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こっちは僕の

第77回 お題「相棒」「ライバル」

事後描写、登場人物が第三者と性的関係を持っていることを示唆する描写、並びに不倫描写があります、ご注意下さい。

 君の彼氏が、と口にされ思わずうっすら眉根を寄せたのは、すぐさま見抜かれて追求される。

「彼氏ではない?」

「いえ……」

 続きはくしゃみによって有耶無耶にしてしまうつもりだったが、教授は逃してくれない。肉体的には既に分離している。昼下がりの情事はいつも通りあっさりしたもので、身にまとわりつくのは少し汚れたシーツと程よい倦怠感だけ。ただ今日は、教授が先に服を身につけ、エイデンは未だ一糸纏わぬ姿のままベッドでぐずぐずしている。汗で湿り、少しくったりしたワイシャツへ再び袖を通すのが気持ち悪かったのだ。

「そう言う扱いを他人から受けたら、彼は喜ばないと思います」

「どうだろうね。話を聞いている限り、君達は間違いなく愛し合っているように思うが」

「それは、そうですけど」

 何だか今僕、凄く大胆な発言をしたかも知れない。思わずきょとんとなっているエイデンに、教授は目を細め、微かに乱れた髪を手のひらで撫でた。まるで恋人にするような仕草だった。

 トレントについて他人から言及される時、この一般的な「ボーイフレンド」という呼称は、いつもエイデンを困惑させる。「恋人」よりはマシだが。

 だって、自らがあの男に抱く関係は恋なんかではない気がする──いや、嘘はいけない。間違いなく、ときめきや高揚と言った、世間一般のきらきらした恋愛映画に登場しそうな感情だって持ち合わせている(そんなものが己の中から湧き上がってくる事について、寧ろエイデンは困惑していた)けれど、それは主成分ではない。もっと痛みが強い。そう口にすれば、教授は笑って「恋とは痛みが伴うものだよ」と言った。

「まだセックスもしてませんし」

「肉体関係の有無はパートナーシップに関係ないだろう」

「パートナーシップですか」

 何だか企業間で合意を結んで締結したかのようだ。その連想が、ふと単語を思い浮かべる。

「共犯者」

 ボニーとクライド。スタークウェザーとフュゲート。そしてブッチとサンダンスも? 人を殺して回った2人組。

 幸い自ら達は、まだ1人しか殺していない。今後も殺さないでいられることを祈る。お互いの罪を自覚し、目配せするタイミングは息がぴったり。まるで運命のよう。

 それこそこんな単語を使えば、トレントは顔を顰めるだろう。でも、ちょっとばかしロマンチックなのも悪くない。酸いも甘いも噛み尽くしたような顔をしているトレントはどうか知らないが、己はまだそう言う情動に対して憧れを抱いていると、エイデンは今気付いた。

 犯罪者を想起させる単語は、間違いなく教授へ興奮を抱かせた。シャワーも浴びない身体を撫で回され、首筋に顔を埋められたので、出来る限りそっと身を離してベッドから降りる。彼は今夜、奥さんとレストランで食事をするとか言っていた。遅れさせるのは良くない。彼女が自らについてどれだけ知っているかは分からない。そう言う存在がいることは間違いなく知っているのだろうが、この男のことだ。例え名前を出されなくても、遅れた理由に使われ、意気揚々とひけらかされるなんて、堪ったものではない。

「恋人ならば、他人と寝たら怒るものじゃないですか」

 バスルームに足を踏み入れる、シャワーブースでカランを捻りながらそう言えば、「何だって」と喚き返される。

「恋人なら、他人と、寝たら」

「分からんぞ。フレッド・ウエストみたいに、妻がよその男と寝たら興奮する人間は案外多い」

「フレッド……?」

 誰なのそれ? と粘つく口の中でもたつかせた呟きを、シャワーヘッドから溢れ出る少し鉄錆臭い冷水でうがいをして流してしまう。まだ終わりが見えない酷暑の中で浴びる恩寵は、もしかして教授の奥さんもそのタイプなのかも、との閃きを与えてくれる。聞くのは嫌だった。自らは散々トレントの話をしておきながら。

 いや、これは教授が根掘り葉掘り聞き出してくるからだ。汗や汚れを落とし、ふんわりしたバスタオルを腰に巻き、いかにも年下の愛人という出立ちで戻ってきたエイデンの顎を掬い、教授はまだしっとり水気を残すこめかみに口付けた。洗ったのになあ、と思ってしまった自らが少しおかしく、はにかみを浮かべれば、教授も赤ん坊と目が合ったような顔で微笑み返してくれた。

「貴方は怒らないんですね」

「そんな権利は無いよ」

「もし何もかもしがらみを超越して、真っ白な状態だったとしたら。つまり僕と貴方とトレしかいなかったら、教授は怒ります?」

「真っ白か。二元論とは、全く君は若いな」

 質問へは答えの代わりに上機嫌が寄越される。

「典型的なシリアルキラーの思考回路だ」

「僕、サイコパスなんでしょうか。お医者はいつも明言を避けるんですけど……」

「これは私の持論だが、サイコパスはシリアルキラーの素質の一つになれど、逆はそうじゃ無い。私はどちらでも構わないがね……もしも診断が出たら教えてくれたまえ」

 彼が大学で教えているのは心理学ではない筈なのに。擽ったさの余り顔を逸らし、エイデンは厚い胸板を軽く押した。

「貴方は僕が他の男と寝るよりも、人を殺した方が興奮しそうですね」

「そうかも知れないな。フランスでは寝取られ男の種類が64もあるそうだが、殺人犯だとどうなるかな」

「知りません……今日はもう駄目です。今から『恋人』へ会いに行くから」

「いいね、楽しんでおいで」

「貴方も。でもシャツが無いんです」

「息子のがあるから着ていきなさい」

 そんな事を平然と言う彼の方だって、負けず劣らずサイコパスじみている気がする。少し大きなシャツを身につけ、インパラの助手席で考え込むエイデンに、運転席のトレントは表情のない横目を向けた。

「そんな服持ってたっけか」

「借り物だよ」

 それ以上の言及は無く、トレントは夜道を良いことに、堂々と信号無視をする。その瞬間、不意にエイデンは悟った。教授が向ける眼差しには、今や一蓮托生になった己とトレント、2人が丸ごと包括されているのだと。

 けれど、トレントはそうじゃ無い。その事が嬉しくて思わず笑えば「薬でもやってんのか」と顔を顰められた。

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