4話 熱中症で倒れるから、早く終わらせてくれ
「え、盗難……ですか?」
「たぶん、そうですね」
戸惑う俺を前に、店長は説明を続けた。
「コンビニで貴方が倒れてるところは、はっきりと映ってました。それでですね、深夜1時頃に、貴方を起こそうと介抱する様子の男が、左ポケットから財布を盗っていました」
「マジ……すか」
「まぁ、断定はできませんが……。警察に被害届を出したほうがいいと思います。とりあえず、警察に監視カメラの様子を見せましょう」
「は、はい」
本当に盗られていたのか。
実感が沸かないが、しかし財布が無くなった経緯だけでも、確かになったのはありがたい。
とにかく、まずは警察に連絡を取らねば。
俺は店長に挨拶だけして、すぐにコンビニの外にある喫煙所でタバコを吸いながら、警察署に電話をかけた。
「〇〇警察署ですか? 実は財布の盗難にあいまして、ええ、被害届です。それで、実は当時は酔っ払ってコンビニで倒れてまして、どうやら盗られたところがコンビニの監視カメラに……。はい、なので一度確認をしてもらいたくて……」
隣でタバコを吸っているオバちゃんが2度見してきた気がするが、気にせずに説明を終えた。
警察の方は、コンビニの住所を聞いてすぐに向かってくれるらしい。
まぁ、飲み物でも飲みながら待っているか。
俺はもう一度レジに戻り、ポカリを購入しつつ、対応してくれる店長に話しかけた。
「警察に連絡をしました。すぐに来てくれるそうなので、お手数をおかけすると思いますが、ご対応をお願いしてもよろしいですか?」
「わかりました。すぐに捕まるといいですね」
「ありがとうございます。まぁ、道端で寝ていた俺が一番悪いんですけど……」
「ははは。まぁ、盗る方が一番悪いですよ。悪い人は捕まったほうが世のためですから」
「うーん。まぁ確かに」
「ただ、怖いのは入れ墨してる感じの人なんですよね……。何事もなければいいですけど……」
「マジっすか!? 復讐されたりしなければいいんですが……」
ヤクザとか、チンピラの類だろうか。
まぁ、入れ墨くらいなら、夜の名古屋で呑んでてもチラホラ見かけるし、それだけでアウトローかどうかは判断できないが……。まぁ盗難してるわけだし、真っ当なやつじゃないか。
一番面倒くさいのは、外人とかで警察が追う前に日本を出てしまうパターンだ。
その場合、捕まる見込みがかなり薄いだろう。
「まぁ、お酒の飲みすぎには気をつけてね」
店長は笑顔で言った。
優しい人だ。店の前で倒れていた俺を、ちゃんと心配してくれて、仕事の合間に俺の面倒を見てくれるなんて。
俺は地獄に仏を見たような気持ちで、コンビニの外で待機する。
タバコは少し飽きたので、ポカリを飲みつつ、暇になったらアイスでも食べながら待つとしよう。
ここから警察までは、車でおよそ5分程度の距離だ。少し準備に時間を食っても、15分か20分で来るだろうか。
「……」
5分くらい経過。
まぁ、まだ来ないよな。
つーか暑いな。気温35℃とかだっけ。ポカリ無いと死ぬな。
「…………」
15分経過。
そろそろ来てもいい頃か。
流石にアイスでも買って、体を冷やさないと。
このコンビニ、イートインスペースがないから外で待つしかないんだよな。
「……………………遅いな」
30分経過。
ちょっと遅いな。
とりあえずタバコでも吸って待つか。もう3本は待ってる間に吸ったから、流石に飽きてきたけど。
「………………………………………あ、やっと来た」
一時間は経った頃、やっとパトカーがやってきた。
この炎天下の中、よくまぁ1時間も外で待機できたな……。熱中症対策に、ポカリの偉大さがわかる。
パトカーからは、ベテランっぽい男性の警官と、女性の警官の二人が降りてきた。
男性の方は、降りてまもなく、近くにいた俺を見て、すぐに被害者だと確信したのか、声をかけてきた。
「えっと、古田さんですか?」
「はい、お待ちしておりました」
「財布の盗難でしたよね。まず、被害当時の状況と盗難にあった被害対象の方をお聞かせ願いますか?」
「え、あー。はい。まず被害当時はカクカクシカジカで、それがコンビニの監視カメラに映っていた感じです。それで、盗難されたのは財布ですね」
「ふむ……」
男性警察官はクリップボードに俺の説明を黙々とメモしている。なるほど、こういった細かい情報もちゃんと調書にとられるのか。
「財布の中には何が入ってましたか?」
「え? えっと、キャッシュカードと、免許証、現金は5000円くらいですね」
覚えている限りだと、8000円くらいは入ってたが、酎ちゃんで割り勘したらしいので、5000円くらいになっているだろう。
「それで、財布の時価は分かりますか?」
「……財布の時価??」
何だそれ。
俺の財布に時価なんて発生するの??
「えっと、5年前に5000円くらいで買った、CROCODILEっていう、ワニの革で作られた財布なんですけど……、えっと、時価はよくわかりません」
「うーん、まぁ予想で言うと?」
「予想!? えっと、500円……」
「500円ですか」
「……いや、長く使っていたので、1000円くらいはあると思いたいですね」
「じゃあ、1000円で」
この項目、重要なのかそうでとないのかわからん。割と希望的観測で言ってしまったけど、大丈夫なのかね。
近くの子供が、「警官がいるー!」と叫んで、お父さんが「警官だね」と言っていた。
俺が警官を呼んだんだよ、坊や。
「まずは監視カメラの様子だけでも見てきますね。古田さんはしばらく待機してもらってもいいですか?」
「え、はい。お願いします」
俺は警察官二人を引き連れ、コンビニに入る。すると、店長は俺と警察官の存在に気づいて、小走りでこちらに寄ってきた。
「えっと、警察官の方、来てくれました。監視カメラを見せてもらってもよろしいですか?」
「はい、ではこちらに」
店長はレジの裏へ警察官を誘導する。
俺はそんな様子を外で見守っているが、何というか、店長は戸惑う様子もなく、手慣れた感じで警察官に対応している。
余談ではあるが、3日後に、会社帰りにこのコンビニに寄ったのだが、その日は万引きがあったらしく、またも警察官がお邪魔していた。
何というか、こんな頻繁に警官のお世話になるというのは、日本のコンビニ業界の闇があるな。
「……このお店って、イートイン無いんですね」
女性の警察官は店内を見渡して、俺に言った。
「ええ、まぁ……」
「これまで、外で待機してたんですか?」
「はい」
「熱中症に気をつけてくださいね」
では。早々に終わらせてくれると嬉しいです。