C1より
5:03。いつもの場所に着いたのはそんな時間だった。
スマホをちらと見て状況を確認する。少し遅れているようだ。自分が遅れたわけではないと知ると、ヴォイドは安堵のため息をついた。
風がなびいて少し寒い。服装の指定は特になかったが、ヴォイドは自分の性格のためか、いつも同じ服を着るようにしていた。
カーキ色のパーカーに、黒い作業ズボン、スニーカー。似たような服が、家に何着もある。洗っては着て、また洗う。それだけ。
ポケットの小銭を探りながら、自販機で缶コーヒーを買った。温かいアルミの缶を両手で包み、辺りに軽く注意を払った。
しばらく待つと、まばゆい光を放ちながら、大きな塵芥車がゆっくりと交差点に滑り込んできた。ライトが路面に影をつくり、タイヤがゴリゴリと小石を噛んだ。
「少し遅くなった」
運転席の窓越しに、太く大人びた声がした。
「いいですよ。別に」
ヴォイドは助手席側のドアを開けながら、缶コーヒーをそっと差し出した。
ローマン・アルケミスは24か25の男で、16のヴォイドよりは8つか9つ年上だった。
謎めいていると言えば聞こえはいいが、ヴォイドから見れば、この都市の誰もが謎めいていた。あるいは、その反対。平凡で、つまらない。日々は黙って過ぎていく。
「甘いやつ?」
ローマンが缶を受け取りながら聞いた。
ヴォイドは少し考えてから、答えた。「さあ、適当に選んだんで」
「君、毎回同じの買ってるだろ」
「そういうところ、見てるんですね」
ローマンは缶のプルタブを開けると、一気に中身を飲み干した。音を立てず、静かに。
アクセルを踏み込むと、塵芥車はなめらかに滑り出した。ローマンはいつも通り黙ったままカーナビを睨み、今日の回収拠点の順番を目で追っている。
ヴォイドは慣れた手つきで手袋を装着した。ミラーの角度を確認し、深く息を吸った。静かに始まるいつもの朝。
拠点に着くたびに、ローマンがスイッチを操作し、ヴォイドが手際よくゴミ袋をタンクに放り込む。迷いなく、ためらいなく。
回収作業をしながら、ヴォイドは何度もこの都市の構造について考えた。
誰がこの都市を設計したのかは知らないが、都市計画者は同心円状にすべてを運べばいいと思っていたらしい。
中心には、この国の中枢を成す行政機関や司法機関が固まり、その周囲を高層マンション群が守るように囲んでいる。まるで壁のように。
さらにその外側には中高層の住宅街——それでも、ローマン曰く「一億はくだらない」らしい——が並び、その先には低層の住居、古びたアパート、そして団地が広がる。
何故だか分からないが、住居が低くなるほど、住民の肌の色も、収入も、言葉遣いも下がっていくように感じた。
ヴォイドたちが回収を任されているのは、C1地区。中心に近いとはいえ、A地区以上には入ったことがなかった。境界のようなものが、そこには確かにある。
「どっからがAで、どっからがBなんですかね」
積み込む手を止めずにヴォイドが言うと、ローマンはミラー越しにちらとヴォイドを見たが、何も答えなかった。
車に戻ると、足元に飲み終えた缶が転がっていた。ラベルは擦れて、もう何味だったかも分からない。
ヴォイドはそれを拾い上げ、無言でゴミ袋に放り込んだ。
「次は、甘くないのにしてもらおうかな」
「じゃあ、ブラックにします」
そのやりとりに特別な意味はなかった。でも、なぜかヴォイドの胸の奥に、言い知れない“繰り返し”の感覚が残った。
言葉にできないけれど、毎日がどこかでつながっている。どんなに同じことを繰り返していても、それは積み重なって、どこかに向かっている。
ローマンは次の拠点の名前をぼそりと読み上げた。「C1-47。南区、旧水門近く」
「出ましたね。あそこ、カラスすごいんですよ」
ヴォイドが口を尖らせると、ローマンは微かに笑った。
「カラスの方が、俺らより頭いいからな」
「たまにそう思いますよ」
そう言って、ヴォイドは助手席の窓から外を見た。空はまだ暗く、街は眠っているように見えた。
けれど、ゴミは眠らない。誰かが眠っていても、誰かが食べていても、何かが終わっていても。
ゴミだけは確実に、生まれて、集まり、燃やされていく。
誰も見ていないところで、それを拾い集めている自分たちは、たぶんこの街の一番深い層を知っている。
それが誇りかどうかは、まだ分からない。
ただ、今日もまた、缶コーヒーは苦かった。