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第一話 苦難は突然に

「握り潰すわよ」

「ーーは?」

「アタイのこと、二度見したでしょ。失礼ねッ。握り潰すわよッ!」


 どこを?

 と、ポテトは訊かなかった……。



 ーーポテト=ジャガ男爵は、齢四十にして自分の目と耳を疑った。

 男爵領では生態系の頂点に立つ男であるが、現在、生命の危機を感じ取っている。

 今、ポテトがいる場所は自分の執務室。

 目の前に座るのは【勇者】だ。

 ――勇者とは、【魔王】を倒すことができる唯一無二の存在。ポテトの目の前にいる勇者は『男』で、女性の言葉を使う。

 外見は男、のはずだ。

 いや、断言する。男だ。

 そして勇者を一言で表すならば――、


 『リアルアメリカンヒーローが下手な化粧で女装した人物』


である。

 地はイケメンで爽やかに見えるはずなのに……、暑苦しい。

 ポテトは困惑したーー。

 まだ若造の勇者だが、自分の手には余るーー。


(『ボクっ娘』とか『美少女だけど男』なら需要はあるだろう! しかし、こいつにはない!)


 ポテトは心の中で虚しい断言をした。

 勇者はポテトのことを見ている。


(どう対処する――?)


 ポテトは冷や汗を流した。

 勇者はそんなポテトを尻目に、物憂げに口を開く。


「アタイ、こんなとこでオッサンとお見合いしてるヒマなんかないのよね。竜と闘いたいの、竜と」


 そんな勇者の言葉に、


「私には、無理です……」


と、勇者から目を反らし、額から滲み出る汗を拭うばかりであった。


「なんで無理なのよッ。アンタの奥さんに頼めばいいんでしょうが! アタイがこんな田舎まで来たのに~ッ!」

「くっ、首が絞まる~ッ!」


 ポテトは気が遠くなった。身体的にも、精神的にも……。

 そして不覚にも、走馬灯のようにこれまでの記憶が蘇る。転生をして、この世界に生を享けてからのことがーー。


◇◆◇


 ポテトは『転生者』である。

 今から二十五年も昔の話だが、覚醒――前世の記憶を取り戻した際のことは、鮮明に思い出すことができる。



 ポテトが生を受けたこの世界は【セツカ】と呼ばれる、剣と魔法の世界。

 人間、エルフ、ドワーフ、魔族などが生活し、魔獣が横行している。

 ポテトが育ったのは【ブクマ】という国で、【ナロー】大陸の中央に位置していた。

 ブクマ国では十五歳になった年に立志の儀ーーいわゆる成人の祝いを行う。

 ポテトも晴れて十五歳となり、儀式を迎えた。祝いの席で、酒をしこたま飲んだポテトは自室にて就寝するも、その夜中にカッと目を見開いて飛び起きた。

 前世の記憶が、鮮やかに甦ったのだ。


「……」


 何度も頭を振り、甦る記憶と格闘する。

 ようやく落ち着いてから、悶々と前世の記憶を辿ると、日本という国に生まれるも病のため十五歳目前で死んだ、という無念の記憶があった。やるせなさが、ポテトの胸に去来した。

 ――しかし、今は生きることができている。

 ポテトはこちらの世界で、前世の年齢を健康のまま越えることができたのだ。

 ぶるり、とポテトは身震いした。

 


 ――さて。

 ポテトには貴族の務めとして、三年間の修学期間があった。

 十五歳になると、ブクマ王国の王都カルビーにある学院に入り、学業を修めるのだ。それを経て、ようやく自領の政務に携わることが認められる。

 ポテトは、王都にて【神眼王子】と異名を取るブクマ王国の第一王子や『悪役は嫌』が口癖の伯爵令嬢、『やり直す』と呟く他国の貴公子らと交誼を持った。ポテトは彼らと、時に衝突し、本気で語り合い、何故か気が合い、義兄弟の契りを交わすという濃い三年間を送ったが、またそれは別な話……。



 ――そして現在、神授暦一○四○年。

 ポテトが治める男爵領は五穀豊穣。

 産業はカツカツだったが、魔獣素材が豊富で、農業でも【男爵ポテト】という名のジャガイモが程よくヒットしている。

 さらに男爵家の騎士団は強悍を誇り、領土を接する他の貴族との関係も良好だ。ポテト自身の家庭も、妻との間に二男三女が恵まれ順調満帆である。

 そんなある日、王都から依頼書が届いた。

 執務中のポテトは、他の書類を見ながら依頼書を確認する。


「へいへい。なんだよ、忙しいのに……」


 依頼書は王宮からの正式なもので、ブクマ国で男爵位を受けているポテトに否応はない。なのでせめて、悪態をつくくらいの抵抗はしておく。


『いちいち悪態をつくな。ちょっとしたお願い事だ』


 依頼書の表には、ご丁寧にそう記してあった。


「お願い事だと……? すごく、厄介事の臭いがする」


 ポテトは依頼書の内容を確認せず、届かなかったことにするか、忙しくて失念していたことにしようと画策した。やがてーー、


(これは届かなかったことにしよう)


と決意する。

 ポテトが依頼書を暖炉にくべようとしたことろ、執事から急な来客の知らせが入った。


「……なんだ? 突然、誰だ?」

「ゆ、勇者です。勇者が来ました!」

「は?」


 ポテトは思わず目を丸くした。

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