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酔ったついでに今年の恥は

第94回 お題「夜更かし」「オールナイト」

 元々眠りが深くも寝付きが良い訳でもない。なのにエイデンは「今日はトレが帰ってくるまで起きててあげるよ」と恩を着せる。お好きにどうぞ、と肩を竦め、トレントは家を出た。今夜は子守も無し、友人達と飲み明かす。

 面子は警官時代の元同僚達だ。全員既に制服を返した奴らだから気楽でいい。聖母パウラの家へ夜の9時に集合。集まる4人の仲間は酒なりつまみなり好きに持ってきて(トレントはホステスの為にワインの特大瓶を持参したが、後輩のヨギも全く同じ事を考えて行動した為『私をアル中にするつもり』とパウラに笑われた)後はラジオアプリで無難な局を見つけ、Bluetoothスピーカーに繋げば完成だ。パウラはザ・ポーグスの『ニューヨークの夢』が掛かっている番組を選び非難轟々、でも仕方ない、ここは彼女の家なのだ。

「今年はヘラジカも少なかった、多分温暖化のせいだな」

 トレントより4つ年上で、ガン・マニアが過ぎた余り押収品から時たま珍品をくすねていたベッカーが、スマートフォンの写真を回してくれる。地面に倒れる巨躯とこちらへ突き出された大きな角は、さながら物語の中の怪物のよう。ヨギと、そしてミレニアル世代とZ世代の狭間にいるロジータはそう思わなかったようで、「残酷過ぎる」と顔を顰めていた。

「へえ、お前ら黒人に鉛玉をぶち込むのは平気な癖、ヘラジカは可哀想ってか」

「分かってるよベック、人間の方が撃った時の反応はグロテスクだよね」

 皿に乗せたチーズとサラミ・ソーセージを回しながら、パウラが肩を竦める。

「動物はまだ、潔いって感じがする」

「まるで撃ったことあるみたい」

「昔ロスが生きてた頃、地下室に棲み着いてた野良猫をね。まるでおもちゃへ飛び掛かるみたいに、くるっと後転した後に頭から床へ落ちて、それっきり」

「グロい」

 そう顔を顰めてから、パウラがこの家の風呂場でもっとグロテスクな者を発見したのだと思い出したらしい(ロスは自分の頭を撃ち抜いて救急搬送されてから、一晩息があった)ロジータは沈痛な面持ちで口を噤む。

 お調子者だが善人な彼女を慰めたくて、トレントはバドの小瓶を傾けながら口元を笑みに捻じ曲げた。

「俺の元雇い主のガキが親父の身体に5発も撃ち抜いた時は、静かなもんだったぜ」

「そうだ、それについて聞かなきゃならなかったんだ」

 まるでたった今覚醒したかのように、目を見開いたベッカーが身を乗り出す。

「今も一緒に住んでるんだろ、例のお坊ちゃん」

「一緒じゃねえよ、あいつは大学生だからマンハッタン暮らしだ」

「嘘、知らなかった。ヨギは聞いてた?」

 そうでなくても口下手な男だ。暫くもごとごとジャーキーを噛んでから、ヨギは酔っているかの如く俯き気味のまま「この前紹介された」と呟いた。

「えー! そんな重大ニュース教えてよ!」

「あんたに教えたら翌日にはニューヨーク中に広まってるじゃない」

「うるさいわね、パウラ。私は貝みたいに口が堅いのよ」

 これが内部監査官に「病的な嘘つき」と言われた女の台詞だ。まあ、実際彼女は依願退職する際、自分や仲間がしでかした悪事を何一つ漏らさず出て行ったが。

「どうなの? 可愛い子? インターネットの記事で見た感じだと、肌の色が黒い以外は、いかにも良家のご子息って感じだったけど」

「ああ、悪い子じゃなさそうだったよ」

 ちらとこちらへ視線を走らせるヨギに、トレントは鷹揚に頷いてみせた。

「間違いなくお坊ちゃんだよ。純粋で、夢見がち」

「一体全体どうしてまあ、そんな子とお前がくっ付いちゃったかねえ」

 そんなに具合が良いのか、と続けられた言葉も気に食わなければ、「くっ付いた」と言う台詞も癪に障る。顎を撫でるベッカーのこめかみにごつんと一発、ビール瓶の底をお見舞いしてから、トレントは慈悲深くも質疑応答の時間を設けてやった。歳末助け合い運動と言う奴だ。ここにいる人間は誰もが碌でもない警官であり、華やかとは言えない方法でキャリアを終えている。何なら、今でもシケた生活を送っているものが大半なのだ。好奇心位満たさせてやってもバチは当たらない。

「そう、20歳。信じられない位ガキさ。恋に恋してるって奴かな」

「兄貴も負けず劣らずのボンクラで……馬鹿言え、金は奴の伯父が握ってるんだ。あいつは手強い」

「今のところ募集してないよ。でもな、奴の兄貴は、ここだけの話……」

「そう言うプライベートな事には答えるつもりはないね」

 気付けば時計の針は日付を跨ぎ、今年最後の一日が始まってる。質問は途絶える事がなかった。ぐいと殆ど氷の入っていないウイスキーを飲み干し、トレントは友人達を見回した。

「お前らもしつこいな。とにかく、確かな事はだ。あの坊やは、俺にすっかり惚れ込んでるって事さ。しかも馬鹿と来てる。あと3年面倒見てやれば、俺が指一本動かすだけで、滑り込んでくる列車の前に身を投げ出す位にはなるだろうよ……今日だって、例え徹夜になっても、俺が帰ってくるまで起きて待ってるんだと」

 皆が感嘆の呻きを上げている間に、キッチンへつまみを取りに行く。「クラッカーはどこだ」「右の棚……いいよ、私が取ってくる」

 車椅子を滑り込ませて来たパウラは、しゃがみ込んで食器棚を漁るトレントを見下ろし、アルコールで赤らんだ顔をニヤつかせた。

「それで、君はどうなの」

「知ってんだろ」

「一方的に、ここにいない相手の情報だけ開示するってのは卑怯だと思うけど」

 酔いどれて、俯いた姿勢をずっと続けていたせいか、妙に頭がクラクラする。今日は皆と一緒に泊めて貰おう。見つけたクラッカーの箱に書かれた賞味期限を読もうと、目を眇めて掲げながら、トレントは湧き上がってきた苦々しいおくびを飲み込んだ。

「そりゃ俺だって、あんなこと言われちゃ、あいつの事を頭から丸飲みしたい位可愛いと思ったりするさ」

「だって! とうとうトレがゲロった!」

 いつの間にか静まり返っていた居間から、わっと上がる歓声に、トレントは「よくもこいつ!」と取り繕う事なく、目の前にある車椅子のホイールへパンチを喰らわせた。

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