勤した朝、ローマンがそう言ったのを覚えている。


今は手も爪も汚れている。でも、仕事は嫌いではなかった。

明確な開始と終了があって、誰にも干渉されず、自分の判断だけで動ける。


ヴォイドはひと袋ずつ、無心で車に積んでいった。ゴミはすべてを黙って受け入れてくれる。黙って捨てられ、黙って燃やされる。


——そのときだった。


「おい、止まれよ!」

鋭く、怒鳴る声が背後からした。


ヴォイドが振り向くと、2人の男が塵芥車の横に立っていた。顔はキャップとマスクで隠れている。背は高いが、所作がどこかぎこちない。


「仕事中なんで」

ローマンが声をかけるも、2人は前に出てくる。ひとりが腰に手をやる仕草を見て、ヴォイドの体が冷たくなった。


「ローマンさん」


ローマンはドアを開けてゆっくりと降りた。そのとき、彼の右手が、腰のベルトに滑るように動いた。ヴォイドには見慣れた動作だった。


次の瞬間、乾いた音が夜の空気を裂いた。


パンッ。パンッ。


2人の男は、短く呻いたような声をあげて、倒れた。血の匂いが、風に乗って漂ってきた。


しばらく、何も動かない。世界が止まったようだった。


「……え?」


ヴォイドの声はかすれ、震えていた。


ローマンは銃をジャケットの中にしまい、地面にしゃがんで男たちを見下ろした。


「無駄に威嚇してくる奴は、たいてい撃たれたことがない。つまり、こっちのことも分かってない」


「な、なんで……」


「仕事の邪魔だ。君が撃たれてたらどうする」


言葉は冷たく、けれど怒っているようにも見えなかった。ローマンの顔には、どこか疲れたような静けさがあった。


ヴォイドは袋を一つ手に持ったまま、地面に立ち尽くした。足元で誰かが微かにうめき、ローマンがため息をついた。


「生きてるな。どうせ口は利けねえ。放っておこう」


「警察は……」


「呼んでも、どうせ意味はない。こんな時間、こんな場所で血を流しても、C1では誰も気にしない」


その言葉は、本当のことのように聞こえた。


ローマンは立ち上がり、ヴォイドの肩を軽く叩いた。


「悪かったな、驚かせて」


「……慣れてないだけです」


「すぐ慣れる。こっち側にいたらな」


その言葉が、どういう意味か分からなかった。


車に戻ると、ローマンは何事もなかったようにギアを入れた。ヴォイドは助手席に座り、口を閉じたまま、缶コーヒーの空き缶をじっと見つめていた。


この都市の朝は、静かに血を吸っている。

けれど、それでも、ゴミは燃やされ、収集は続く。


明日もきっと、同じ時間に同じ場所へ。

それが日常というものなら、そこに何を加えるかは、自分の選択次第だ。


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