終わりに向けて
そんなこんなで一月二日の夜は、皆で酒を酌み交わしながら遅くまで楽しんでいた。
途中、識の母が皆さんに挨拶をと降りて来て、丁寧に一緒に遊んでくれてありがとう、と礼を言ってくれていた。
こちらとしては、SNSで企業か何かのキャンペーンで来たような感じで居たので、その様子には面食らった。
まるで、息子の友達が家に遊びに来ているような感じだったのだ。
全員がこちらこそお世話になっておりますと頭を下げて、お互いに挨拶を終えた時にハッと見ると、その識の母の後ろの扉の影には、やはり識の父がじっと終わるのを待ってこちらを見ていた。
識の母は確かに優し気で、50代ぐらいの物凄く肌と髪の綺麗な人だったが、顔立ち自体は普通の人だった。
見た感じだけならどちらかと言えば識の父の方がモテそうな感じだったが、あの様子を見ていると、どうも癖のある人のようなので、この優し気な人でなければ無理なのだろうな、と皆は勝手に思っていた。
「お母さん、別に家に招いてというわけではありませんので。」
識がたまらず言うと、母は言った。
「あら、そうなの?お父さんは遊びだと仰っていたけど。」
識は、言った。
「はい、確かに遊びではありますが、まあ、社会人サークルと申しますか。会費が発生しておりまして、家でパーティを開いているわけではないのです。」
識の母は、首を傾げた。
「よく分からないけれど、こちらは山奥だから、今度からは近くの屋敷にしてもらえたらと思うわ。ここまで来るのにお父さんがヘリでなければと仰って、私も乗って来なければならなかったの。できたら車で移動したいから、近くにしてね。」
識は、頷いた。
「はい。来られると知っていたら考えたのですが。帰りは私と車で帰りますか。」
識の母は、苦笑した。
「そうしたいけれど、お父さんがウンとは仰らないと思うわ。」
息子ですら嫉妬する父だもんなあ。
皆は、そう聞いていたので、その会話に思った。
それにしても、この親子は敬語だなあ。
どこかの家柄の良いお坊っちゃんなのかもしれない。
そんなことを思いながら見ていたのだが、識の父の方がどうも待てないようで、イライラしているのが伝わって来て、識の母は空気を読んで、もう慣れたようにその夫をなだめながら、5階へ帰って行った。
父母が帰って行くと、識はホッとしたように言った。
「すまないな。母は友達を別荘に呼んでいる、ぐらいに思っていたようで、挨拶ぐらいはと思ったようだ。場に水を差した。」
日向が首を振った。
「いえ、綺麗なお母様ですね。うちの母と同じぐらいの歳かしら。」
識は、眉を上げた。
「…君の母親はいくつなのだ?」
日向は、答えた。
「50だったと思いますけど。」
識は、ふーんと顎に手を置いた。
「そうか、世間的にはまだその程度…。」
考え込んだ識に日向が躊躇っていると、ジョアンが言った。
「ですが検体になった歳を考えたら若いのでは。見た目だけのことではなく、血液検査の結果でも、かなり進んでいると思いますが。」
識は、頷く。
皆が顔を見合わせていると、博が言った。
「さあ、もう寝るか。明日は何時頃ここを出る?何しろ駅まで二時間だ、早めに出た方がいいんじゃないか。明後日から仕事の人達も居るだろう。」
言われて、東吾が眉を寄せた…すっかり忘れていたが、確かに明後日からまた仕事だ。
「言われてみたらそうだった。じゃあ、もう寝るか。」
佐織が言う。
「次はいつですか?お値段は高くなるけど、こんなゲームならまたやりたいかも…忘れた頃に。」
忘れた頃に、というのに、まだクトゥルフの余韻が残っているのが分かる。
識は答えた。
「まだ決まっていない。やるかどうかも分からないし…その時は、抽選だろうから当たるのを願ってくれたらと思う。」
抽選かあ。
皆は、ガックリした。
確かに今回は特別だった。
「じゃあ部屋へ帰ろう。朝飯は8時な。解散!」
博が宣言し、そうして皆は、自分の部屋へと帰って行ったのだった。
識の父が、5階へと帰り着いて言った。
「新もいい大人なのだから、君がいちいち挨拶などいいのだ、紫貴。私達の歳を知られたら見世物になるかもしれないのだぞ?」
識の母は、答えた。
「まあ彰さん、わざわざ母親の歳など言いませんわ。まして、74にもなるなんて、他の子達の親御さんより遥かに年上でしょうに。恥ずかしいのではありませんか?」
識の父、彰は答えた。
「まあ…確かに歳など言わないかもしれないが、恥ずかしいというのは間違いだ。別に遅くにもうけた子も多いのだからな。」
紫貴は、息をついた。
「それに、お友達って初めて連れて来ると思って。あの子は颯以外に友達など連れて来たことがありませんでしょう。だから、大切にしなければと思いましたの。彰さんだって、あの子達と遊んでらしたくせに。もう邪神の役などしないと言ってらしたのに。」
彰は、それには苦笑した。確かにいい歳をして、久しぶりに楽しかったかもしれない。
「何事にも懸命に向き合うのを見るのはいいものだ。遊びであってもな。そんな姿を見ていると、微笑ましく感じたのは事実だ。あれらが楽しむのなら、私も邪神にぐらいなってやってもいいかと思っただけだ。」
紫貴は、フフと笑った。
「新は彰さんが来ているのを知らなかったのでしょう。研究所員達も、まさかあなたがそんなことをしてくれるなんて思いもしなかったのでしょうし…ジョアンさんも、楽しそうにあなたと難しいお話をしていらして。来て良かったですわね。」
彰は、笑って紫貴の肩を抱いた。
「そうだな。確かに私もそのように。ところで…」と、紫貴の目をじっと見つめた。「君はやはりヘリで帰るのは嫌か?車だともっとかかるのだぞ。少しの我慢で家に帰れるのに。」
紫貴は、顔をしかめた。
「ですから私は、あまり空を飛ぶものには乗りたくないのですわ。どうしてもと仰るのなら、帰りもヘリでよろしいですけど…あの、でも、新が一緒に車で連れて帰ってくれるような事を言っていたので、私だけでもあちらと一緒に帰ってよろしいですか?先に帰ってくださって結構ですから。」
彰は、それを聞いてとんでもないと首を振った。
「ならば私も車で帰る!どうして別々に帰らねばならないのだ。そんな理不尽な!」
どっちが理不尽な事を言ってるかと言われたら、外から見たら彰なのだが、彰からしたら紫貴が言うのはとても理不尽に思えるらしい。
何しろ引退してからというもの、彰は絶対に紫貴から離れないので、今回もこんな山奥なのでジョンだけと研究員たちは言ったのだが、彰がそれなら行かないと駄々をこねたので、紫貴も一緒に来ることになったのだ。
紫貴も、たまには一人でぶらぶらしたい時もあったのだが、そんなわけでそんな事は決してできない状況だった。
紫貴は、苦笑した。
「申し訳ありませんわ。そんなつもりではなかったんですの。だって、ヘリが良いって彰さんが仰るから。たまにはドライブも良いものですわ。」
彰は、真面目な顔で言った。
「君はドライブがしたいのか?ならば車を買おう。一応免許は持っているのだ、しばらく運転していないが、まあ何とかなるだろう。」
紫貴は、慌てて言った。
「そんな意味ではありませんの。車はあるではないですか。いつも細川さんが送り迎えしてくれる大きな物が。あれで充分ですから。」
彰は、首を振った。
「あんな大きな物であちこち行けないではないか。そうだ、私の運転で旅行にでも行こうか。スポーツカーでも買って、運転手無しで二人で気軽に。そうだ、そうしよう。カーディーラーに連絡を入れて…君が選んでいいから。」
紫貴は、困った顔をした。毎日退屈だから、変わった事を思い付くと目の色が変わるのだ。
「分かりました。でも、ほんとにそんないい車は要らないですからね?新だって車には興味がないし、誰も乗らないんですから。」
「君は心配しなくていい。」彰は、ウキウキと言った。「さあ、もう風呂にでも入って寝よう。明日からまた楽しみだ。」
暇つぶしになるならいいか。
紫貴は、もう諦めてそんな彰を見ていた。
幾つになっても、子供のようなところがある彰には、結婚以来29年、未だに振り回されっぱなしだった。