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君と一緒にじゃれたいな

第102回 お題「キス」「温もり」

「僕が眠ってる間にキスした?」

 多分頬に。そうエイデンが指でとんとんと叩いて見せるから、トレントは気味悪さを覚え「してねえよ」と答えた。

「そう? 絶対したって思ったのに」

 カウチを占領しての昼寝は2時間だと聞いている。目覚めるまで起きなかった。その間、何もされなかった。される訳がない──普段は他ならぬトレント自身が「邪魔だからベッドで寝てこい」と揺さぶったり、酷い時は蹴落として邪魔をするのだが。

 そもそもエイデンは眠りが浅いので、刺激を受けたら目を覚ましてしまう事が多い。ぐっすり眠れるのは己が隣にいる時だけ。側にいて貰えるという安心感と、相手を危険視せず受け入れるという慣れ、本来相反する精神反応が組み合わされる事で隈は薄くなる。

 そうでなくても冷気が戻ってきたここ数日、被っていたブランケットだけでは本来足りないのだろう。もそもそと身を起こし、寝起きの肌寒さにくしゃみをする様子を眺めていたら、こちらまで背筋がぞくぞく来るから、毛玉だらけの布を捲り上げて隣に潜り込んだ。元々エイデンがお気に入りにし、彼の匂いがするブランケットの中へは、普段に増してスミレやオレンジの甘いフレグランスの芳香が籠っている。

 そのままテレビのチャンネルをザッピングし始めたトレントに、エイデンはちょっと擦り寄った。体温が心地よい、と思ってしまったのが少し忌々しい。先日の風邪は幸い一日で熱も引いたが、その直後に冬が戻ってくるなんて。

「もっと暖房の温度上げたら」

「十分上げてる」

「それでこれ? 修理呼んだ方がいいよ。何なら義兄さんに頼んでおくし」

 と言えばこちらの機嫌を悪くしてしまうとは、流石に奴も学習しつつある。仏頂面でテレビへ視線を据えているトレントの頬にキスを一つ与えたのは、謝罪と慰めのつもりだろうか。意図に反し、一瞬触れさせた唇だけで、相手が頬を歪めたと知った事だろう。

「まだ寝ぼけてんのか?」

「かも知れない」

 嘘である証拠に、投げた下目の先、寝起きの温かさを失いつつある身体はもう瞳も炯々と冴えている。こんな近くに奴の体温があってもまだぞくぞくする。勿論変な意味ではなく。だから「石油ストーブつけて」と訴えられても、「言うほど寒くないだろう」とすげなく却下してやった。性懲りも無く、エイデンは唇を尖らせた。

「そんな甘えても駄目だ」

「節約してるとか言わないでよ」

「違う、本当にこれが丁度なんだよ」

 何それ、と眉間へ皺を寄せるエイデンに、トレントは「これ以上室温上げたら、ブランケットはいらなくなるだろうな」とぼやいた。それで意図を察し、益々目を見開かされたらしい──同時に、かっと頬に熱も集まったのが見て取れる。

 テレビはようやくフットボールの中継に固定される。そわそわと落ち着きない身じろぎを繰り返すエイデンを嗜めるよう、するりと腰に手が這わせたのは、それとほぼ同時のことだった。

「トレ!」

「いいから」

 手のひらで腰骨から背筋をさわさわ撫で回し、セーターの中に潜り込ませる。直接触れた脊柱の輪郭を辿り、指先をジーンズの履き口から滑り込ませた。尾骶骨に触れてから、下着越しに尻を掴むまでに時間は掛からない。

「すけべ」

 これはあくまでスキンシップと言うのだと、明らかに間違っている事を教えるトレントへエイデンが頷いてみせたのはずっと前。理解はしているが、それでも心臓は、少しずつと言え鼓動を早めているらしい。赤い顔で睨みつけられても、トレントは涼しい顔を貫き続けた。

「大人しくしてろよ、俺はテレビが見たいんだ」

「嘘つき」

 そう拗ねた、幾分上擦った口調で抗議するから、流し目を意地の悪い笑みで細めてやる。これは仕返しだ、と殊更はっきり気付かせてやる為に。

 一度感触を確かめるように力強く握りしめたきり、後は手持ち無沙汰にゆるゆる触っているだけなのだから、いたずらされている方にとっては余計にタチが悪いのだろう。もぞもぞと腰を揺らす仕草を始め、抵抗は相手を喜ばせるだけなのに、エイデンは膝でトレントの腿を蹴飛ばした。

「誰も連れ込んで無いってば。本当に勘違いだった」

「はあ?」

「キスのこと、怒ってるんでしょ」

 トレントが眠っている相手に何かをしてくる訳がない。何せ彼は今日仕事で、エイデンが目を覚ましたのも、帰宅時乱暴にドアを閉める音が家中に響いたせいだった。

「夢で見た訳でもなくてさ……して欲しいなって思った僕の願望なんだ」

 溜息をついて──帰路に一杯引っ掛けてきたから、ウイスキーの匂いがするに違いない──トレントはジーンズの中から腕を引き抜いた。そのままぐっと腰を、太い腕で抱き寄せる。

「お前、冗談抜きで頭のネジが足りてないか、余計なところに刺さってるよ」

「謝ってるのに、なんでそんな意地悪言うの」

「呆れてるからに決まってるからだろうが」

 表情にすらその事を隠しもしないのに、エイデンは胴体へ腕を回して抱きついてくる。何だか、やっとのことで温かくなって来たような気がする。

「あったかいねえ」

「本当にこの家へ誰か連れ込みやがったら」

 台詞を同時に発したことすら気分が良いのか、エイデンは嬉々として「連れ込んだら?」と言葉を重ねた。トレントは肩を竦め、平らな相手の腹を指先で擦った。

「ベッドメイクはちゃんとして、窓は換気しておけよ」

「意地悪!」

 心からそう叫んで体を突っぱねる仕草のなんて可愛らしいことだろう。頑丈な腕では解放される事など無理だと、百も承知なのに。寧ろ抗いが面白く、トレントは喉奥で含み笑いを転がした。それに大体、エイデン自身、ブランケットを抜け出し手にしたこの温度を捨て去って、寒い所へ行くことなど、とてもじゃないが……

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