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獣の棲む森にて  作者:
TRPG
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帰還

次の日、識と博以外の17人は、来た時に乗っていたマイクロバスが迎えに来ているのを見て、荷物を持って集まっていた。

朝から、和洋食の朝食ビュッフェが準備されてあり、それを皆でたらふく食べてから、それぞれ思い思いに連絡先などを交換して、最後の時を過ごした。

なんだかんだで、とても楽しい時間だった。

最初はどうなるのかと恐怖したものだが、それも今では良い思い出だ。

次に同じゲームをしたら、きっと落ち着いて向かえるのではないかと思うのだが、果たして主催者である識は、あまり乗り気でないようだった。

次はいつだと何度も皆に問われても、識は決してその開催を約束する事は無かったからだ。

それでも、またみんなで集まって人狼ゲームをしようとは約束をして、皆は識と博に見送られ、マイクロバスへと乗り込んだ。

もう二度と会えないわけではないのに、なぜかみんなとても寂しい気持ちになって、遠ざかって行く森の中の洋館を、見える限りいつまでも見つめていたのだった。


そうして、皆を下界へと送り返した識は、後片付けを始めたジョアンに話しかけられた。

「ジョン、データはもうジョンのパソコンに送ってあります。また帰ってからご確認を。」

識は、頷いた。

「そうか。今回は16人分のデータが取れたということか。」

ジョアンは、頷いた。

「はい。顕著な反応を示したのは久隆という検体で、見た目にも明らかでしたね。やはり個人差があって、調整が必要です。あまりに急激に進むと、後で面倒がありますから。紫貴さんぐらいの反応が一番いいペースなのだと最近のデータの収集で分かって来た次第です。」

識はため息をついて、言った。

「博正、お父さんとお母さんが一緒に帰ると言っていて。君は離れて座った方がいいぞ。またお父さんが煩いからな。」

博正と呼ばれた博は、あからさまに嫌そうな顔をした。

「えー?ジョンまで一緒か。あいつ、黙ってろとか言うから嫌なんでぇ。自分が一番でないと気が済まねぇの。紫貴さんがオレを見たって気に入らねぇのに。」

識は、ため息をついた。

「分かっている。だが、お母さんはヘリが嫌いだから、私と一緒に帰りたいと言ったらしいのだ。お父さんには一人で帰れと言ったらしくて、今朝からそれを私に話して思い出したらしくて、機嫌が悪くて大変だった。お母さんが新しい車がどうのと気を反らしてくれたのですぐに機嫌を直していたが、私だって気が重いのだ。お母さんだけならこんな事は無いのに。」

別に父は嫌いではないが、母が絡むと鬱陶しい。

そう、識…新は、思っていた。

「なあ新。」博正が言うのに、新は振り返った。「お前、ジョンが嫌いか。」

新は、目を丸くしたかと思うと、すぐに首を振った。

「いいや。お父さんほど話が通じる人は居ないからな。困った人だが、嫌いだと思ったことはない。」

森の中へと吸い込まれて行くマイクロバスを見送りながら、博正は続けた。

「お前もさ、少しは楽しんだんじゃないか?同年代の子達と真剣なゲームをして。人付き合いは嫌いだとか言っていたのに、上手くやってたじゃないか。感心したよ。」

新は、屋敷の中へと足を向けながら、ため息をついた。

「どうせ、もう会うこともない人達なのだ。仲良くなってもな。」と、もう見えないマイクロバスを探すように、森の方を見た。「アーロンに処置させて、ここの事は記憶が曖昧になって来るようになっている。帰って一週間もしたら、夢でも見た程度にしか思い出しはしないだろう。章夫にも、ジョアンから連絡するように言った。章夫は、私の顔すら思い出せないようになるだろう。どうせ、私達は相いれないのだ。下界で友など作ることはできないよ。君にもそれは分かるだろう。」

そう、こちらからは、検体として見ているのだ。

少しでも、楽しめる検体であるようにと、こうしてゲームなどをしてみたが、それが良かったのかどうかは分からない。

だが、新はもう、自分が参加することはないだろうと思っていた。

住む世界が違っても、仲良くなれそうな気がした。

だが、やはりあり得ないのだ。

思考の流れも違い過ぎるし、あちらはただ、こちらの言いなりでしかなく、そんな友など居ないだろう。

そう思うと、あまりにも虚しい気がして、これ以上はと思ってしまうのだ。

博正は、そんな新を見て、ため息をついた。

あのジョン…彰も、恐らくこんな気持ちの時があったのだろうか。

昔、自分達はジョンとは距離を置き、同じ人だとも思ってはいなかった。いつも冷たい思考、冷たい表情で、自分勝手でこちらの話も聞かず、下界下界と一般人を蔑んでいるように見えていた…。

だが、違った。

ただ、知らなかっただけだったのだ。

それに気付かせてくれたのは、要だった。

こうして最初は検体として参加した要が、気まぐれで参加していた彰と出会い、その頑なな心を打ち破って、今も、友として傍に居る。

博正も彰も、新にも、そんな理解し合える友というのを、作って欲しいと思っていたのだ。

だが、新にはまだ、そんな気配はなかった。

博正は、これから先も自分の力が及ぶ限りは、新を孤独から救い出してやれるようにと、助けて行こうと心から思っていたのだった。


東吾は、いつもの生活に戻った。

以前と違うのは、時々あの時ゲームを一緒に楽しんだ仲間が、連絡をくれて食事をしたり、人狼ゲームをしたりと頻繁に交流するようになったことだ。

仕事と家の行き来だった生活に張りが出て、お蔭で東吾の毎日は充実していた。

ただ、確かに楽しかったという記憶はあるものの、あの時の屋敷の様や、一緒に楽しんだ…名前ももう出て来ない二人のことが、段々に霞んで、ハッキリと思い出せなくなっていた。

まだ、あの時から一週間ほどしか経っていないのに、遊んだゲームの内容や、クトゥルフの内容が、本当に全く出て来なくなってしまったのだ。

必死に思い出そうとするものの、他の仲間達に問い合わせても、皆同じようにハッキリとは思い出せないと言っていた。

そうしているうちに、あれは夢だったのではないか、結局全てが妄想で、本当はSNSの中で繋がっただけの友達なのではないかとまで、思い始めているほどだった。

それでも、今居る仲間は変わらない。

だからこそ、そんな事にはこだわらず、毎日を楽しむことに一生懸命になって、いつしかそんな事は考えなくなってしまったのだった。


章夫は、皆と一緒に帰って来た後、驚くほどあっさりと一人で帰ると離れて行った梓乃にホッとして、自分は少し、不動産屋に寄って帰った。

三月から、移り住むことになる場所を探すためだった。

学生なので、親にも相談して決めなければならないが、これからの事がとても楽しみで、そんな煩わしい事も苦にならない。

何より、早速仕事が見つかりそうなのが、何より心を軽くしていた。

識は、ジョアンと何やら話ながら書類を見ていた時に、話し掛けた章夫に、君には話そう、とジョアンと離れて部屋を移り、時間を取ってくれた。

そして、自分は識という名ではなく、新という名なのだと教えてくれた。

君達は、ここから帰ればもう、ここに居たことなど忘れてしまうだろう。

私の顔も名前も、何も思い出せなくなって、ここで起こった事は全て夢幻だと感じるようになる。

だからこそ、今自分の名を言ったし、だからこそ、もう会う事は無いのだと。

章夫は、それでは寂しいと一生懸命訴えたが、ジョアンがやって来て、時間だと告げて、そのままマイクロバスに押し込まれ、帰って来てしまった。

新は、屋敷の出入り口に博と共に立ってこちらを見送っていたが、離れるにつれて、確かにその顔も、もうあの時のマシューのように、ぼんやりと輪郭すら思い出せないような感じになって来た。

他の皆ははしゃいでまだ興奮状態で楽しかった思い出を話すことに終始していたが、章夫だけはなので、何としても忘れてたまるものかと、携帯に「新」と書いて、バスに揺られる二時間の間、もう遠くなりかかっていた思い出せる限りの事を、必死に携帯にメモした。

章夫の必死さに皆が怪訝な顔をしていたが、章夫は起こった事を忘れてたまるかと、最後に、決して夢ではない、と書いて、未来の自分に思い出せと訴えた。


そして、もう顔も思い出せないジョアンという名の人からの紹介で、大学の近くにある、工場にアルバイトとして雇われて、その工場の寮の部屋が空いているからと、そこに入居させてもらえて順調に章夫は毎日を過ごしていた。

すっかり仕事も通学も板について来て、キャンパスライフを満喫していたが、章夫はもう、あの時の仲間と会う事はあっても、あの時のことはすっかり忘れてしまっていた。

皆でオンラインで人狼ゲームをやったのか、何だったのかも思い出せないが、とても仲の良い友達付き合いをして、毎日が充実していた。

あれだけ反対していた母親も、どうしたことか最近ではすっかり静かになって、生活に困っていないかと電話して来るようになった。

どうやら、母親が反対していたのは梓乃と離れてまた、別に嫁でも探して来たらと思ったからだったようだったが、当の梓乃が今、地元の大学で恋人を見つけて楽しくやっているのを見たらしく、もう無理なのだと諦めたからのようだ。

そんな勝手な母親に、いくら折れて来ても章夫はもう、電話に出る気にもならなかった。

父親とは、母親の反対を押し切って授業料を出してくれたので、今でも連絡は取るのだが、そんなわけでもう、母親とはほとんど絶縁状態だった。

父からは、そろそろ許してやればと言われているが、章夫は当分は連絡を取るつもりはなかった。

そんな毎日を過ごして、とても充実した日々を送っていた章夫だったが、そろそろスマホを新しくしようと思ってデータを整理していると、何やら長文のメモを見つけた。

…なんだろう。

章夫は、怪訝に思いながらそれを開くと、中には今仲良くしている仲間達との、数日間を綴った文章がびっしりと書かれてあった。

え…。

章夫は、ハッとした。

章夫の脳裏に、その文章を読み進めて行くうちに、その時の光景がまるで昨日の事のようにハッキリと浮かび上がって来た。

そうだ…どうして忘れていたんだろう。

もう、幻だと思っていた。

毎夜集まって皆と襲撃先を決めたこと、勝って百万円を手にしたこと、TRPGでの暗い部屋の事や、どうして忘れていたのか分からない、識というとんでもなく頭の良い男のことも。

そして、最後に偽名だったと明かしてくれたこと…ここにある、「新」という名前が、その男の本名なのだということも。

「…そうだ、識さん…いや、新さん!」章夫は、誰も居ない工場の寮の部屋で、立ち上がって叫んだ。「そうだった!思い出した!」

章夫は、必死に探した。

そういえば、絶対に失くすな、と自分の字で書かれた紙の切れ端があり、それに誰かのメールアドレスが書かれてあったのだ。

覚えていて必ずここへ連絡を、新のもの、と乱れた字で書かれてあった。

記憶が曖昧になって来るのに抗いながら、きっと書いたのだろうと思われた。

だが、思い出した自分には分かるのだが、これはジョアンと話していた時に持っていた紙のメルアドだ。

何かのメールをプリントアウトした物だったのだが、そこにあったアドレスで、咄嗟に覚えて来たのだけを覚えているのだ。

これが、新のメルアドだとは限らない。

もしかしたら、ジョアンのメルアドかもしれない。

それでも、ジョアンに連絡が着いたら、新に連絡がつくかもしれない。

何より新は、自分にだけは、真実を教えてくれた。

どこかで、また話したいと思ってくれたんじゃないだろうか。

「…僕を認めてくれたんじゃないか。だったら、二度と会えないとか言わないでよ…!」

章夫は、必死の想いでそのアドレスに、メールを書いて、送った。


新は、今日も芳しくないデータに、眉を寄せて画面と向き合っていた。

今のレベルまでは、難なく来た。

それなのに、ここからが全く進まない。

細胞が、何かに抗っているように見えなくもない。

そもそもが不老不死など夢のまた夢であり、これまで存在した同じ研究をしている者達が、求めて成し得なかった場所でもあった。

新自身は、不老不死など望んでいない。

だが、両親の、特に母の事だけは、もう少しの間、世にあって欲しかった。

自分は、全く結婚など考えてもいなかった父が、40の時に出逢った当時45の母との間に、かなりの無理を言って成した子なのだと博正から聞いている。

自分は何も覚えていないが、この研究所の産婦人科で生まれたのだそうだ。

父の遺伝子が先へ繋がったと、当時の研究所員達もそれは喜んでくれたという。

その頃居た者達も、老年に差し掛かり、父が引退したのを機に、それぞれの国へと帰って余生を送っているらしい。

亡くなってしまった者も居て、父と母が葬儀に向かうのを、何度か見かけた。

それを見るにつけ、自分の父母の歳に想いを馳せた時に、どうあっても失いたくないと強く思うのだ。

命に期限があるのは知っている。

それが必要だろうことも、新は理解していた。

ただ、もう少し。

自分がきちんと人生の道を、両親という心の支えが無くても生きて行けるようになってから、旅立って欲しかった。

自分には、まだその強さが無い。

どうしても、両親には生きて欲しいのだ。

そんなことを考えながら、モニターを睨んでいる新の目に、新着のメールの表示がパッとついた。

またどこかから意見を求めるメールかと眉を寄せて見ると、全く知らないアドレスからの着信だった。

…ダイレクトメールは来ないようにしているはず。

新は、そもそもが変なメールは開けないようにしている。

セキュリティーはこれ以上に無いほどしっかりしているので、ウィルスに感染することはないのだが、それでも何の紹介でもないメールには答えないし、ブロックまでして拒否していた。

なので、これもまたその一つだろうとチェックを入れて消そうとしたのだが、ふと、新の中の何かが、気まぐれにそのメールを開いた。

するとそれは、全てを忘れて大学生活を満喫しているはずの、章夫からのものだった。

『新さん もしかしたらジョアンさんのアドレスかもしれませんが、どうしても連絡を取りたくてこのメールを書いています。あの時新さんが持っていた、紙に書かれてあったメルアドに向けて送っています。』

そんな書き出しで、章夫は今の暮らしの事や、それを助けてくれた新にとても感謝している、という内容だった。

そして、自分は忘れなかった、だから会って話したい、無理ならメールでもSNSでもいいので話したい、と何度も何度も、切々と訴えていた。

…あの薬に、勝ったのか。

新は、驚いた。

何もかも、自然に忘れて楽しくやっているとばかり思っていた章夫が、こうして自分の本名すら覚えていて、メールを送って来ている。

そもそもがこのアドレスまでも、覚えていたのだ。

確かに、あの薬は自然に無理なく忘れさせるため、本人が強く望めば記憶は残る可能性があった。

だが、そんなに強い思いなど、あの時の者達には無いと思っていたのだ。

現に他の者達は、エステと称して処置をしていたので、あの後追跡調査もしているが、すっかりこちらでの出来事など忘れてしまっている。

一度きりの処置だったので、全ての者達がすっかり元通りになっていて、あれだけぴちぴちな肌になっていた久隆も、元の年齢に近い肌の様子になって、薬は抜けていた。

新は、フッと笑うと、そのメールに、返事を書いた。

『章夫

負けたよ。君は思った以上に執念深いようだ。

ちなみにこれは私の仕事用のアドレスなので、知らないアドレスからのものは本来中を見ずに消されるところだったのだぞ?

たまたま気が向いて開いただけなのだ。

そんなところまで、君はラッキーなやつだ。

では、君にまんまと捕まったので、私の個人的な連絡先を教えよう。

だが、これは漏れたらすぐに変える代物なので、君も心して扱って欲しい。

君が原因で漏れたと分かったら、すぐに変える事になるし、そこからは永遠にさよならだ。

会うのは難しいかもしれないが、また話そう。新』

新は、最後に自分のスマートフォンのアドレスを書いて、送信した。

すると、いくらも経たない間に章夫から返信が来る。

新は、それを見て微笑むと、パソコンの電源を切って、スマートフォンを持って執務室の隣りの居室へと戻った。

どうした事か、胸が沸くような気がして、自分にも友達というのができたのかもしれない、と、研究が進まない事は一時忘れて、章夫とあの、ゲームの時の思い出話に興じたのだった。

本当は死なない人狼シリーズの次世代シリーズが始まりました。次からは、しばらく新や博正は参加しない人狼ゲームなどを書いて行こうかと思っています。ダイス転がして展開を決めていると、思いもせず簡単に人狼勝ちしてしまったので、クトゥルフも急遽追加で書きました。少しでも楽しんで頂けたならいいなと思っています。1/15

明日から、暗い波間に漂う何か https://ncode.syosetu.com/n4259hl/が始まります。

船での人狼ゲームです。またよろしくお願い致します。1/29

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