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世界激怒記念日

第103回 お題「記念写真」「撮影」

 昔、スマートフォンをトイレの便器に落としてしまった事がある。自動バックアップにしていなかったので、データは当然吹き飛び、住所録も、メールも、写真も、大体3ヶ月分程がこの世から消えてなくなった。デバイスなんて本当に呆気ないものだなとエイデンが思ったのはその時だ。そんなこと言ったらフィルムだって火を付けたらよく燃えるぜ、とふざけた混ぜ返しをしていたのは、まだ父と寝ていた頃のトレントだったか、間違いない、他の知り合いでそんな意地悪を言う人間はいないから。

 森羅万象全てが儚いのならば、嫌な記憶もさっさと消えて欲しいものだが、世の中そう甘くはできていない。カメラロールを雑にスクロールして現れた写真へ見入るエイデンに、背後から肩へ腕をかけ覗き込んだトレントは「懐かしいな」と微かに声調を上げた。

「いつだった?」

「3年前かな」

 自らも覚えていないので、表示された日付を確認してエイデンは答えた。

 確か父を殺す前だ。撮影者は他ならぬあの人だから。レオンが買ったアルフォ・ロメオの前で兄弟並び、お澄まししている。ぴかぴかのスポーツカーに満面の笑みを浮かべているレオンと比べ、己は笑っていない。春の日差しが眩しかったのかも知れないし、眠かったのかもしれない。或いは、興味がなかったのかも──それが一番正確だろう。

 それよりも今関心を惹かれたのは、トレントが口にした「懐かしい」と言う言葉だ。

「覚えてるの?」

「ああ。確かレオンの奴、2ヶ月でフェンダーを擦りやがったんじゃないか」

 と言うことは、既に彼は父と寝ていたのだろう。心の中へ立ち込める暗雲を視認したかのように、トレントはエイデンの首へ回した腕に力を込め、引き寄せた。

「鬱陶しい顔してやがる。お前、写真嫌いだよな」

「嫌いじゃないけど……写りがあんまり良くないんだ」

 友達と遊んだ際、何か特別な事をした際、一応人並みにスマートフォンを取り出す方だと思っていた。けれどよくつるんでいるルームメイトのダグが、とにかく写真を撮りたがるし、SNSの更新もマメに行う。必然的に自らも一緒に写ることとなるが、ダグは当たり前だが自分の映えている写真を優先して載せる。彼のアカウントの中の自らは変な角度で顔が浮腫んで見えたり、目を眇めていたり。

「実際に酒飲んで顔腫らしてたんだろう」

「そんなことない。最近は比較的控えてる」

 そう抗するものの、さっきブランデー・ジンジャーのグラスを片手にうだうだしていたのを見られていたから説得力はない。トレントも鼻を鳴らして、スマートフォンに指を滑らせる。

「人に見られたくないんだろう」

「別に……」

 そう口にしてから、彼の言いたい事を察する。人殺しは写真をシェアしたりせず、人目を忍んで大人しくしているのが普通だろうと。

 馬鹿げた話だ。「トレはどの角度でも撮ったってハンサムだから気にならないだろうけど」と唇を尖らせる。

「そんな事言ったって何も出てこないぞ」

「ほんとだって。みんな写真を見せたら褒めるし」

「あんまり見せて回るなよ」

 嫌そうな顔に、人を避けたがっているのは貴方じゃないかと思わず口元を吊り上げる。渦中の男。オム・ファタール。子供を唆せて愛人を殺させた稀代の男めかけ。

「ハンサムなんだから……」

「分かった分かった、俺はハンサムだ」

 ぽんと頭を撫で叩き、トレントは溜息をついた。

「ガキは何でもかんでも見せびらかしたがるもんだった、すっかり忘れてたよ」

「トレもそうだった?」

「だったかもな」

 こうやってうんざりしている顔も様になっているのだから、全くずるい。

 ホーム画面に戻っていたスマートフォンを開き、カメラを起動させる。インカメラにし、掲げてシャッターをタップする直前に気付いたのだろう。つまりエイデンが頬を寄せた瞬間。「おい」と薄く開いた瞬間が、切り取られる。

 レンズを睨みつける剣呑な眼差しですら、精悍という範囲へ十分納めてしまえそうな勢いだった。

「何だってんだ」

「インスタに載せる、僕の彼氏だって」

「冗談にしても笑えないぞ」

「そんなに彼氏扱いされるのが嫌なの」

 思わず声を尖らせるエイデンの目から、コバルトブルーの瞳が逸らされる事はない。

「お前が親父を殺してなかったら、幾らだって呼んでも許されただろうよ」

 誰が。世間が。それとも貴方自身が。少なくともレオンはこのポストを見たら激怒するに違いない──今までこんな大それた(と己で思っているのだから世話はない)真似をしでかした事はなかった。全く笑えてくる。これでも気を遣っていたなんて!

 世間のとまでは言わないから、あの気の良い義兄の髪を逆立たせる為だけにしでかすのも悪くないのではないか。

 投稿するところまで見届けてから、トレントはカウチの背もたれはだらんと凭れ掛かり、天を仰いだ。

「いちゃもん付けられるのは俺だぞ」

「トレって意外とチキンなんだね」

 味のしなくなったガムを吐き捨てるようにそう言って、エイデンはもう少しスマートフォンを弄っていた。2人の存在を世間に知らしめる初めての日。お前一体何様のつもりだとは、トレントがよくエイデンに投げかける言葉だが、今日はそっくりそのまま返したい。こんなインフルエンサーでもない凡庸な2人、一体SNSの誰が注目すると言うのだろう。自分の価値を買い被り過ぎるというのも全く困りものだ。

 僕ってもしかして、トレのことを甘やかしてる? ホーム画面を先ほどのツーショットに変えながら首を傾げていたら、「いい加減にしろ」と頭をはたかれた。ここで反撃しない辺り、己はすっかり彼へ骨抜きにされているとしか言いようが……

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