月の歌、銀の愛
永遠の森の中心、古代神殿からほど近き場所に、月明かりの下で輝く湖がある。
この湖の畔には、古代の昔から精霊ルナエルが住んでいた。
ルナエルは、銀色の髪と月のように輝く瞳を持つ美しい精霊で、永遠の森とそれに関わる生命を護る存在として知られている。
月の美しい夜には、ルナエルは湖畔で静かに歌っていた。
永遠の森から遠く離れた辺境の村に住む青年カイル。
ある夜から、カイルの耳に美しい歌声が届くようになった。
周りの者に尋ねても、そのような歌は聞こえないと言う。
カイルはその美しい歌声に心惹かれ、歌声のもとを探しに行こうと決意した。
村を出たカイルは、遠い旅の果てに、ついに永遠の森を探し当てた。
湖畔に辿り着いたカイルは、歌うルナエルの姿を目の当たりにし、その美しさと、聴こえ続けていたその声に魅了された。
彼は、ルナエルの歌が終わるのを待って、丁寧に話しかけた。
「美しい精霊様、私はカイルと申します。あなたの声に引き寄せられてここまでやって来ました」
ルナエルは、彼の正直で素朴な言葉に微笑み、「私はルナエル。この森の守護者です」と答えた。
「私の歌声は、精霊との絆を持つ魂にのみ届くのです」
二人は湖畔で、夜が明けるまで語り合った。
カイルは、村での生活や、ここに辿り着くまでの旅のこと。
ルナエルは、森の生命や精霊たちのこと。
彼らは、お互いが異なる世界に生きるものであることを理解しながら、心の中に共通の思いや感情があることを自覚していった。
月明かりの下で共に過ごす夜を重ねるにつれ、カイルとルナエルの間には深い想いが生まれた。
しかし、人々はカイルが精霊と恋をしていることを知り、彼を恐れ、避けるようになった。
また、森の生き物や精霊たちも、ルナエルほどの高位精霊が人間と想い合っているいることをよく思わず、カイルを密かに排除しようとする精霊さえいた。
カイルとルナエル自身にも葛藤があった。
ほぼ永遠の刻を生きる精霊と、たかだか数十年で老いて死んでしまう人間では、生命の長さがあまりにも違いすぎる。
ルナエルは、カイルと共にある幸せな時間と、近い将来確実に訪れる彼の死の間で揺れ動いていた。
しかしそれ以上に、人間の命の短さとその価値、想い合う相手と共に生きる幸せについても深く理解していた。
ある日、カイルはルナエルに求婚した。
「私は唯人で、あなたから見れば吐息のごとく短い命しか持ちません。置いて逝ってしまう勝手はわかっています。それでも私はあなたと一緒に生きていきたい。私の魂は永遠にあなたと共にありたい」
ルナエルは、カイルと共にある短い時間のなかでの幸せを大切にし、その後の永い喪失の時を生きる悲しみを受け入れ、永遠の森で彼への愛と共にあることを選んだ。
そしてカイルとルナエルは、永遠の森の中で、月の光に祝福されて結婚式を挙げた。
月満ちて彼らの間には娘が産まれた。
ルナエルと同じ銀の髪を持つ彼女はセレナと名付けられた。
人間と精霊の血を受けついだ彼女は、長じて人間の世界で生きることを選んだ。
精霊の血によって特別な魔法の力を持つ彼女の血筋は、エンリリアの地に脈々と息づき、後年この地に建国されるエンリリア国の歴史にも名を刻むこととなる。