初日の朝
人狼達が話し合いを終えてそれぞれの部屋へと帰った後、東吾はしばらく眠ることができなかったのだが、シャワーを浴びてスウェット上下に着替えて無理やりにでもベッドに入ると、結局すんなりと眠りについた。
すやすやと心地良く眠っていたのだが、突然にバチンという鋭い音が扉から聴こえて来て、ハッと目が覚めた。
…もしかして、閂が抜けた音?!
慌てて飛び起きて寝癖を心配する暇もなく扉を開いて飛び出すと、目の前の6号室の妃織と目が合う。
横を見ると、浩介が出て来ていた。
「…おはよう。」東吾は、言った。「その…別に急いで出て来ることもなかったかな。なんか鍵が開いたから、とりあえず出ようと思って。」
7号室の久隆が言った。
「オレも。いいと思うぞ、みんな出て来てるし。」
廊下には、皆が出て来てどうしたものかと立っていた。
向こうから、章夫が言った。
「おーい、みんな起きた?とにかく、準備して下に降りようよ。結果持ってる人も居るだろうし、話し合いしなきゃ。どうするのかとかさあ。」
それには、久隆も頷く。
「だな。三階の奴らも気になるけど、オレまだ起きたてホヤホヤでトイレにも行ってないしなー。とにかく、着替えて下に降りて、朝飯で食おうや。」
全員が頷いて、また扉へと向かう。
東吾は、ボリボリと頭を掻いて、扉へ向き直った。
…そうだ、初日は何も無いのに焦ったなあ。
少し恥ずかしくなったのだが、扉の中に入ろうとした時、浩介が横から言った。
「東吾。」東吾は、そちらを向いた。浩介は続けた。「しおり、読んだ?」
東吾は、寝てて読んでないとは言えずに、頷いた。
「ああ、ざっと読んだよ。」
浩介は、声を潜めた。
「あの…気付かなかった?ほら、勝利陣営は帰って来れるって書いてあって。どういう意味かなって思ったんだよ。」
それか。
東吾は、昨夜の人狼の話し合いを思い出した。
確かにその話をしていたからだ。
だが、素知らぬふりで言った。
「え?そのままの意味なんじゃないのか?」
浩介は、焦れて首を振った。
「違うって、じゃあ負けたらどうなるっていうんだ?っていうか、追放って何だと思う?なんかさ、急に怖くなって。」
浩介は気が小さそうだもんな。
東吾は思いながら、首を傾げた。
「えー?オレはそこまで心配してないけどなあ。そもそも、非合法なことはしないだろうし、大丈夫なんじゃないか?細かいことを気にしてたら、しんどいと思うけど。」
浩介は、フッと肩の力を抜いて、見るからに落胆した顔をした。
「…そうか、ならいいよ。」と、足を扉に向けた。「心配になっただけ。」
なにやら失望されたように感じて面白くなかったが、このぐらいがいい。
東吾は、思っていた。
考えが浅くて楽観的な奴だと思われていた方が、恐らく警戒もされないし当面楽そうだ。
東吾は、閉じた2号室の扉を見て思いながら、自分の部屋へと帰って急いで準備を始めた。
顔を洗って着替えた後、一階の居間へと降りて行く途中、玄関に人がたくさん集まっているのが目に入った。
何事かと歩いて行くと、久隆が寄って来た。
「…開かないんだよ。」
「え?」
東吾は、知らないふりをしないとと慌てたのでおかしな声が出てしまったが、それでも戸惑っているからと解釈されたのか誰にも変な顔はされなかった。
「開かないって…出られないってことか?」
東吾が続けると、久隆は頷く。
「そう。さっき哲弥と澄香さんが散歩でもしてくるかって扉を開こうとして、全然開かないのに気付いて。オレ達を呼びに居間へ来たからみんなで見に来てたんだ。」
浩介が、真っ青な顔をしている。
博が言った。
「ここが開かないとまずいな。窓だって、竹内さんが言ってたようにめちゃくちゃ頑丈だ。何かあっても外に逃げられないってことだぞ。」
識が、頷いた。
「部屋の窓もそうだった。」皆が顔を強張らせる。「昨日、いろいろ調べてここが開かないのは知っていたんだ。なのでどこかから外に出られないか、あちこち調べた。だが、窓は全部分厚いアクリルで割れないし、開かない。使用人部屋の方も見て来たが、同じだった。勝手口が使用人部屋の奥にあるが、そこも同じ。つまりは、今私達はここに閉じ込められている状態だ。」
澄香が、泣きそうな顔で言った。
「どういうこと?」と、手に持っているしおりを振った。「ねえ、おかしいわ!哲弥と朝から話したの。勝利陣営は帰って来れるって書いてあるのよ。だったら負けたら?!何も書いてないの、追放って何?!」
皆が、黙って硬い表情をしている。
澄香の言葉に、日向は啜り泣きを始めて、皆がパニックになりそうな気配がしてきた。
浩介が言った。
「やっぱり!嫌な予感がしたんだ、昨日しおりを読んでみて!もしかしたらオレ達は、負けたらここから帰れないんじゃないのか?!追放って…ほんとに死ぬんじゃ!」
全員の顔が不自然に歪んだ。
それを見た博が、慌てて言った。
「待て!落ち着け、ここでパニックになっても状況は変わらないぞ!そもそも、外に出られたとしても車で二時間の山の中からどうやって帰るんだ?熊が出るんだぞ、山の中で夜になったら終わりだ!何か知らんが、ほんとに死ぬなんて現実的じゃない!映画の見すぎだぞ!」
言われて、ハッと我に返ったような顔になった久隆が、頷いた。
「…そうだ、現実的じゃない。」と、皆を見た。「迷子になったらとか言ってた。ゲームが終わるまで行方不明になっちゃいけないから、ここに閉じ込めてるのかもしれないぞ。どちらにしろ、ゲームをしないとここから帰れない。ルールがあっただろう。ルール違反は追放だ。ゲームを棄権しても、確か追放って書いてなかったか?」
皆が、顔を見合わせる。
確かにそう書いてあった。
「…ゲームをするしかないんだ。」じっと黙っていた、識が言った。「私達は籠の鳥だ。このままでは未来永劫ここに居なければならないかも知れない。そもそもがスリルがどうのと書いてあったのだから、ある程度怖がらせるようなシチュエーションを準備していてもおかしくはない。念のため、ルールは守ろう。追放がどんな様子なのか、分からないんだからな。」
そうだ、もしかしたら怖がらせるために、わざとしていることかも知れない。
東吾は、そう思って気力を奮い起こして言った。
「悪いように考えないでおこう。そもそもがスリルを楽しめとか最初から煽っていたし、怖がらせようと思ってるんじゃないか?どちらにしろゲームはしなきゃならないし、そのために来たんだ。怖がってたら疲れるし負けて結局賞金はナシだぞ。落ち着いてゲームしてれば、きっと終わってからみんなで笑えるよ。何を怖がってたんだって。」
確証はなかったが、そう言うよりない。
哲弥が、言った。
「そうだな。」と、皆を見た。「負けたら賞金もナシだし、怖がってて損したって後悔するかもしれないぞ。とにかく、ゲームをしよう。今できることをして、その先の事は次に何か起こった時だ。」
それは、多分今夜。
東吾は思った。
今夜、必ず一人を追放しなければならない。
その時に、追放がどんなものなのか知るだろう。何でもなくただ四階や五階に行けというだけならば、誰も怖がる事はないだろう。多分大丈夫…本当に殺されるとか、あるはずはないのだから。
段々に落ち着いて来た皆に流されるように、女子達も落ち着きを取り戻して歩きだし、皆で居間へと向かったのだった。