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獣の棲む森にて  作者:
TRPG
60/66

探索ターン・最終2

そもそも、ジョアンはこのシナリオの事を、NPCでありながらほとんど知らされていなかった。

自分の立場や境遇、そしてイアン、サミュエルの顔や持ち物など、覚えておけと言われて、それを覚えて来ただけだ。

一応、古代の信仰を研究していると言われて、渡された資料は読んで頭に入れて来た。

尊敬しているジョンが、このゲームを、やるからには楽しむと言っていたのを聞いて、自分もならばそれの一助になればと思ったのだ。

こんなところで、単純なパズルに阻まれている場合ではなかった。

真剣に数字達を見ると、マシューが言った通りに案外あっさりと、そのパズルは解けた。

結局、全てが成るように壁の枠に数字をはめ込むだけの作業だったのだ。

ほんの10分ほどの時間で作業を終えると、後ろに居たマシューは、手を軽く叩いて言った。

『よくやったな、ジョアン。いや、ライアンか。』と、その完成したパズルを指した。『何やら今、音がしたぞ。』

言われて、ジョアンはその枠へと寄った。

すると、その額縁の枠だと思っていた物が、扉のように少し、こちら側へと浮いて開いていた。

…この裏に何かあるのか。

ジョアンは、その扉を開こうとして、はたと止まった。

…一人で開けて、大丈夫だろうか。

マシューは居る。だが、どうしたことかマシューがどういう顔だったのかが思い出せない。

確か、資料は読んだし顔もしっかり覚えておいたはずで、最初に会った時はこれがマシュー役の人かとすんなりと認識した。

なのに、今後ろに立つマシューの顔が、どうしても思い出せないのだ。

『…どうした?』マシューが、後ろから言った。『開かないのか?何なら私が開けてもいいが。』

ジョアンは、背中にじっとりと冷や汗が流れるのを感じた。

これが、ゲームなのは知っている。だが、想像もしていなかったことが起こると恐怖の感情が這い上がって来る。

何しろこれまで、ジョアンは何でも予想がついたし、考えられたのだ。

尊敬するジョンほどではないにしろ、自分にだって分からない事などあまりなかった。

だが、こんな理不尽で不合理な世界は知らない。

何が起こるか、分からないのだ。

『時間が無いぞ?』マシューが、寄って来て扉の前で固まるジョアンの後ろから、扉を開いた。『さあ、確認してみたらいい。』

開いた扉の中が、マシューが向けた懐中電灯の光に照らされた。

そこは狭いクローゼットほどの広さしかなく、そしてその床に、一人の男が事切れてぐったりと座っていた。

その顔は、ジョアンが散々資料で見た、マシューのそれだった。

『うわあああああ!!』

だったら、今後ろに居るのは誰だ。

振り返った瞬間、その姿を、ジョアンはやっと確かに見た。

そして、腕時計からの痛みを感じながら、自分のSAN値が限界を迎えたのだとジョアンは思った。


識と章夫が、急いで4の部屋へと駆け込んで懐中電灯を向けると、ジョアンが床に倒れていて、マシューがそれを介抱しているところだった。

識が、マシューに駆け寄って言った。

『いったい、何があったんです?ジョアンが叫び声を上げるなんて、余程の事があったのでしょう。』

マシューは、首を振った。

『いや、私にも分からないのだ。この、壁のパズルをやっていて、できたと思うと突然に叫び声を上げて倒れた。私には何も見えなかったし、現にここには何も居ない。それより、誰か治療ができる者は居るのか?』

章夫が、困惑した顔で首を振った。

『いえ、誰も。そのスキルは特別らしくて、ライアン・カーチスだけのものなんです。なので、これで誰も精神異常になるわけにはいかなくなりました。これでジョアンは行動できません。』

マシューは、息をついた。

『ならばとりあえず、時間がある間に居間に運ぼう。ここに置いておくわけにはいかないだろう。手伝ってくれ。』

章夫は、頷いてジョアンの足を持った。

マシューがジョアンの肩を下から持って、運んで行く。

識は手を出さずに、じっとそれを見送ると、背後のパズルを振り返った。


「識さん!中だよ、その中だって!」

敏弘が叫ぶ。

貞行も言った。

「ああ、でも分からないって、またあの男がぴったり閉めてるんだから!」

一階の居間では、皆が全てを見ていてそう画面に向かって叫んでいた。

妃織が、先ほどちらと映った邪神らしいおぞましい姿の一部を見ただけで、具合が悪くなってソファに横になっていた。

ジョアンは、その姿をまともに見たのだろう。

一気にSAN値を失っても、おかしくはなかった。

歩は、ギリギリと歯を食い縛って言った。

「もう20分だよ…!識さんもみんなもあの男の正体を知らないままで脱出ターンになったら、まずい事になるんじゃない?」

画面の中の識は、パズルの板をじっと見つめて、一度一枚外して嵌め直したりと、ジョアンに何が起こったのか、調べているようだった。

「危なっかしいなあ…。識さんが倒れたら、誰が呪文を唱えるんだ?また本の中から探すのに、間に合うのか?」

晴太が言うのに、哲弥が答えた。

「多分。ギリギリかもしれないけど、まだこの後最後の情報整理ターンというのがあるって聞いてるからね。そこで準備できたら、多分大丈夫だと思うんだけど。」

そこで、また画面の中が震動し始めた。

識が、一瞬驚いたような顔をしたが、それによってガタンと扉が動いて、識はそれが扉だと気付いたようだった。

「…気付いた!そうだよ、それは扉なんだ!」

画面の中の識が、扉の中をサッと見てから、踵を返して出口へと走った。

唸り声が響いて識の後を追っているようだった。


章夫は、マシューと共にジョアンを運んで居間の前へと戻って来た。

澄香と乙矢が、手に大きな手提げがついている、缶を持って待っていた。

佐織は、相変わらずそこに座り込んでいるだけだった。

「どうしたの?」澄香が、不安げに言った。「ジョアンさん?!大変、何かあったの?!」

章夫は、首を振った。

「何があったのか分からないんだ。パズルを解いてたんだけど、解けたらいきなり叫び声を上げて倒れたらしいから。」

後ろから、遅れて識が戻って来る。

乙矢が、識を見て、缶を持ち上げた。

「識さん!ほら、見つけたよ、白いペンキ!ちょっと固まりそうな感じだけど、まだ描けるはずだよ。」

識は、険しい顔のまま頷く。

「ならば、それでここに今すぐ魔法陣を。」乙矢が驚いていると、識は側に散乱した本の中から、門の構築について書いてある本を手にした。「これ。これと全く同じ、寸分違わない物を描くんだ。澄香さん、手伝ってやってくれ。間違えるな。訂正はできない。少しでも間違えたら、別の場所に書き直せ。佐織さんも、魔法陣を描くぐらいできるだろう。やってくれ。」

てきぱきと指示はしているが、識の顔は無表情で、少し焦っているような雰囲気があった。

乙矢は戸惑いながらも識が言うのだからと早速それに取り掛かり、それを見た章夫が言った。

「識さん、場所は?エジンバラでいいよね。僕が助けようか?魔法陣に組み込むんだったっけ。」

識は、首を振った。

「違う、呪文に入れるんだ。呪文は、これ。」と、識は、また本を拾ってページを繰った。「ここだ。これに、地名を入れて唱える。皆で同じ文言を一緒に唱えるんだ。私があちらでニョグタの召喚と退散をやる。門が発動したら、すぐに逃げろ。私も後から行く。」

章夫が、驚いた顔をした。

「え、一人で?!待って、魔法陣が描けたら一緒に行くよ。何かあった時誰か居ないとまずいじゃないか。召喚と退散なんて大層なこと、たった一人じゃ無理だよ!」

識は、グッと眉を寄せて、後ろで黙って立つマシューを振り返った。

『…危険なのは、私一人で充分だからだ。退散したらすぐに門が開くはずだから、君達は逃げろ。私は後から行く。』と、マシューを指差した。『マシューを、いやマシューの形の物を、一緒に連れて行くわけにはいかないからな。』

え、と皆がマシューを見る。

マシューは、そこでただ立ってそれを興味深げに聞いていた。

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