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猫殺しの系譜

第50回 お題「猫」「ツンデレ」

動物虐待を示唆する描写、登場人物が第三者と性的関係を持っていることを示唆する描写があります、ご注意下さい

 ミルクに混ぜてみたが、元が尿みたいな色だし匂いも強かった。だからそのままフリーザーにあった安物の鷄挽肉に混ぜて捏ねる、勿論手袋はして。

 ふっと笑ってしまったのは、つい昨日義兄と電話でした会話を思い出したからだった。たまたま取引先と行ったオーガニック・レストランで食べたチョレギ風サラダがことの他美味しかったらしく、有機野菜の良さについて滔々と語られた。で、その弟は今、除草剤と格闘している。

 2日、たった2日、その時に限ってガレージの鍵を開けたままにして留守をしたと言う。結局、癌で危篤に陥った友人はまた何度目かの峠を越え持ち直した。それは結構、本当にその友人が存在しているかは別にして、無闇矢鱈と人が死ぬのは良くないことだ。その考え方は間違っていないはず。それに、トレントがその相手を大事にしているなら、そう言う名目で作る時間を大事にしているならば、こちらも尊重する。この考え方は何となく納得できる。

 で、帰宅したらガレージの中からにゃあにゃあ、音源は近いうちに捨てるつもりだった業務用のゴム引きレインコート。丸めて片隅に投げ捨てておいた中からにゃあにゃあ、その白いのから産まれたのは3匹だと言う。最近はこの辺りでも猫が産む子供の数が減ってるんだよ、ストレスかな。近所の爺さん婆さんどもは庭の手入れで神経症みたいに噴霧器を振り回してやがるし。

 それで思いつき、白いボトルをホームセンターで買ってきたのだが。もう1週間も経つのに、トレントは猫の親子を放置していた。つまみ出しもしなければ、面倒も見ない。車を出そうとしたら親猫の方に凄い勢いで唸られたと、笑って言う。猫って綺麗好きなんだぜ。ガレージの中では絶対にクソもしない。綺麗に使ってる、理想的な間借り人だよ、おっと、奴らは猫か。

 あの子と真逆だなと思い浮かんだ顔は自らと正反対。まるで絵に描いたような金髪マッチョの白人、ハンサムな子だった。くしゃくしゃになったシーツの中で丸くなり、甘く笑いかける。何も考えていなかったエイデンが寝室へ入ってきてもお構いなしだった。

「アンクル・トレントはどこ」

 咄嗟にそう口にしたのは、やはり気まずさが勝ったせいだ。別に初めての事態ではない、トレントがベッドへ連れ込んだ誰かに遭遇したのは。でもこれまでは大抵女性だったし、こんな理想的なWASPじみた子は初めてだった。

「彼なら朝食買いに行ったよ。冷蔵庫が空っぽだって」

「そうなんだ。じゃあ待つよ」

 そこで会話を切り上げ、居間へ行っていれば良かったのに(そうすればトレントが帰宅して、一番に自らが目に入る)エイデンは「貴方、おじさんの彼氏?」なんて尋ねてしまった。彼は肩を竦めて「どうかな」と答えた。その時無意識に首が横に振られたこと、それから並走するクスクス笑いが酷く神経質な響きだったのを、エイデンは見逃さなかった。

「僕の目的が達成出来たのは認める。前から気になってたんだ。クラブの同僚の中では一番面白い奴だったから。でも彼って全然クールで、なかなか気を惹けなかった。だから」

 座ったら? とマットレスを片手で叩かれたが、笑顔で首を振る──本当に? 上手く笑えていた自信がなかった。青年も同じようで、手のひらをシーツに擦り付けながら、張り詰めた口元のカーブを持続させようと頑張っている。

「だから、わざと素気なく振る舞ってみた。まるでカードがひっくり返るみたいにゴロッとね。そしたら彼、興味を持ったみたいで……『家に猫を見に来ないか』だって。そんな古臭い口説き文句、初めて聞いたよ」

 そうなんだ、とか何とか適当な相槌を打ち、キッチンに篭って30分。一体どこまで行っているのか、トレントはなかなか帰ってこなかった。普段エイデンと摂る朝食を買いに行く必要へ駆られた場合、2つ向こうの通りに何軒かある店で見繕ってくるのに。

 どれだけ揉んでも挽肉は冷たいままで、いい加減指の感覚がなくなって来た。そろそろ良いだろう。匂いを嗅いでみたが、生臭さ以外は何も感じ取ることが出来なかった。

 そこではたと思い至る。乳飲み子と言うくらいだ。子猫は肉を食べることが出来ない。

 まあ、問題ないだろう。母猫が食べれば、その乳にもグリホサートは蓄積される。それを飲めば、か弱い嬰児だ。

 皿へ美しい半円形に盛り上げ、ガレージへ向かう。外からは鳴き声は聞こえない。眠っているのだろうか。中に入って寝床のレインコートを捲り上げても姿は見えない。出かけているのだろうか。

 まるで図っていたようにインパラを滑り込ませたトレントは、運転席から降りざま「タッチの差だったな、今捨てて来たぞ」と言った。

「車で1時間だ、流石に戻って来れないだろうよ。こいつ以外は」

 つまみ上げた子猫はまだ毛もふわふわしている。そんな剥き出しだと寒いだろう。襟首を掴むような待ち方をしているが、皮膚が薄いので可哀想だ。みゃあん、と高くか細い鳴き声が一層哀れっぽさを誘う。

「あいつ、1匹しか飼えないって言うもんだから」

「今ベッドで寝てる子?」

「ああ、そうそう」

 振り仰ぐエイデンと同じ位、トレントもさして面白がっている顔ではなかった。

「変な奴だよ。ツンケンしてたかと思ったら、ベッドの中では離そうとしない」

「貴方の気を惹こうとしてたんだよ。押して駄目なら引いてみろって奴」

「あー、なるほどな」

 彼が正直に話したので、エイデンも立ち上がりざま素直に白状した。

「猫。殺そうと思ったんだけどね」

「あいつにやるから?」

「ううん。前から……いや、どうだろう。最後の一押しにはなったかもね」

 さっきまで満腹にさせてやる気だったのに、トレントが差し出した子猫から、エイデンは皿を遠ざけた。

「別に殺しても面白くないよ」

「ほお、大した成長だな」

「面白くないじゃないか」

 繰り返してから、「それに、可哀想になってきた」と弱々しいなりに手足をもがかせ、精一杯口を開けて鳴いている生き物の頭を指先で撫でる。その時、トレントはようやく破顔した。空いている手で肩を抱き寄せ、頬にキスを一つ与える。相手がどんな顔をしているかなど全く頓着せず。

「焼いてからあのガキに食わせるか」

「朝食買ってこなかったの。他の猫、ただほんとに捨てて来ただけなの」

 お互いの質問は交差して、後は遠ざかっていくばかりだった。

「あいつまだベッドに? ちょっと甘い顔したら調子乗ってやがるな……こいつと一緒にとっとと蹴り出してくるから、何か食いに行こう。車で待ってろ」

 揺すられることで猫は今度こそ悲鳴じみた声を上げる。鼻歌混じりに去っていくトレントが全く振り返らなかったのに対して、エイデンは彼の姿が視界から消えるまで、ずっと車のフロントガラス越しに目で追っていた。

 そして気付くのだ。今一番問題なのは、このまま生肉を持って出かける事になりかねないということ。どうしてトレントに渡さなかったのだろう!

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