0日の終わり
そうやって、また人狼ゲームをしてみたりしながら時間を潰して、東吾はそれなりに皆と話せるようになった。
元々話好きではなかったが、こういう場でどう振る舞ったら浮かないのか、もう経験で知っている。
だが、素の自分ではないため気の張る行為なので、あまり長い時間だと疲れる。
なので、夜10時に部屋に帰れるのは東吾にはありがたかった。
いろいろ話してみると、久隆は話好きのおもしろい人で、一緒に居て楽だった。
その久隆と歳が近い博も、とても落ち着いていてちょっとやそっとでは気分を悪くする様子もなく、何でも話せそうな気さくな人だった。
若い博相手におかしいのだが、まるで田舎の祖父と話しているような安心感があるのだ。
だが、目は時にとても鋭く光る時もあって、不思議な印象の男だった。
後は、東吾も付き合いのある感じの人達ばかりだ。
会社の同僚や、カップルが多いので女子に話し掛けるのには気を遣う。
その彼氏に変な風に勘繰られても面倒だからだ。
なので、東吾はひたすら男子とばかり話していて、女子とは話し掛けられたら返す程度に留めていた。
梓乃は相変わらず章夫にぴったりとついていて、だからと言って何を話すというわけでもなく、一種異様な有様だった。
だが、当の章夫はあまり気にしている様子はなく、その代わり特に話しかける感じもなく放置している感じだった。
そうやって気を浸かって過ごした数時間、識は結局夜ご飯を食べると降りて来た時以外、皆と合流することはなかった。
博が食事の準備をしてやっていて、それを一緒に食べている時も、フリーの女子達がもじもじと話し掛けてみたりしていたが、聞かれたことには答えるものの、胡散臭げに見るだけで話題を広げようとはしない。
それは落ち着いたあまり見ないような凛々しい顔立ちなのだから、その気になればいくらでも女子達と仲良くできそうだったが、どうやらそんなつもりはないらしかった。
博の話から思うに、恐らく子供に見えているのだろうな、と感じた。
東吾だって話の通じなさそうな幼児に興味は涌かないし、多分そんな感じなのかもしれない、と思った。
そうなって来ると、博が言っていたように、あまりにも頭が良すぎても、不幸なのかもしれない。
結構かわいい女子も居るのに、あれでは青春満喫とはいかないだろうからだ。
そんなこんなで一日の終わりがやって来て、夜がやって来る。
今夜は占い師にはお告げがあり、人狼達が初めて一同に介することになる。
東吾は、ワクワクしながらその時を待つために、ペットボトルの飲料と夜食のパンを持って、部屋へと向かった。
隣りの浩介が、扉の前で立ち止って、言った。
「東吾、みんなと仲良くなれて良かったよな。オレさあ、人見知りだから頑張ろうと思って今回思い切って参加したんだけど、みんな親切で良かった。」
東吾は、驚いた顔をした。
「え、最初にオレに話しかけて来たのに?」
結構フランクに話して来たけど。
思いながら言うと、浩介は少し恥ずかしそうに言った。
「めっちゃ頑張ってたんだ。オレが知ってる社交的な友達の真似してみて。そうしたら、東吾が仲良くしてくれたから、頑張ったらみんな話してくれるんだなあって思って。ありがとう、東吾がもし無視したりしてたら、あの最初でくじけてたかもしれない。」
まさかそんな事情があったなんて知らなかった東吾は、そんなに頑張っていたのかと浩介が健気に思えて労わるように笑った。
「オレだって一人だったし不安だったから助かったんだよ。お互い様だ。」と、扉へと向かった。「じゃあな、また明日。明日から頑張って勝つぞ。」
浩介は、笑って頷いた。
「ああ。頑張ろうな。」
同じ陣営じゃないけど。
東吾は、そう思うと少し、胸が痛んだ。
だが、次の瞬間には心を切り替えて、扉を開いて自分の部屋へと戻って行った。
「おい。」
気を張っていたので疲れたのか、眠気に襲われた東吾は、0時まで寝てはいけないと踏ん張っていたつもりが、まるで気を失うようにベッドに突っ伏して眠っていたのに、その声で気付いた。
慌てて飛び起きると、博がこちらを見ていて、その向こうには幸夫と晴太が見えた。
「ご、ごめん、寝てしまったみたいで。」
東吾が言うと、博は苦笑した。
「いいさ。とにかく下へ行こう。鍵が開いたから出て来たんだが、東吾が出て来ないから勝手に入って来た。」
東吾は、頷いて人狼達と共に階下へと向かった。
足音を殺そうとしたのだが、床は絨毯敷きなので全く音はしない。
その事にホッとしながら、居間へと入るとシンと静まり返っていた。
博が言った。
「まあ、その辺に座れ。」そして、自分もどっかりとソファに座ると、続けた。「ここの防音は完璧だったよ。どんな造りになってるのかしらないが、少々扉をノックしても、外で叫んでも部屋の中には聴こえない。識と一緒に調べてみたから間違いない。」
東吾は、目を丸くした。
「そうなのか。あんまり静かだから何もすること無いしつい、眠ってしまったんだよな。」
章夫が、笑った。
「分かるよ。僕もしばらく困ったもんね。眠っちゃうなーって。でも、しおりを読んでたら目が冴えて来ちゃった。だってさ、しおり見た?追放って、何なのか知らないけど、勝利陣営だったら帰って来れる、って書いてあったんだ。じゃあ負けたらどうなるんだろう、って考え出したら怖くて眠れなくて。」
東吾も、晴太も驚いた顔をした。
「え、ほんとに?」
思わず言うと、博が真剣な顔で頷く。
「ほんとだよ。識も言ってた。だから真剣にゲームしてもらわないと困るってさ。何しろ、みんなぼうっと遊んでたが、識はその間いろいろこの屋敷を調べてたんだ。例えば玄関だけど、扉が開かないのを知ってるか?」
東吾は、困惑した表情の晴太と顔を見合わせた。
「…知らない。開かないのか?」
博は、頷いた。
「開かない。鍵はついてるんだが、それを開いても全くびくともしないんだ。木製に見えるが中に鉄板でも入ってるのか叩いても鋼板の音がするし、破るのも無理だ。つまり、ゲームをしないと出られない。それに、しおりを見ると勝たないと帰れない。ちょっと怖い展開だ。」
晴太と東吾は、身を震わせた。
まだ誰も知らないのか…ここに、閉じ込められているのに。
「…そんな…でも、そんなの違法なんじゃ。」
章夫が言った。
「分からないよ。というか、もし帰らない人が居ても、ここに僕達が居るって知ってる家族が居る?僕達だって、今日初めてここに連れて来られたのに。博さんから聞いて、僕は覚悟したよ。何とか勝たなきゃならないなって。びびって吊られたら二度と帰れないかもなんだからね。」
確かに、誰もここに来ているなんて知らないだろう。
こんな山奥の洋館が、存在していることすら知らないかもしれないのだ。
「…びびってたらまずいってことか。」
博は、頷いた。
「とにかく、頑張るしかないな。もしかしたらスリルってのはこの事かもしれないしな。」と、切り替えて言った。「で?役職騙りたいやつは居るか。ちなみに狂信者は識だ。あいつは人狼を全員把握してるから、初日から占い師に騙って出て誰か囲うってさ。」
晴太が、パッと明るい顔をした。
「え、識さんは狂信者なの?やった!味方なんだ!」
博は、苦笑した。
「オレもあいつが敵なら最悪だと思っていたが、狂信者だと聞いてホッとしたよ。村人は多いし、猫又まで居る。今日の昼のゲームみたいにあっさり負ける可能性があったしな。だが、騙す方にあいつが回ってるのなら、安心だ。とはいえ、油断は禁物だけどな。夜会議にあいつは出られない。昼間に話すしかないが、誰かの目に付いたら厄介だ。それに、真占い師が呪殺でもしたら大変だぞ。」
東吾も、それは思った。昼間のように、いくら上手に騙っていても、呪殺一発で偽が確定してしまうからだ。
「…困ったな。ってことは、霊媒にオレ達が騙りに出ることになるのか?」東吾は、顔をしかめた。「ローラーされたら一人失う。」
章夫が、言った。
「それでも誰かが出ないと霊媒が一確したら面倒だよ。噛んだらおしまいだけど、グッジョブが嫌だよね。一回ならいいけど、二回出されたらさあ…狐を噛んだ時も縄が増えるし、できたら避けたいもん。」
猫又も居るのに。
東吾は、唇を噛んだ。それなら、自分が出るべきなんだろうか。
「…オレが出るか…?」
東吾が呟くように言うと、章夫が首を振った。
「僕が出る。」皆が驚いていると、章夫は笑った。「僕には識さんほどうまく占いを騙れないだろうしさ。そんなに頭良くないし。霊媒なら、みんなに相談してから結果を出せるしね。それに、梓乃は絶対僕を信じるよ。昔からあいつって僕のことばっかで、めんどくさいけど役に立つから。それに、あいつの役職知ってるよ。僕は言わないって言ったのに、あいつは自分から言って来たんだ。猫又だってさ。」
猫又を知ることができたのか!
東吾は、心が沸き立った。
だったら、噛むのが面倒ではなくなった。
いやむしろ、梓乃が絶対的に章夫を信じるなら最終まで生き残れば狼に有利になる。
博が、頷いた。
「だったらそれで進めよう。識は、昼間わざと皆と馴れ合わなかったんだ。狂信者だから、最悪吊られてもいいし、人狼と話をするには部屋に籠っていた方がチャンスもあるだろうって。最初から、そういう奴だと振る舞った方がやりやすいって考えたらしい。そもそも昼間、識がいろいろ調べていたのに誰も気付かなかっただろ?あいつはもう、独りでゲームを始めてたんだよ。元々あんな感じなのは確かだが、あいつはその気になればいくらでも人に取り入ることができるヤツなんだ。」
言われて、そうだったのか、と東吾は思って聞いていた。
なるほど識は、誰より先を見て行動しているのだ。
博もそれを知っていて、昼に皆にああ言っていたのだろう。
章夫が、フフと笑った。
「凄いな。やっぱり識さんが仲間で良かったねえ。籠っててくれるならこっそり誰かが話しに行くことができるよね。もう始まってたんだ。僕もがんばろう。」
東吾も、間髪入れずに頷いた。
このゲームが、いったいどんな風に進んで行くのが分からない今、どうしても勝たなければと少し硬くなりそうだったが、こうして集まってみると、皆が皆頼りになりそうでほっとする。
絶対に、足を引っ張らないようにしようと、東吾は決心していたのだった。