情報共有ターン・二回目
『…それで、何を知っているんです?マシュー。』
時間を少しでも無駄にしたくないのだろうが、英語なので章夫とジョアン以外にはわけが分からなかった。
『ちょっと待ってよ識さん、多分マシューさんに聞くよりジョアンさんに聞いた方がいいと思うよ。何か聞いてるんでしょ?みんな分からないから、日本語で分かったことだけ教えて。』
それも英語だ。
章夫は本当に英語が話せるらしい。
ジョアンが言った。
「まず、ここは恐らく石板を持っていると引き込まれる場所。そして、あの扉の装飾の欠けた部分に石板を嵌め込むことであれが完成するのではないかと推測している。二枚必要で、それは今手元に揃っている。私が元から持っている物と、乙矢が見つけて来た物だ。あの部屋の震動の原因は分からないが、廊下と居間、食堂は影響はない。震動の最中に中で何が起こるのかは分かっていないが、一度中にトマトを置いておいたら、震動が収まった後にぐしゃぐしゃに潰れていたそうなので、まずいことになっているのは分かる。震動が始まったら、すぐに部屋を出る事だ。」
皆が、ウンウンと頷く。
面倒そうな顔をした識が、乙矢に言った。
「電子辞書の通訳機能を使え。私が皆に居間のことを説明する。」
乙矢は、頷いて慌てて辞書を取り出す。
ジョアンがそれを急いで設定すると、識は英語で言った。
『…まず、乙矢と佐織さんが暖炉の灰の中から左腕を見つけた。恐らく男性。手に1と刻まれた鍵を握り、腕時計を巻いていた。これだ。』
電子辞書が、それを機械的な声で綺麗に日本語に直してくれる。
腕と聞いて澄香は息を飲んだが、見つけたもの達はもう鈍感になっていて、特に顔色も変えなかった。
『サミュエルの時計だ!』ジョアンが言った。『ほら、ここに刻印が。S、T。サミュエル・テイラーだ。』
マシューが、こんなところに居てもう何も感じないのか、無表情で言った。
『ではサミュエルはもう死んだか。腕を失ったぐらいで人は死なないが、こんな場所だからな。だが、それで1の部屋に入れるではないか。』
識は、言った。
『あなたは鍵が掛かっている部屋を知っているのですね。他に知っていますか?』
どうやら識の英語はマシューに対して丁寧らしく、電子辞書は敬語に訳した。
『知っている。鍵が掛かっているのは、1と7だ。この様子だと、あちらの部屋のどこかに7の鍵もあるのかもしれないな。危険だが、調べてみる価値はあるかもしれない。』
識は頷いて、言った。
『私が知り得たことを話そう。』と、本を上げた。『まず、この日記だ。スタイン・バーナーという男のもの。内容は古代の神を呼び出そうとしているが、上手くいかないということばかり。石板を嵌め込み、そこからどうしたら良いのか分からないと。最後のページには、その神の僕である別の神を呼び出して、生け贄を捧げて本当に呼び出したい神と話そうというもの。僕の方は簡単に呼び出せる、と嬉々として綴った後途切れている。』
何を呼び出そうとしたんだろう。ミ=ゴだろうか、ショゴスだろうか。
澄香は思ったが、黙っていた。
『次、こちらは呪術書だ。神に願い事をする方法を、その神ごとに区分けして書かれていて、どれがスタインの呼び出したかった神なのかは分からない。どうやら呼び出したいのに、名前を口にすることすら恐れていたようだった。日記にその名が書かれていた痕跡はない。』
皆、ウンウンと頷く。
識は、次の本を持ち上げた。
『これは、神に対する説明だ。所謂邪神と呼ばれる類いのものだ。全て読んではいないが、主要なところは頭に入れた。』と、次の本を持ち上げた。『これは呪文集だ。様々なシチュエーションでの邪神に使う呪文や、その神を讃えるための呪文。これはもう頭に入れた。必要なら私が唱える。』
その分厚い本を覚えたの?!
皆驚いたが、口には出さなかった。
章夫が、おずおずと言った。
『あの…僕の読んだ日記だけど。』と、続けた。『事業に失敗して、いろいろ立ち行かなくなったから、神頼みしようって思ったみたい。這い寄る混沌、闇を統べる神なら、何事も聞いてくださるだろう、って書いてあったよ。』
澄香は、口を押さえた。
それって…!
だが、ここでその名前を口に出すのは憚られた。
何しろ、出て来るかもしれないのだ。
『ならばそれはニャルラトホテプだ。』識があっさり言った。『そう称されるのは、ニャルラトホテプだからだ。』
二回も言った。
しかも、罪もない電子辞書からの二回を入れたら四回だ。
連呼するなよー!
という皆の叫びが聞こえるような、そんな沈黙が流れる。
マシューが、そんな様子にクックと笑うような息の吐き方をしたが、しかし顔は笑っていなかった。
『…そこまで分かったのなら、良いではないか。ニャルラトホテプ対応の呪文などを見て、対策を立てておけばいいだろう。』
だからその名前を呼ぶなって!
全員がとりあえず会話が終わって欲しいと思っていると、ジョアンが言った。
『では、ジョンにはその神の事を書いてある項目をまた探して読んでもらうとして、次の探索だが。』と、マシューを見た。『君も手伝ってくれるのか?』
マシューは、頷いた。
『一人ではないからな。いいだろう。ただ、気を付けた方がいい。必ず、二人以上で行動しろ。一人で居て何かあったら助からないかもしれない。サミュエルがどんな目に合ったのか、まだ分かっていないからな。まあ、分かる時には私達も死んでいるだろうが。』
どうもこの人の言い方は、識に似ているような気がする。
落ち着いていて、他人事のような言い方なのだ。
識が、考え込む顔をした。
『…まだ、何かあるような気がしてならない。』識は、眉を寄せた。『石板をはめて、そして扉を開く呪文を唱えたら良いのだろうが、それは恐らく門の呪文のどれかで私の頭に入っている。だが、簡単過ぎる…本当に、それで良いのか。』
章夫が、言った。
『僕もそう思うけど、たまたま運が良かっただけかもしれない。石板が見つかったのも偶然で、呪文の本だってそんな早くに読める設定じゃなかったのかもしれないし。でも、確かに簡単過ぎるよね。メタになるけど、頭のいい人たちが作ったシナリオなんだろ?…なんか、違う気もしてるんだよね。』
乙矢が、言った。
「調べるしかないな。」急に日本語なので面食らったが、電子辞書は優秀できちんと英語に変換してくれた。「ここから、片っ端から部屋を見て行こう。二人でも案外行けたけど、マシューさんが入って七人になったし、どうする?2、2、3で分かれるか?」
「英語が分かる人が四人になったから心強いね。」佐織が言った。「どう分かれるの?」
ジョアンが、無言で識を見た。
識は、言った。
「私はならば、章夫を連れて行っていいか。最初に見た書庫に行って、更に情報を探して来たいのだ。」
章夫が、慌てて言った。
「ちょっと待って、僕じゃ遅いから、ジョアンさんかマシューさんの方がいいよ。絶対ネイティブの方が早いんだから。そこまで詳しくないんだって、単語だって知らないのが多いし。」
ジョアンが、言った。
「だったら私がジョンと一緒に。」と、マシューを見た。『マシューは、誰と行く?』
マシューは皆を見回して顔をしかめたが、言った。
『言葉が通じないとストレスになるので、そちらの章夫という子にしよう。鍵が見つかったと聞いたので、1の部屋を調べてみようと思う。』
電子辞書がそれを訳してくれたが、残った乙矢と澄香、佐織は渋い顔をして顔を見合わせた。
結局、英語が分からない組が残ってしまったのか。
「…仕方ないわね。じゃあ、私達は三人で行かせてもらおう。で、識さん達は6の部屋へ行くのね?私達は、10…は終わってるから、9にする?」
澄香が言うと、佐織は頷いた。
「そうね。章夫さん達が行く1の近くの7も閉じてるみたいだし、知ってる人が近くに居る方が何かあった時呼べるからいいかも。」
残り時間を腕時計で見て、慌てて乙矢が言った。
「それで章夫、見つけた手紙はどうだった?何か書いてたのか?」
章夫は、ああ、と顔をしかめて手を振った。
「あれは違うよ、請求書。ここに住んでたスタイン・バーナー宛ての。住所はエジンバラだったからイギリスだな。ってことは、この屋敷ってイギリスのどこかなの?」
さっきまでは日本の大学に居た設定だったから、結構な距離を移動しているという事になっている。
識が言った。
「それでスタインが金に困っていたという事実が、日記と合わせて繋がった形だな。ここがイギリスがどうかなど分かるはずもない。イギリスであったら同じ地球上なのだから心配もないとむしろ言いたいほどだ。この神話というのは、とんでもない場所に飛ばされることもあるのではないのか?」
言われてみたらそうだ。
章夫は、顔をしかめて頷いた。
「だね。屋敷ごとどっかへ飛ばされてる可能性もあるしね。」
震動の音が、聴こえなくなった。
すると、腕時計から博が言った。
『時間が来ました。情報共有ターン終了です。』皆が黙ると、博の声が続けた。『ここで皆様にご連絡があります。これからも、同じように情報共有ターンと探索ターンが続きますが、その際キーパーの介入はありません。先ほどの震動が起こったら終わりですぐ情報共有ターンだと思ってください。震動が終わったら、情報共有ターンが終わりです。つまり、震動が続いている間は部屋の探索ができませんが、無くなると探索できるという事になります。居間と食堂は何も起こりませんのでご自由に連続してお使いください。廊下へ出てもらわなくても結構です。』
キーパーが話しをしてくれなくなるのか。
皆が不安そうな顔になったので、乙矢が言った。
「それって、呼びかけても答えてくれないってことか?」
博の声は否定した。
『いいえ。キーパーと言ってくれたら時間が止まって会話ができます。SAN値のチェックもできますので、いつでも呼びかけてください。』と、一度黙ってから、続けた。『現在のSAN値をご案内しますか?』
章夫が頷いた。
「お願い。」
博は、答えた。
『識67、乙矢60、章夫56、澄香58、佐織61、ライアン54です。』
めっちゃ減ってる…!
腕を発見した組の減りが、無視できないレベルだった。
「発狂は…?ハウスルールはどうなってるの?」
佐織が言うと、博が答えた。
『発狂はこの卓では40以下になった時に一時的に発狂します。治療は比較的容易です。治療をされずに尚SAN値が下がり続ければ不定の狂気となって行動が制限されます。一度の減少で5以上ならとかの、取り決めはありません。』
佐織は、ホッとした顔をした。
何しろ、佐織は前に聞いた時、66だったので、一気に5のSAN値を失っている事になるからだ。
識が言った。
「では始めよう。早く謎を解かなくては。もう三回目だぞ。残りは三ターン、油断はできない。確実に取りこぼしが無いように探索して行こう。」
皆は頷いて、時計を見た。
いつも通り、表示が20分から減り始めたのが見えた。




