探索ターン・四回目7、9の部屋
乙矢と佐織は、慎重に鍵を回して、食堂の真横の部屋、7の部屋へと足を踏み入れた。
そこは、確かに廃れてはいたが、他の部屋に比べたらこざっぱりとしていて、むしろゴテゴテした装飾がない分、そこまでおどろおどろしくはなかった。
部屋の扉は、怖いので相変わらず開けっぱなしにする。
懐中電灯で中を照らしながら目ぼしいものはないかと進んで行くと、文机と椅子だけが、ポツンとあった。
洋館に相応しいような物ではなく、本当に有り合わせの木で作ったような物で、そこだけ別の家に来たような風情だった。
「これしかないな。」乙矢が言う。「ここを探すか。」
「鍵がかかっていたくらいだから、きっと何かあるわよ。」佐織は言った。「引き出しの中を見てみようか。」
相変わらず二人の会話を、つけっぱなしの電子辞書が律儀に英語に翻訳している。
切ってもいいのだが、何かあった時にまた付けて設定し直している時間がないかもしれないので、そのままにしていた。
しかし、引き出しは引こうとしてもビクともしなかった。
見ると、こんなに簡素な机なのに、その引き出しにはわざわざ鍵がかかっていた。
「マジか。鍵を探せって?」
佐織は、それを聞いて回りを見回す。
「探すって言っても、何もないわよ?もしかしたら、別の部屋のどこかにあるのかもしれないわ。」
乙矢は、顔をしかめた。
「困ったな。ということは、ここは多分このターンじゃ開けられないぞ。次が最後なのに、重要なアイテムだったらまずいんじゃないか。識さんが切れるかもしれない。」
佐織は、言いたくなさそうにしながら、もじもじと言った。
「ええっと…じゃあ、だけど、もしかしたら、サミュエルさんが持ってるかも?この部屋の鍵、サミュエルさんが持ってたんでしょう?」
乙矢も思ったことだったが、口に出したくなかった。
何しろ、サミュエルは8の部屋で、死体になっているのだ。
「…クトゥルフだったら、鍵開けのスキルとかある人居るよな。」乙矢は、どうしても探しに行きたくなくて、言った。「NPCの人なら、もしかしてできるかも?」
佐織は、渋い顔をして頷いた。
「まあそうだけど…大丈夫?ジョアンさんもマシューさんも、別の所を探してるわ。邪魔をすることになるし…そもそも、持ってるのかしらそのスキル。」
マシューなど、聞きに行っただけで切れられそうだ。
乙矢は、ポンと手を叩いた。
「そうだ、聞いても切れない人が居る。」と、腕時計を見た。「キーパー、聞きたいことがあるんだけど。」
すると、ピタリと時計が止まって、博が答えた。
『時計が止まりました。皆さん手を止めてください。』恐らく、その声は皆に聴こえているだろう。まずかったかと思ったが、博の声は続けた。『はい。何でしょうか。』
乙矢は、皆がイライラしてそうだと思いながらも、言った。
「NPCには鍵開けのスキルがありますか?」
博は答えた。
『鍵開けのスキルはありません。個々の能力でできるなら、できると見なされるという形になります。』
佐織と乙矢は、顔を見合わせた。
「…分かりました。」
『では時計を進めます。』
また、時間が減って行く。
乙矢は、言った。
「やっぱりないんだよ。そもそもがあったら1と7の部屋は攻略済みだっただろうしなあ。甘かった。」
「でも、聞きに行く手間は省けたわ。」佐織は、言った。「足手まといだと思われないためにも、頑張って9の部屋に行きましょう。臭いだけでめげそうだったけど、もう何があるのか知ってるんだし。SAN値もきっと、そこまで減少しないわよ。踏ん張って行きましょう。」
やる気の佐織に、乙矢は仕方なく頷いた。
「だな。仕方ない、行こう。」
そうして二人は、一度は避けた9の部屋へと向かった。
一度は嗅いだ臭いであったが、やはり強烈だ。
分かっていたのでそこまで驚きはしなかったが、聞くのと見るのとでは雲泥の差だった。
乙矢が口を押さえて前を行くのに、佐織もハンカチで口と鼻を押さえて、必死について行った。
とんでもなく生臭い臭気に気が遠くなりそうだ。
乙矢は、とにかく早く探そうと、懐中電灯とあちこちに振って鍵は無いかと探した。
天井にぶら下がるサミュエルらしい人の成れの果ては、思った以上に苦悶の表情で血を全身から滴らせていた。
そのぶら下がる手から、マシューはあの鍵を回収して来たのだという。
二人は、直視するのも難しいので、とてもじゃないが同じことができそうになかった。
「…メモは下に落ちてたのよね。」佐織は、くぐもった声で言う。「だったら、下のどこか?」
しかし床は、絨毯がじっとりと血に濡れていてどす黒く、この中に埋もれていても分かりそうになかった。
「…あ。」乙矢が、奥の部屋の隅へと懐中電灯を向けて、言った。「だ、誰か居る!」
確かに、隅には男らしい人影が、項垂れた様子で壁にもたれて四肢を投げ出し、床に座り込む形で居た。
「…死んでるよね…?」
佐織は、恐る恐る言う。
乙矢は、頷いた。
「多分。あの量の血だし、そもそも胸が…えぐれてるよ…。」
気を失いそうだ。
佐織が、そんな乙矢の背を叩いた。
「しっかり!倒れても私じゃ運べないわよ?!いいのね?!」
乙矢は、ハッとした。
そうだ、ここで倒れたら血まみれになるし、そもそも時間切れで死ぬ。
頭を振って意識をしっかりさせると、懐中電灯を握り直して無理に足を踏み出した。
「行くぞ。何でもいいから持って帰らないと。」
佐織は頷いて、二人は色好いことではなく、ただお互いしか頼る者が居ないということだけでぴったりとくっついて、その死体へとジリジリと歩み寄った。
その死体は、確かに男のようだった。
胸が激しくえぐれていて、恐らくそれが致命傷になったと思われた。
「手…手になんか持ってないか。」
乙矢は、手袋も何もないことに、そこで気付いたがもう遅い。
識の所へもらいに行っている間に、時間がなくなるだろう。
意を決して直にその手を開くと、冷たく固いような柔らかいような感覚がして、指は開いた。
そこには、小さな手帳のような物とペンがあった。
「…何か残そうとしたんだな。」乙矢は、同情して言った。「これ…」
それを手に取ると、何か挟んであったものがコロンと下に落ちた。
佐織が驚いて飛びすさったが、キラリと光る何かに、言った。
「…鍵!」佐織は、目を凝らした。「多分鍵よ!小さかった!」
「どこだ?!」乙矢は、慌てて足元を探した。「無いぞ?」
その時、いきなり回りが震動し始めて、唸り声が聴こえ始めた。
…時間だ!
慌てた乙矢は、入り口に足を向けた。
「…後で来よう!とにかく外に!」
「待って!」佐織は、まだ探している。「また時間ロスするわ、確かにこの辺りに落ちたの!」
乙矢は、必死に腕を引っ張った。
「だから後でいい!今は戻るんだ!」
「先に行って!」佐織は叫んだ。「すぐ行くから!」
「佐織!」乙矢は言うが、佐織は頑として動かない。「…行くぞ!」
乙矢は、走り出した。
識が、扉の前で叫んだ。
「何をやってる!扉が閉じて来るぞ!」
「あった!」
佐織の声が言った。
「早く!」
佐織が走って来る。
乙矢は飛び出して識に並んだが、佐織はまだ中だった。
「早くしろ!」識が叫んだ。扉が閉じて来る。「…くそ!」
識は、閉じる扉の間から中に飛び込んだ。
それと同時に、扉は音を立てて閉じた。
「そんな!」乙矢は叫んだ。「識さん!佐織!」
部屋は震動し続けている。
返答はなかった。




