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獣の棲む森にて  作者:
TRPG
62/66

脱出ターン

章夫、乙矢、佐織、澄香は、何度もチェックして魔法陣に間違いがないかどうか確かめた。

確かに本の通りに描かれているのを確認してから、章夫以外の3人は、ひたすらに呪文の練習をする。

章夫も、何度も何度も呪文を唱えて、退散呪文だけは念入りに、本を見なくても唱えられるようになった。

そんなことをしている間に、時間はどんどんと過ぎて行って、そろそろ一時間になろうとしていた。

章夫は、覚悟を決めて立ち上がった。

「…じゃあ、行って来るよ。」と、魔法陣の上に乗っている、乙矢、佐織、澄香、そしてジョアンと識を見た。「門は頼んだ。門が開くまではあっちの事は考えずにしっかり呪文を唱え続けてくれ。」

乙矢が、心配そうに見ている澄香を横に、頷いた。

「きっと開いて迎えに行くから。頑張ってくれ。」

佐織は、足を澄香の持ち物の一つだった、ロープで縛られた状態で、床に座って言った。

「無理はしないでね。ほんとに発狂は怖いの。絶対ニョグタを見ちゃ駄目よ。抗えない恐怖が襲って来るから、落ち着いて。」

章夫は、何度も頷く。

「大丈夫。識さんに恩返ししなきゃ。ここまで道筋を作ってくれたのは、識さんだからね。じゃあ。」

章夫は、思い切って懐中電灯を握り締め、輪頭十字を胸に吊り下げ、ティクオン霊液をポケットに、石板も間違いなく手に持って、廊下を奥まで進んで行った。


遠く、3人の詠唱している声が聴こえる。

思えば、この廊下をこうして奥まで歩いたのは、皆と一緒にここへ来た始めだった。

最初に見つけたこの扉を、皆で見上げてそれから起こることなど考えてもいなかったし、まさか最後に自分が、こんな重要な役割を果たすことになるなんて、思ってもいなかった。

章夫は、自然と震えて来る手を何とか抑えて、あの時識が言っていた、こっちが左、こっち右というのを思い出しながら、それをその扉へと嵌めた。

途端に、パアッと扉全体が光り輝いて、懐中電灯は要らなくなった。

辺りが明るく照らされて、何かを待つように扉が脈打つように動いているように見える。

一瞬怯んだ章夫だったが、持って来たメモをポケットから出して、それを読み上げた。

すると、扉はなお一層明るく光り輝いたかと思うと、バンッと音を立てて開いた。一瞬にしてパッと扉は暗くなって、真っ暗な闇のその中から、何かがズルリと出て来るのが一瞬、見えた。

章夫は、慌てて見てはいけない、と後ろへ飛び退ると、下を向いた。

闇をつんざくような低い唸り声のような、歌うような生理的に受け付けない音がして、章夫の心臓はバクバクと拍動した。

…早く退散呪文を…!!

まず、ティクオン霊液の瓶の蓋を開くと、章夫はそちらへ向かってぶん投げた。

「ギュウオオオオ!!」

何やら、声がするがそんなことを考えている暇もない。

急いで輪頭十字を首から外すと、それを暗い気配の方向へとまた投げて、覚えているヴァク・ヴィラの退散呪文を大声で唱えた。

「や な かでぃしゅとぅ にるぐうれ すてるふすな くなぁ にょぐた くやるなく ふれげとる!」

必死に叫ぶが、目の端に虹色のような黒いような何かがスッと掠めた。

それで、思ったよりニョグタが近くまで来ていたのを知った。

「オオオオオオオ!!」

唸り声が遠ざかって行く。

同時に、廊下の向こう、門の呪文を唱えているだろう、仲間の方角から爆発的な光の柱が立ち上がったのが見えた。

「章夫!」乙矢の声が叫んでいるのが聴こえる。「章夫、こっちだ!」

章夫は、自分が何をしているのかもう、分かっていなかった。

足がもつれるが、乙矢の声の方向へと向かわねばならないのだけは、分かる。

何かが、自分を掴んだ。

「早く!門が開いたぞ!」

乙矢…!

章夫は、気が遠くなって行くのを感じながらも、必死に足だけは動かし続けた。

もしかしたら、発狂しているのかもしれない。

だが、意外に本人は自覚がなかった。

「こっちだ、早く!」

乙矢が、光の中へと章夫を引っ張って行く。

やっとのことで光の中へと倒れ込むように乙矢と一緒に飛び込むと、その光の向こうにあの時見た、ニャルラトホテプが浮いて、こちらを見て蔑むような笑みを口元に浮かべているのが見えた。

もしかして、失敗…?

章夫は、その姿が光の中で霞んで行くのを見て、そのまま真っ白な光の中で気を失ったのだった。


ハッと気が付いて顔を上げると、そこは普通のあの洋館の、綺麗な絨毯の上だった。

回りには、識、ジョアン、佐織、澄香、乙矢が倒れていて、皆起き上がろうともがいていた。

「…終わった?」章夫は、思ったよりしわがれた自分の声に驚きながらも、続けた。「元の屋敷だよね?」

識が、頭を振って意識をはっきりさせようとしながら起き上がって来た。

全員が、ぼーっとした顔で辺りを見回していた。

腕時計から、博の声がした。

『お疲れ~。終わったぞ。じゃあ、締めの文言を読むから聞いてくれ。』余韻もへったくれもない。あれだけゲームの間、しっかりキーパーに徹した口調だったのに、台無しだったが本人は気にせず続けた。『あなた達は、確かにあの屋敷なのに、手入れの行き届いた洋館の廊下で目が覚めました。あの荒んだ様子は全くなく、美しい建物で自然の中の穏やかな場所でした。いきなり現れたあなた達に、屋敷の主は驚く様子もなく温かく迎えてくれました。どうやら、この土地では昔から、よくこのような事があるようでした。ここはイギリスのエジンバラの、バーナー邸であるとその屋敷の主から聞きました。階段を降りて行く時、スタイン・バーナーという名の男の肖像画が、数多くの絵画の中にあったのにあなた達は気付きます。外へ出ると、風は穏やかで、さっきまであれほどに恐ろしい場所に居たのがまるで、嘘のようです。あなた達は、ここから最寄りの駅へと送られて行き、無事に日本へと帰国することができるでしょう。全員生存して無事に帰国できました。これで、このシナリオ『扉の中』は終了です。お疲れ様でした。』

終わった…。

安堵感はあるが、不思議と達成感は無かった。

何を成し遂げたというよりも、自分の生存をかけて戦っていたという、当然の事をしていたという感覚が抜けないのだ。

何もかもがあまりにもリアルで、終わったという脱力感しかない。

そのまま、床の上に座り込んでいると、博が階段の方から歩いて来て、言った。

「おーい、いつまでそこに座ってんだ?みんな一階で待ってるぞ。全部見てたんだよ、下にはモニターが五つも設置されてるからな。狂気も無いだろ?治療してるぞ。」

識が、ふうとため息をついて、立ち上がった。

「参加したメンバーだけで話したい。ちょっと待ってくれ。」と、章夫を見た。「どうなったんだ?ニャルラトホテプが出て来て、私は意識を失った。あれから、残ったのは君達四人だけだっただろう。」

乙矢が、言った。

「章夫が、識さんの代わりにやるって言って。」識が驚いたように眉を上げる。乙矢は続けた。「一人で扉へ行ったんだ。それで、SAN値を失いながら召喚と退散をやり遂げてくれた。だからオレ達の門が開いて、脱出できたんだ。フラフラ蛇行して歩いてたから、最後はオレが引っ張ってここまで連れて来た。最後、ニャルラトホテプが浮いて上から見てたのがゾッとしたけどな。」

やっぱりオレはSAN値を失ってたのか。

章夫は思って聞いていた。

識が、章夫を見て薄っすら微笑んだ。

「そうか、君が。やり遂げてくれたのだな。無事に戻って来れて良かった。」

章夫は、それを聞いてなぜか、感動した。

そして、ボロボロと涙を流した。

「えっ?」澄香が、慌ててハンカチを出して、章夫に渡した。「大丈夫よ、もう平気。ほんと、リアルだったもんね。もう当分クトゥルフはいいかって思っちゃった。あまりにもリアル過ぎたらクトゥルフってこんなに心に来るのね。やっぱり卓上でやるのがいいかって今回思ったわ。」

章夫は、そのハンカチで涙を抑えながら、言った。

「なんか、違うんだよ。安心しちゃってね。識さんに、何もかもおんぶしてたし、何か返したいって思ってたんだもの。できたんだなあって、なんか良かったなあって。」

それを聞いた識は、また驚いた顔をした。

「…別に。私は、できる者がやればいいと思っていたから。だが、君がそんな風に思っていたとは知らなかった。君が私に返したいと思ったというのなら、充分に返したと私は思う。よくやってくれた。」

章夫は、何度も頷いた。

やっと、やり遂げたという思いが胸をついて収まらなかった。

博は、そんな章夫の背をトントンと優しく叩いて、皆を見た。

ジョアンも、苦笑してそんな様子を見ている。

思い返してみたら、たった4時間ほどの事だったのだが、それは濃い時間を過ごしたと全員が思っていた。

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