最終話 これって……
古来から――、
『酒は天の美禄』
という。
酒は天からの授かり物なのだ。
――あれよこれよで、勇者のパーティーは、ポテトの館で酒を飲まされていた。
「もう一勝負って、これなのねぇ……」
勇者はワインのグラスを傾ける。
静かに飲む、勇者。
「酒は百薬の長、されど万病のもと」
真面目な顔で語る、【深森の大魔導士】ヨウキ。
ヨウキは勇者パーティーの広範囲攻撃要因かつ知恵袋的存在である。
「頭でっかちの、小難しいこと言ってんじゃねーよ、飲めー!」
「むー」
絡む、ポテト。
唸る、ヨウキ。
「……」
無言のミコト。
「スカしてないで、いいからお前も飲めー!」
「うるさい! オレは飲めないんだよッ!」
しつこく絡んでくるポテトに、ミコトもたじろぐ。
ミコトは下戸なのである。ポテトはアルハラだ。
なお、勇者パーティーはミコトとヨウキが男性、【鋼の戦姫】ナナルと【大海の神聖者】ディアナが女性である。
影の薄かったヨウキだが、酒の席では反応が面白く、ポテトは盛んに絡んだ。ナナルとディアナは別卓で、苦笑を浮かべつつ杯を傾けていた。
その場にいるのは、ポテトと勇者パーティー、それにポテトの夫人を加えただけである。
あまりポテトに対する心証が良くなかった勇者パーティーであるが、ポテトのペースに乱されたのか雰囲気が幾分和らいでいた。
また、ポテトの夫人――アラムが同席しているのも影響しているはずだ。
「本日は、お疲れのところをありがとうございました」
そのアラムが口を開く。
酒の勢いを借りたポテトが好き勝手して一向に収まらないため、ここで一区切りつけるようだ。
「夫人、本日は貴重な体験をありがとうございました」
勇者が丁寧に言葉を返す。
それにならい、勇者パーティーも姿勢を正した。
「なんか、俺の時と態度が違うじゃねーか……」
というポテトの呟きは無視された。
――ジャガ男爵夫人、アラム。
彼女は元王族である。
ブクマ国国王アルベルトの実妹で、紆余曲折を経てポテトの元に降嫁した。勇者パーティーの面々は、元王族であるアラムに対しては王族に準じた態度を取るようだ。
また――、
「タマちゃんがお役に立ててなによりです」
アラムが微笑む。
「アラム様の使役される【守護竜】と闘って得た経験は今後に活かします」
勇者がアラムに謝意を述べる。
アラムには、もうひとつ特筆すべき事項があった。アラムは【魔獣使い】であり、【ジャガの守護竜】タマデニウムを使役する。タマデニウムはアラムの降嫁とともにジャガ領にやってきて、いつの間にか【ジャガの守護竜】と呼ばれるようになっていた。
「まあ、魔王なんかいないから急ぐ旅でもないんだろーし。俺みたいな熟練者がパーティーにいないんだから、じっくり腰を落ち着けて訓練に励むんだな」
ポテトが居丈高に視線を向けた。
「なんなら、うちのタマでも連れていけー。がっはっは」
ポテトは酒臭い息を吐きながら、言い募る。
「タマではなく、男爵をお連れください」
アラムが冷たい笑みを浮かべる。
「あらぁ、手っ取り早く、そうしようかしら」
勇者がポテトにウインクを飛ばす。
「よーし、いっちょ俺も魔王征伐といくか!」
ポテトは豪快に笑う。
もちろん、酒席の戯言のつもりだ。
「どうぞ、よろしくお願いします。タマちゃんを動かすことの代償に『一つだけなんでも言うことを聞く』という約束を取り付けておりますので」
アラムが勇者に一礼する。
「恩に着ます。すんなり決まって、胸を撫で下ろしております」
勇者も礼を返した。
「では、早速で恐縮ですがこれを……」
さりげなく書類を差し出すのは、勇者の案内役として男爵領に来ていたジェニス。
今までどこにいたのか、しれっと現れた。アラムは、ジェニスから出された書類に手際よく署名をした。
「…………へ?」
なにやら不穏な空気を感じたポテトは、冷や汗を浮かべつつ勇者とアラム、ついでにジェニスを見比べた――。
◇◆◇
ーー俗に言う【ブクマ戦役】。
存在が綿密に隠匿されており、突如姿を現した魔王を、ブクマ国の勇者が討ち果たすまでの二年を指す。
光の勇者であるセインがその人望を持って仲間を集め、魔王と闘うためにナロー大陸中の国から支援を受けた。
そして、ヨーモニー大陸から打って出る魔王を倒した英雄譚は、吟遊詩人が奏で、国々が記録し、教会が聖典に遺す。
【ブクマ戦役】に記された最期の戦いの結末であるがーー、
【光の勇者】セイン
【鋼の戦姫】ナナル
【隼】ミコト
【深森の大魔導士】ヨウキ
【大海の神聖者】ディアナ
【辺境伯】ポテト
の六名のが魔王に挑み、まず、特殊スキルを持つ【辺境伯】ポテトが【ファースト・タッチ】を使い、誰も触れることが出来ないはずの魔王に触れた。
この時ポテトは特殊な魔具を装備しており、魔王の【闇の鎧】を引き剥がすことに成功、勇者たちの攻撃を通す糸口を作った。
そして激闘の末、勇者の持つ【勇者の剣】が魔王の命を絶った。
魔王が討たれたことにより、精神支配を受けていた魔獣の侵攻は止まり、ナロー大陸は平穏を取り戻した。
――人びとは勇者と五英雄を讃え、大陸中の国々が勇者たちを称賛した。
勇者はブクマ国に領地を与えられ、そこで領主として過ごした。
英雄たちも名誉や地位を得て、後進の指導やそれぞれの研究に没頭した――。
……さて、【辺境伯】となったポテトについて追記する。
彼は褒賞として、新たに広大な領地を与えられた。
しかしそこは、広さだけなら小国に匹敵していたが、まだまだ未開の地であった。
そんなポテトは、後年こう述懐する。
『勇者からどこかへ連れて行かれ、目の前に魔王がいた。慌ててタッチしたら、いつの間にか終わってた。なんだか、悪夢のような二年間……。そして今、何故だか辺境の土地を開墾している……。しかもヨーモニー大陸への最前線……。これって褒美なの? はっ、もしかして勇者はタマと戦うためじゃなくて、俺を誘拐しに来た!?』
ーーこの言葉は、後の世に【辺境王】と呼ばれ、一国の王となったポテトの人柄を想像した歴史家が創作したものーーとされる。
が、実は本人の言葉そのものーーかもしれない。