入学式にて
「母さん、せっかくだから写真撮ろうよ」
「そうね、でも結構並ぶわね」
ミクはヤマトの入学式でカトレアに来ている。中学を卒業して自宅に戻ってから、ヤマトと家族の時間をかなり持てた。ヤマトもなるべくミクとの時間を作ろうと努力している、優しい子である。
「まだ時間あるし、平気でしょ」
ミクはヤマトと約束していることがある。その一つは、人前では母さんと呼ぶ、という約束。自宅では、ミク、と呼ばれている。どうしても母とは思えないそうだ。
ミクはヤマトとカトレアの正門前で記念写真を撮った。本日は快晴、絶好の入学式日和である。
「では母さん、また後で…………」
「新入生代表の言葉、頑張ってね」
ヤマトは教室に向かった。保護者はホールで待機だ。このホールはプリンセスホールと呼ばれている。そうあの伊集院姫さんの寄付によって建てられた多目的ホールである。吹奏楽コンサートや演劇、各種イベントはこのホールが出来てから、こちらでの開催が多い。何故かカトレア祭(文化祭)での出し物は体育館を使う、伝統を重んじているのであろうか。
「あら、桜井さん。お久しぶり」
「花京院さん、お久しぶりです」
「桜井さんの子とうちの子同級生ってことよね? なんか笑えるわ」
「花京院さんは娘さんでしたよね? うちは男の子です。同じA組なんですね。奇遇です」
花京院智恵さん、ミクの同級生。花京院三姉妹の長女で三姉妹ともカトレア卒業生。ミクはあまり好きではない、何かとマウントを取りたがる性格で、恐らくそれも変わっていないだろう。
「うちの長女が今回入学なんだけど、日本文化部に入ってくれるの! 私嬉しくて。桜井さんの息子さんは運動部か何か?」
「いえ、まだ決めてないそうです。いいですね、カトレア一家じゃないですか!」
ミクは半ば面倒になりながらも対応する。日本文化部、以前は櫻会という同好会であった。公立高校になったときに名称を変更して部活動扱いになった。ミクは櫻会の勧誘を断っていて、それ以来、花京院さんとはあまり仲良くなかったのである。
「まだまだ、この学校は女性が強い伝統が残っているから息子さんは苦労するかもね。ちゃんと先輩としてカトレアの掟を伝授してあげてね」
「はい」
この人変わらないなぁ…………
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ヤマトは教室に来ていた。初めてのホームールームが始まった。1年生は8クラス、クラスは基本的に3年間変わらない。一部理系特化のクラスへの選抜組は3年時に特別クラスに編入することになる。そして担任もずっと変わらない。
「みなさん、こんにちは。みなさんの担任として3年間ご一緒します渡邉香菜です。よろしくお願いします」
渡邉先生、学生と変わらない容姿。物腰も柔らかいこれはアタリを引いたな……とヤマトは感じた。
「ねえねえ、渡邉先生カワイイよな」
隣に座っている男子に声をかけられた。目が大きく少し茶色の髪の毛、悪い印象は受けない。このクラス、男子は12名しかいない。
「ウマそうだな(笑) 結婚とかしてるのかな?」
「なんだノリいいね! 僕は中村大っていうんだ。大きいのダイって書いてヒロシね、よろしく」
「桜井ヤマトだ。よろしく」
「なんかいいねえ! オレサマ的なやり取り! 仲良くしてくれよなっ」
仕方ない、仲良くしてやろう。少し話をしたが、すぐにホールへ移動する。挨拶が面倒に感じる……
入学式が始まった。ヤマトは出番までボーッとしてる。このホール、素晴らしい造りだ、タマゴ型になっているのは音響を考えてのことであろう、どの席からでも舞台が見える。ミクもどこかに来ているだろう。
「それでは新入生による誓いの言葉。新入生代表、桜井ヤマト」
やっと出番が回ってきた。この手の挨拶は小学校時代から毎回のことで慣れっこである。元気よく挨拶し登壇する。緊張なんてしない。
「暖かな日差しあふれる今日この日、私達新入生381名は憧れの学び舎での生活をスタートさせることになりました…………」
スラスラと余裕だ。今回は友人からの生配信の祝辞は祝辞紹介コーナーに回してもらった。ここで紹介すると大事にもなりかねない。今頃、ニューヨークで待機してることであろう。
「…………ここに宣言し、新入生の誓いの言葉と致します。新入生代表、1年A組 桜井ヤマト」
完璧である。大きな拍手が起こる。そして次は祝辞の紹介……ジョージ大丈夫かなぁ…………。
「今回各方面からたくさんの祝辞が届いております。まず初めに、アメリカからライブでの祝辞です。画面にご注目…………」
「シンニュウセイ ノ ミナサマ ゴニュウガク オメデトウ ゴザイマス ワタシハ ジョージ ライアンデス。ニューヨークカラ、ライヴ デ コエ ヲ トドケテイマス ミナサン タクサン ガッコウ タノシンデ クダサイ」
会場がどっとどよめく。それはそうだ。ジョージ・ライアン、前合衆国大統領の登場である。若くして大統領を1期だけやったが、2期目は出馬辞退、それからあまり公の場には出ていない。
(ふむふむ、日本語を教えた甲斐があったな、上出来)
ヤマトは心の中でそう思った。
みなさんいつもありがとう
ヤマト、カトレアに入学式です。元大統領と旧知の仲、ヤマトの秘密の一つが明かされました。いよいよヤマトの学生生活かスタートします