3話 二日酔いで頭痛いし、風呂にも入る気がしない
起きた。
二度寝したら、気づけば12時になっていた。
まるで学生時代の生活リズムであるが、今日は久々に2連休が取れたから、まぁ1日くらいはいいだろうと思う。
「さて」
思い出したくもないが、俺は財布を落とした。
キャッシュカードに、免許証に、8000円。現金は高い勉強代と割り切って、最悪、抜き取られたとしても反省できる。しかし、キャッシュカードと免許書は別だ。
「ああ、友くんからライン来てるな」
ラインを起動して、メッセージを確認。
『ごめん寝てた』
『すまねー、なんかあったー?』
まだ俺の状況を把握していないようだ。
警察のお世話になったことも……まぁ、知ってたらあんな事態になってないか。
『実は俺、昨日、道端で寝てたみたいなんだよね。んで、警察に連行された。ついでに、財布もなくなってた』
『マジ? 大丈夫? 財布なに入ってたん?』
『キャッシュカード、免許証、現金は8000とか』
『キャッシュカードと免許証はエグいな。警察には届けた?』
『遺失届は出して、キャッシュカードは止めた。今から酎ちゃんに行って財布ないか探してくるよ』
『あれ? 確かケンくんはコンビニでタバコ買ってくるとか言ってたし、その時は持ってたんじゃない?』
え?
俺、居酒屋で倒れたんじゃなかったのか。てっきり追い出されたのかと。
てことは、出るまでは意識あったんだ……記憶にないが。
『んと、俺って酎ちゃんでちゃんと会計した?』
『したよ! 確か3000円貰った』
偉いな俺。
友くんの場合、サラッと会計済ませて来そうだったから、その辺りは不安だったが、当時の俺もちゃんと金を出す能力はあったみたいだ。
『今、新しいタバコはあるの?』
ああ、そういえば、友くんの証言によればタバコを買っていたんだ。
俺は昨日履いていたスボンを探り、タバコがないか確認するが……。
『ない』
『んー。なら買えなかったかもしれへんな。店においてるかもしれんが』
となると、落とした場所としては、酎ちゃん、コンビニ、倒れてた場所くらいか。俺、一体どこで倒れてたとかしらんけど。
車道で倒れてたりしてねーよな。記憶がないって本当に怖いわ。
『とりあえず、今から酎ちゃん行くわ。店で落としてるかもしれんからね。んで、その後でコンビニ行く』
『いってらー』
俺はスマホをOFFにして、家を出る段取りを始めた。
適当に服を引っ張り出し、外出に必須となるスマホと鍵をポケットに入れる。いつもは家を出る前に財布とスマホと鍵を持っているか確認するが、今回は財布がない。いつものルーティンと違うというのは、どこか体の一部を失ったかのようである。
「ああ、そうそう。通帳でお金下ろさんとな」
引き出しに保管してあった通帳を鞄に入れる。
できれば今日中に免許証の再交付を終わらせたいが、まぁ時間的に難しいだろう。まだ財布が完全に紛失したとも限らない。平針運転免許試験場、日曜日でも再交付の受付できたっけ?
(※休日は再交付の受付はできませんでした)
アパートを出て、俺は駐輪場に置いてある自転車で酎ちゃんへ向かった。
そういえば、免許証がないからしばらくバイクも走らせれないのか。幸運にも自宅と会社が近いから、しばらくはチャリで通勤になるな。平針までは電車でいいか。
さて、今後のことを色々と考えているうちに、目的地の酎ちゃんへ辿り着いた。
店の前にチャリを停め、暖簾をくぐる。個人経営らしい雑多な雰囲気のある店内には、タオルを頭に巻いた店長と、ビールを手に持った高齢のお客が一人いる。
「いらっしゃい!」
「どもー。昨日の古田ですけど……」
「はいはい! どお? ちゃんと家まで帰れた?」
「いや、道端で寝てたらしくて、警察に連行されました」
「えぇ!?」
店長は仰け反りながら驚いた。
良い人だが、結構オーバーリアクションな人なんだよな。
「まぁ、そこは五体満足で帰れたから良いんですけど、それより財布を落としまして……。お店に落ちてませんでした?」
「え? マジ!? うーん、閉店した後に一通り掃除したけど、財布は落ちてなかったなぁ……」
「そうですか……。やっぱり倒れてたところとかに落としたんでしょうかね……」
「うーん、てか連れの友達はどおしたの?」
「そういえば、どこで分かれたんでしょうかね。途中で俺がコンビニに寄って、それからのことは知らないみたいですが」
「家まで連れてくみたいなこと言ってたけど」
あー、友くんって俺の住所知らないわ。
途中で俺が「近いし一人で帰れる」くらいのことを言って、別れたことが想像できる。
「確か、古ちゃんはお店を出てすぐの所で倒れたんだよ。それで、連れの子が送っていきますって感じで連れてって……その様子だと、その後はコンビニに向かったんだね」
「みたいですね。で、コンビニで何か買ったのかな……。酔っ払って変なところほっつき歩いて、その後、倒れたのかな……」
「とにかく、コンビニに落し物がないか確認したほうがいいよ。解決したら、また飲みに来てね〜」
店長と別れ、すぐ近くのコンビニまで自転車で向かう。と言っても、ここらかでも見えるくらい近い距離なんだけどね。
んー。
しかし、どうしたものか。
正直なところ、やっぱり倒れる前に、どこかで財布を落としたんかね。一応、盗まれた可能性もあるが……名古屋人は大阪人と比べて治安がいいし、そんなことはないはず。
大阪に旅行したときは、ヤバいキャッチーに誘われたり、浮浪者に声かけられたりと治安の悪さで心休まらなかったが、名古屋という街は違う。人の優しさを感じられる、皆がモラルのある良い街なのだ。
ちなみに、名古屋の運転マナーが悪いなんてよく言われるが、他県ナンバーとしては京都のほうが圧倒手に運転マナーが悪い。あそこのドライバーは基本的に『自分が優先されるべき』という考えが強く、狭い車間距離の間を無理矢理、車線変更する輩をよく見る。基本的に、『俺が通るんだから、他のやつはスピードを落とすはず。いや、落とすべき』という考え方で運転をしている。最悪なのは、俺が清水寺の出口の交差点で渋滞で止まっているとき、タクシードライバーの爺が激高しながら交通巡査員の胸ぐらを掴み、「何でこんな渋滞しとんじゃー! 道開けろー!」と怒鳴り散らしていたのを見て、俺は呆れ果てた。
名古屋の人間はそんなことをしない。
モラルの高い市民である。
「まー、一応コンビニ行くか」
もしかしたら、コンビニの近くで落として、店員が預かってるかもしれない。
望み薄ではあるものの、やらないよかマシだ。
俺はコンビニの駐輪場にチャリを停め、店内に入る。そして、レジにいる若い女性がいたので、声をかけた。
「あのー。昨日、ここで買い物をしたと思うんですけど……」
「はい?」
「財布を、このあたりで落としまして……。落とし物ありませんでした?」
「落とし物ですね? 少々お待ち下さい」
お姉さんはレジの下にある引き出しをゴソゴソと漁る。
しばらく待ってみるが、それらしいものは無いようで、
「すいません……無いみたいです……」
「あー、そうですか……」
残念なことに、コンビニ近くには財布はないらしい。
仕方ない。その辺りの道を探すしか無いか。
「あの、ついでなんですが、このコンビニって財布とか売ってませんかね? 安くてちっちゃいやつでいいんで」
「財布ですか!? えっと、少々お待ち下さい」
お姉さんは驚き半分でレジの裏に向かっていった。
うん。流石に無茶振りが過ぎたな。
有るわけ無いか。
俺が少しお姉さんに申しわけない気持ちでいると、お姉さんは男性の店員を連れてきた。ネームプレートには、店長と書いてある。
「えっと、君って昨日、ウチに来てくれた人だよね?」
「え? ああ、そうです! もしかして、ここでないものしたこと覚えてますか?」
「うんうん。お酒買っていったよね」
は?
タバコじゃねぇの?
え、記憶なくすくらいに酔ってたのに、酒買ってんのかよ。何やってんだよ俺。
「えっと、その後で、コンビニの前で倒れたよね」
「えっ、俺コンビニの前で倒れてたんですか!?」
「覚えてないのかな……」
店長は苦笑いをする。
「それで、財布無くしちゃったのかな?」
「ええ、気づいたらなくなってて……」
「んー。一応、防犯カメラでその時の様子を追ってみる? ほら、もしかしたら盗られてるかもしれないよね」
「え? ああ、是非! お願いします!」
なんか凄い幸運だ。
まさか、この時間まで俺を対応してくれた店員がいて、その時の様子を教えてくれるとは。
「じゃあ、ちょっと見てくるね」
そう言って、店員はレジの裏に消える。
少しでも、情報が増えるといいんだが……。
とりあえず、後のことは全部、店長にまかせて、俺はアイスでも食べながら店内で待つことにした。
本当は外で食べていたかったが、いつ店長が来るかもわからない。一応は、店内で待っておこう。
それから、10分ほど待っただろうか。
レジの裏から、店長の姿が見えた。レジはそれほど並んでいないし、応援って感じでもない。
「あー、財布の子だよね」
「はい、どうでした?」
「うん、たぶん盗られてるよ」