表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/11

C1より

5:03。いつもの場所に着いたのはそんな時間だった。


スマホをちらと見て状況を確認する。少し遅れているようだ。自分が遅れたわけではないと知ると、ヴォイドは安堵のため息をついた。

風がなびいて少し寒い。服装の指定は特になかったが、ヴォイドは自分の性格のためか、いつも同じ服を着るようにしていた。

カーキ色のパーカーに、黒い作業ズボン、スニーカー。似たような服が、家に何着もある。洗っては着て、また洗う。それだけ。


ポケットの小銭を探りながら、自販機で缶コーヒーを買った。温かいアルミの缶を両手で包み、辺りに軽く注意を払った。


しばらく待つと、まばゆい光を放ちながら、大きな塵芥車がゆっくりと交差点に滑り込んできた。ライトが路面に影をつくり、タイヤがゴリゴリと小石を噛んだ。


「少し遅くなった」


運転席の窓越しに、太く大人びた声がした。


「いいですよ。別に」

ヴォイドは助手席側のドアを開けながら、缶コーヒーをそっと差し出した。


ローマン・アルケミスは24か25の男で、16のヴォイドよりは8つか9つ年上だった。

謎めいていると言えば聞こえはいいが、ヴォイドから見れば、この都市の誰もが謎めいていた。あるいは、その反対。平凡で、つまらない。日々は黙って過ぎていく。


「甘いやつ?」


ローマンが缶を受け取りながら聞いた。


ヴォイドは少し考えてから、答えた。「さあ、適当に選んだんで」


「君、毎回同じの買ってるだろ」


「そういうところ、見てるんですね」


ローマンは缶のプルタブを開けると、一気に中身を飲み干した。音を立てず、静かに。


アクセルを踏み込むと、塵芥車はなめらかに滑り出した。ローマンはいつも通り黙ったままカーナビを睨み、今日の回収拠点の順番を目で追っている。


ヴォイドは慣れた手つきで手袋を装着した。ミラーの角度を確認し、深く息を吸った。静かに始まるいつもの朝。

拠点に着くたびに、ローマンがスイッチを操作し、ヴォイドが手際よくゴミ袋をタンクに放り込む。迷いなく、ためらいなく。


回収作業をしながら、ヴォイドは何度もこの都市の構造について考えた。


誰がこの都市を設計したのかは知らないが、都市計画者は同心円状にすべてを運べばいいと思っていたらしい。

中心には、この国の中枢を成す行政機関や司法機関が固まり、その周囲を高層マンション群が守るように囲んでいる。まるで壁のように。


さらにその外側には中高層の住宅街——それでも、ローマン曰く「一億はくだらない」らしい——が並び、その先には低層の住居、古びたアパート、そして団地が広がる。


何故だか分からないが、住居が低くなるほど、住民の肌の色も、収入も、言葉遣いも下がっていくように感じた。


ヴォイドたちが回収を任されているのは、C1地区。中心に近いとはいえ、A地区以上には入ったことがなかった。境界のようなものが、そこには確かにある。


「どっからがAで、どっからがBなんですかね」

積み込む手を止めずにヴォイドが言うと、ローマンはミラー越しにちらとヴォイドを見たが、何も答えなかった。


車に戻ると、足元に飲み終えた缶が転がっていた。ラベルは擦れて、もう何味だったかも分からない。


ヴォイドはそれを拾い上げ、無言でゴミ袋に放り込んだ。


「次は、甘くないのにしてもらおうかな」


「じゃあ、ブラックにします」


そのやりとりに特別な意味はなかった。でも、なぜかヴォイドの胸の奥に、言い知れない“繰り返し”の感覚が残った。


言葉にできないけれど、毎日がどこかでつながっている。どんなに同じことを繰り返していても、それは積み重なって、どこかに向かっている。


ローマンは次の拠点の名前をぼそりと読み上げた。「C1-47。南区、旧水門近く」


「出ましたね。あそこ、カラスすごいんですよ」

ヴォイドが口を尖らせると、ローマンは微かに笑った。


「カラスの方が、俺らより頭いいからな」


「たまにそう思いますよ」


そう言って、ヴォイドは助手席の窓から外を見た。空はまだ暗く、街は眠っているように見えた。

けれど、ゴミは眠らない。誰かが眠っていても、誰かが食べていても、何かが終わっていても。


ゴミだけは確実に、生まれて、集まり、燃やされていく。


誰も見ていないところで、それを拾い集めている自分たちは、たぶんこの街の一番深い層を知っている。


それが誇りかどうかは、まだ分からない。

ただ、今日もまた、缶コーヒーは苦かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ