探索ターン・最終
「…怖っ!」浩介が、言った。「無理だあんなの。オレ、行かないで良かった。」
参加していない残りの皆は、居間で全てを5つのモニターで見ていた。
それぞれのモニターは、それぞれの組が移動するとそれを追って切り替わり、同時に皆の動きを見ることができる。
見ている方はあっちこっち忙しいが、ハラハラし過ぎて気が狂いそうだった。
何しろ、ここにも例の物の認識云々の薬品は噴霧されているようで、モニターの中の映像が、恐らく投影されている画像だけの場所もあるのだろうが、全てリアルに存在しているものとして見えていて、恐ろしくて仕方がなかった。
もちろん、識と佐織以外は見えなかったはずの閉じた扉の内の光景も、こちらに居た者達には全部見えていた。
真っ暗なはずの部屋の中がなぜか薄っすらと明るくなっていて、辺りが生き物のようにぐにゃりと動いて空間がねじ曲がっているように見えた。
そんな中で、発狂して叫ぶ佐織をものともせず、識は迷いなく床の血の海の中へと手を突っ込んで、その血で何も無くなってしまった場所に、エルダーサインを描いた。
あんなことを冷静に思い付いて出来るという事実に、ただただ驚愕だった。
本来なら、あっさり諦めてロストしてしまったことだろう。
現場にいたら、それこそとっくに発狂していた。
「…私、行かなくて良かった。」日向が言う。「佐織は勇敢だったよ。あんな所に自分から行こうって言って。画面で見てても怖いのに、マジで目の前にあったら私だったら動けなくてみんなに迷惑掛けてたわ。でも、識さんはすごいわ。あの人が居なかったら、もう既に何人ロストしてたか分からない。」
「計算とか無理だよな。」久隆が言う。「半端ないよ。でもなんかなあ、オレだけかな?マシューさんの顔がハッキリ見えないんだ。暗いのもあるけど、何て言うか、おぼろげで。今も思い出せない感じ。」
言われて、皆が顔を見合わせた。
言われてみたらそうだ。
「…ほんと。」日向が言った。「確かにそうだわ、なんだかハッキリしない。なんでかしら、同じ顔だった?いつも違う顔だったような変な感じなのよ。」
全員が、それに思い当たって顔を見合わせているうちに、ゾッとした。
ただ暗いからだけなのだと思っていたが、もしかしたらマシューはただのNPCではないのではないか…?
皆は、モニターに視線を移した。
マシューとジョアンは、識に言われた通りに、残った4の部屋へと向かい、扉を開いている。
そこに居る全員は、もう何も話す気にもなれなくて、ただ固唾を飲んでモニターを見つめた。
乙矢は、澄香と共に7の部屋へと入って行って、佐織が決死の想いで見つけて来た小さな鍵を、その机の引き出しに挿して、回した。
すると、鍵はすんなりと開いて、中が見えた。
中には、石板が一枚と、さっき識が言っていた、大きめの輪頭十字のペンダントが一個、入っていた。
「…やっぱり!」澄香は、それを手に取って叫んだ。「識さんが言ってた輪頭十字よ!間違ってないんだわ、ニョグタなんだわ!呼び出して、退散させないと!」
乙矢は頷いて、石板の方を手に取った。
「これを識さんに渡さないと。今、どの石板が正解なのか、確かめに行ってるだろう。オレ、行って来るよ。君はペンキを探しててくれないか。」
澄香は、身を震わせた。
「え、私一人で?」
乙矢は、頷いた。
「嫌だったらこれを君が届けてくれてもいい。もうこのターンしかないし、時間が無いんだ。絶対ペンキかそれに代わる物が必要だし、手分けしなきゃ。どうする?」
澄香は顔をしかめたが、確かに生き残るためにはそれしかない。
本当に死ぬわけではないのは分かっているのだが、あまりにも何もかもがリアル過ぎて、そう信じるのが難しい状態だった。
「…識さんに石板を届けて来るわ。」澄香は、乙矢から石板を受け取った。「行って来る。ペンキはお願いね。」
乙矢は頷いて、小走りに出口へ向かった。
「急ごう。じゃあな。」
澄香は、置き去りにされて顔をしかめたが、確かに時間がない。
なので、自分も小走りに、識が居る3の部屋へと向かった。
3の部屋では、相変わらずあちこちに腕やら足やらが転がって足の踏み場もないような状態の中で、識が落ち着いて、手に入れた二つの石板と、ライアン・カーチスが持っていた一つを並べて見ていた。
よく見ると、二つの石板は対になっているようで、僅かに模様が違った。
本当に細かい細工なので、全く同じ物をまるで間違い探しのように、識は凝視していた。
そこへ、澄香が口を袖で押えて入って来た。
「…あの、7の部屋の引き出しから石板がもう一枚出て来たの。」識の後ろで、じっと見守っていた章夫が振り返った。澄香は石板を差し出した。「これよ。それから、この輪頭十字が入ってた。」
識が、振り返った。
「では、間違っていないようだな。これで退散の術を施す準備は整った。後は石板だが…」と、章夫の手にある、石板を見た。「…それを見せてくれ。」
章夫は、頷いて識にそれを渡した。識は、また目の前の血まみれの扉に収まる二枚の石板を見つめて、頷いた。
「…これは、左の石板。正解の物だ。」と、もう一枚を見せた。「こっちが右の石板。もともとライアン・カーチスが持っていて、イアン、サミュエル、私達をこの空間へといざなった石板だ。他の二枚は、ダミー、偽物だ。」と、その場に落とした。その二枚は、べちゃと嫌な音を立てて、床の血だまりの中へと落ちた。「まだ時間がある。ここを出て他を調べておこう。澄香さん、君はペンキを探して来てくれなければ。私と章夫は、隣りの…、」
そこまで識が言った時、ジョアンの声が叫んだ。
「うああああ!!」
「!!」
三人が驚いて扉の方を振り返る。
識は、急いで扉へと向かった。
「行くぞ!澄香さんは、とにかくペンキを探して来てくれ!」
そうして、駆け出して行った。
澄香は、たった一人取り残される!と急いでその3の部屋を出ると、扉を閉じて、ジョアンの事が気になったが、識に何を言われるか分からないので、仕方なく乙矢の居る2の部屋へと向かったのだった。
一方、マシューとジョアンは、言われた通りに4の部屋へと入っていた。
そこは、何やら中央に大きな石の板が並んでいて、それはタイルのようだったが、一枚一枚数字が大きく書かれていて、不思議な様子だった。
正面の壁には、大きな空の額縁のような、扉のような物があって、床に並んだ数字の板は、この額縁から外れて落ちたと考えるとスッキリする感じだった。
この部屋には、他に何もない。
ジョアンは、首を傾げた。
『これはなんだろう。』と、壁を見た。『ここから外れたような感じだ。』
マシューは、フッと笑った。
『簡単なパズルだな。君がやるか?』
ジョアンは、顔をしかめた。
『え、パズル?問題はどこに?』
マシューは、ため息をついて数字の板を一枚、持ち上げた。
『ここにある数字、意味があるとは思わないか。数がランダムに見えるだろう。1は3枚なのに、2は5枚もある。その他も同じくそれぞれ数が違う。ということは、ここにある数字を組み合わせて意味のある並びにするということなのだろう。』
ジョアンは、顔をしかめた。そういうパズルなのか。
『では、私がやろう。』
マシューは頷いて、一歩下がって後ろからそれを眺めるようにして立った。
口元には、何やら薄っすらと嘲るような笑みが浮かんでいるような気がする。
ジョアンは、自分もこの研究所に採用された選ばれた頭脳の持ち主なのだと、誇りを持ってその、単純なパズルに取り掛かった。




