第二話 嫌な予感
そうして、『握り潰すわよ』から首絞めまでの経緯があった。
すったもんだの末、落ち着いた勇者はようやくポテトを解放している。ポテトは一息つけたので、ようやく視線を後方の人物に移した。
そこには、勇者の『案内人』が控えている。その『案内人』はポテトの見知った顔だ。名前を、ジェニス。王都の学院で、学友だった男だ。
確か子爵の三男坊で、今は王都の役人をしている。同じく学友だったアルベルト――現ブクマ国国王に雇われたのだ。
今回の依頼は、アルベルトから出ている。アルベルトの遣いとして来ているジェニスは、なにも説明することなく、神経質そうな無表情を貫いている。
王都在住の役人らしく、洗練された身なりをしているが……額には汗が光っていた。ジェニスは当てにならぬと、先ほど慌てて目を通したアルベルトからの依頼書には、
『勇者パーティーをそちらに向かわせる。武者修行中だから、いっちょ気合いを入れてやってくれ』
という内容が記されており、ポテトの脳裏に、
(あいつ……。勇者の教育をするのがイヤだったから、武者修行の体で放り出した……?)
などと嫌な考えが頭を過った。
とにかく、凄く、扱いに困る。
ポテトは、勇者のような人間に免疫がなかった。王都はともかく、まだまだポテトの領は未開の地である。
(新しい時代の流れにはついていけない……。しかしこれは、爆弾案件だな)
ポテトは胃が重くなるのを感じた。
しかも、依頼書と同時にその勇者が来るなんて、冗談ではない。さらには、その勇者の要求が、
『竜と戦わせてくれ』
と来た日には、どうしようもない。
ポテトは良い対処方法を模索する。
「ところで、今日は到着してすぐですので、ゆっくりされてはどうでしょう? 観光でもしてみては? 宿はこちらで手配します」
ポテトは低姿勢で勇者に話しかけてみた。
ポテトは男爵位を持つ貴族であるが、勇者はそんな身分制度の枠に当てはまらない。
丁寧な対応をしていて間違いはない。
(それよりも、なるべく早く帰ってもらいたい――)
……心から、そう願う。
『勇者に気合いを入れる』
そんな依頼は、不可能だ。
なにしろ、勇者は強い。まだ若いが実力は本物だ。近くで接すると感じ取れるが、モノが違う。
ナロー大陸で、強さの基準になる【ランク】は、
S級(超越者)
A級(超一流)
B級(一流)
C級(一人前)
D級(半人前)
E級(駆け出し)
と六段階ある。
多少、腕に覚えがあるポテトはB級だ。
勇者は、S級であろう。しかも、底が知れない。ポテトに近侍している二人の騎士はA級の猛者であるが、その二人も身がすくんでいる。――色んな意味で。
そんな勇者に気合いを入れるなど、冗談であろう。
(何卒、早々にお引き取り願わねば……)
ポテトは益体もないことを考えた。
それに、今の時代には『魔王』なんて、いない。数百年周期で発生する『魔王』であるが、今の時代には存在しないのだ。勇者は有事に備えて強くなければならないが、ポテトには関係がないーー。
「アタイ、のんびり観光しに来たんじゃないのよね。竜がダメなら、他にイクわよ」
「は?」
ポテトは、とてつもなく嫌な予感がしたーー。