3月11日
「ヤマト、そろそろ行くわよー」
今日は我が家にとって大切な日である。恭一の命日、そしてヤマトの誕生日。
「待って、これだけ終わらせちゃうから……」
この大切な日に関してはミクは会社を休む、もちろんヤマトも学校を欠席して墓参りをする。ミクもヤマトも大切にしている日で、コースは決まっている。
「先に車出しておくねー、早くしなさい!」
ヤマトは小学校から中学校まで、全寮制の学校に居たので年末年始に帰ってこない事はあったが、この日は必ずミクの元に帰ってきた。
「ごめんねー、お待たせ!」
「今日はお昼なにしよっか!」
「なんだよ、もうお昼の相談? 父さん泣いちゃうぞ」
「それもそうね(笑) でも食べたい物決めておいて!」
ヤマトは最近忙しそうにしている。どうやらバレンタインのお返しに何かを製作しているらしい。必要以上にしつこく聞いてウザがられるのは嫌なので、遠目から見ていることにした。
「ミク、せっかく川崎行くんだから、川崎タンタンメンにしようよ。ミクの大好物だし!」
「やりー! それ賛成! 六ツ角店の方でいいよね? あそこのタンタンメンは別格だから!」
本日のコース。まずは川崎の事故現場へ。隕石落下事故から16年になる。16年を経過しても現場のスクランブル交差点には祭壇が設けられ、たくさんの献花がなされる。宇宙から落下してきた訳ではない隕石、いきなり大気圏に突入してきた謎の現象。この時期になると決まってメディアでも話題になる。
「なんか今日はいつもより人が少ないね」
「もう16年、色褪せていくものよ。最初の頃はインタビューされたり大変だったね、ヤマトも覚えてるでしょ?」
「デリカシーのないリポーターとかもいたね(笑)」
交差点の祭壇に花束を置く。恭一には感謝しかない。ミクを守ってくれた……お陰で今、ヤマトと2人でこうして生きていられる。
「桜井さん、お久しぶりです」
「あら、鈴木さん…………」
とても品のいい初老の女性……鈴木さんも隕石落下事故の遺族の1人、弟さんを亡くしている。政府主催の1周忌や3回忌の行事で一緒になって知り合いになった。事故の被害者は12名、その遺族が遺族会を形成している。
「ヤマトくん、大きくなったわね。3年ぶりかしら」
「鈴木さん、こんにちは」
ヤマトは小さな頃から鈴木さんには可愛がられていた。いや、隕石落下事故において、唯一の光だったとも言っていいヤマトの存在、遺族会の皆さんにとても大切にされたのだ。
「もう高校生かぁ、私も歳を取る訳ね(笑)」
来年は政府主催の追悼式がある。遺族も年齢を重ねてきている、来年あたりで遺族会も一段落付けたい。以前よくお見かけした杉田さんあたりはもう来ていない。
3人で祭壇に向かって祈りを捧げた。
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ヤマトはミクと川崎タンタンメンのお店に来ている。昼過ぎなのですんなり入店出来た。事故現場では久々に鈴木さんとお会いした、もう80歳近いはずだ。遺族会の中でどうしても会いたくない人がいる……杉田さんである。体調を崩しているのか、13回忌の追悼式以来会っていない。
「鈴木さん、元気そうだったわね。ヤマトは特に鈴木さんに可愛がられてたよね、よくお小遣いもらったりして……」
「そうだな。みんな年を重ねてるってつくづく思うよ。来年の式典で止めにしたいよね、やはり前に踏み出さないとさ! ミクも!」
「えー! またそのこと? 再婚なんて出来ないって」
「いや、その気がないだけでしょ。その容姿があれば沢山アプローチ来るだろ。それに、息子は億万長者だし」
「でもねー。恭一さんみたいな素敵な人はなかなか……」
「数撃ちゃ当たるよ! そうだ! マッチングアプリで相手探そうよ。最近また盛り上がってるみたいだし。オレが登録してあげるよ!」
ミクにはやはり幸せになって欲しい。ヤマトは常にそう思っている。
「えー、恥ずかしいよ……」
「いや、オレも来年17歳になる、そろそろ子離れしてもらわんと! やはり露出が大切だからタップリ金かけてみようよ!」
ヤマトは強引にミクに迫った。とりあえず、マッチングアプリの登録までは了承を取り付けた。
「お待ちどー」
懐かしい……川崎タンタンメン。正式名称は、川崎溶き卵タンタンメン、都内にも何店舗かあるが、川崎が主体に店舗展開をしている。
「ミクはまた具2倍にしたの? 明日は仕事じゃない?」
「いいのよ! 花粉症のフリしてマスク2重にして出社するから……なんかこれが至福なのっ!」
タンタンメンの具は……溶き卵、ニラ、挽き肉、そしてニンニクである。恭一の大好物だったらしい。具を2倍にすると、とんでもない量のニンニクを摂取することになる。
「では頂きます……」
食事の後は恭一のお墓参り。ミクは千の風を信じている、なので墓参りはすぐに終わる……。
こうして、桜井家の3月11日は終わった。
みなさんいつもありがとう
間違えてしまいました。こっちでした!