探索ターン二回目・食堂
ジョアンと澄香は、食堂へと入っていた。
食堂は、思ったよりずっと綺麗で整頓されていて、今すぐここで座ってご飯を食べようと言われても、違和感はない感じだった。
入ってすぐに、澄香も電気をつけてみようとしたら、ここの電気はすんなりと着いた。
少し色が電球色で不安にさせる感じだが、それでも回りが見渡せるのは安心感があった。
そうして、奥へと視線をやったジョアンが、いきなり叫んだ。
『マシュー!』と、英語で叫んで駆け寄った。『マシューじゃないか!』
すると、そこにぐったりと床に座り込み、項垂れて居た黒髪の男は、無精ひげが生えた生気のない顔をこちらへ向けて、言った。
『ライアン!』と、その男は途端に目を見開いて、こちらへ駆け寄って来た。『ライアン、来てくれたのか!でも…私だけだ。サミュエルは、もう…。イアンも、多分この調子じゃ無理だろう。』
50代ぐらいだろうか。
澄香は、思いながらも困って言った。
「あの…英語しか話せませんか?」
ジョアンが、振り返って言った。
「すまない。マシューは英語かドイツ語しか分からないんだ。日本の大学で、英語で授業をしていたからな。私が探していた、一緒に研究していた仲間なんだ。」と、マシューを見た。『マシュー、私の生徒なんだ。たまたま一緒にここへ来てしまったようで。君には、原因は分かるか。』
マシューは、首を振った。
『分からない。いや、多分石板だろう。サミュエルの部屋で見つけて持ち帰ったら、次の日研究室で急に意識を失って、気が付いたらここだった。時間の経過も分からないしな。ここの食べ物も、もう無くなるから困っていたんだ。いろいろ調べてみたが、危ない部屋もあってここから出られない。番号がついてる部屋には、入りづらいからな。』
ジョアンは、頷いた。
『さっき、奥の部屋を調べていたら、急に部屋が震えて変な声が聴こえたような気がするんだが。慌てて外へ出て来て何もなかったが、だから君は入りづらいと言うのか?』
マシューは、頷いた。
『そうなのだ。他の部屋には、入っても良いがしばらくするとおかしな声と共に部屋全体が震え出すのだ。だが、居間と食堂だけはそれが無い。一度、それでもあの中に居たらどうなるのだろうとここにあったトマトを置き去りにして、後で見に行ってみたが、ぐしゃぐしゃに潰れていた。それがなぜかは分からないが、そんな場所なのだ。それから、書庫で本をくすねて来ては読んでみたりしたが、どうしたら帰れるのかが分からない。廊下の突き当りにある、扉は見たか?』
ジョアンは、頷く。
『見た。遺跡にあったのと同じようだったな。』
マシューは、言った。
『私は、あの石板を持って来たら良かったと後悔したのだ。恐らく、拾ったあの石板は、扉へはめる事で扉が完成するのではないか。二枚、はめる場所があっただろう?』
ジョアンは、何度も頷いた。
『あの平たい穴か!』と、ポケットから石板を引っ張り出した。『君の石板は、私が持って来ているんだ。さっき、向こうの部屋で仲間が一枚石板を見つけ出して来ている。二つをはめたら、もしかして脱出の糸口が見えるのか。』
マシューは、頷いた。
『それしか考えられないだろう。まだ分からないが…やってみる価値はある。』
澄香は、全く二人が話していることが分からないので、退屈だった。
だが、とりあえず石板の話をしているらしいのは、ポケットからそれを出して話しているので分かった。
「あの…石板が何か?」
ジョアンは答えた。
「どうやらこの石板を二枚、あの扉の装飾が抜けていた場所にはめたら完成するようなのだが、まだ分からない。マシューは失踪してからここに居て、恐らくその原因はこの石板なんじゃないかと言っている。同じように失踪したサミュエルの部屋から見つけていたらしいのだ。その後、ここへ来たらしい。」と、マシューを見た。『それで、サミュエルは?会わなかったのか。』
マシューは、首を振った。
『ここへ来てから会ってはいない。一度、10の表示の部屋でサミュエルの文字でメモみたいなのを見つけた。食べ物を持ち込んで、あの部屋に居たような形跡があったが、本人は見ていないな。他の部屋は何があるか分からないので確認していないのだ。書庫に行きたいのだが…いつ、あのおかしな現象が起こるかと思うと、とてもじゃないがギャンブルするつもりになれなくてな。たった一人だったし。』
澄香は、どうして真面目に英語を勉強していなかったのかと自分を責めたが仕方がなかった。
何も分からないのだ。
ジョアンが言う。
「…澄香さん、とにかくマシューがいろいろ知っていることがあるようだし、一度ジョンの所に戻ろう。ジョンなら的確に聞けるだろう。」
澄香は、目を丸くした。
「え、でもここの調査は?しなかったら識さんに怒られるんじゃ…。」
ジョアンは、首を振った。
「それも、ここにずっと居たマシューに聞けば分かる。」と、マシューを見た。『マシュー、ここには何かめぼしい物があったか?謎に近付けるような。』
マシューは、首を振った。
『何も。ここには食材などしかなかったのだ。缶詰めがあったのでかなり古かったがそれしかないので食べていたが、それももう無い。スナックなどがあったようだが、恐らく先に来たサミュエルやイアンが食べてしまったのだろう。イアンの痕跡は、まだ見つけられていないがな。』
ジョアンは、頷いた。
「ここには食べ物だけだと言っている。さあ、廊下へ戻ろう。電子辞書の通訳機能を使うんだ。そうしたら、何を言っているのか分かる。乙矢が持っていたな?とにかく、行こう。」
澄香は、ジョアンに背中を押されて食堂を出た。
するとそこで、また扉の方向の部屋から唸るような音が聴こえて来て、ビリビリとした震動が伝わって来た。
「きゃ…!また!」
澄香が叫ぶ。
マシューが、言った。
『またか。大丈夫だ、どうしたわけか廊下と居間、食堂では何も無いんだ。気味が悪いので、とてもじゃないがもう、確かめに行く気にならないがな。』
ほんとに何を言ってるのか分からないんですけど。
澄香は思いながら、ジョアンに急かされてマシューと共に廊下へと出た。
すると、目の前の居間から乙矢、佐織、章夫、そして最後に識が出て来て扉を閉めた。
「あれ?誰ですか?!」
章夫が、マシューを見て気味が悪そうに言う。
思えばこんな場所で人が居ることからおかしいのだから、この反応は分かった。
何しろ本人は、無精髭は伸びているし、憔悴しきった様子で顔立ちすらハッキリとは分からない。
『…君の教え子達か?』
マシューが言う。
その声を聞いた識が、目に見えて驚いた顔をしたが、黙っていた。
『そうだ。』そして、皆を見た。「マシュー。私の探していた仲間だ。失踪した時からここに籠められていたらしい。食堂で発見したのだ。いろいろ知っているから、話を聞くといいと思ってな。」
NPCがもう一人…!
皆が思いながら頷くと、腕時計から声がした。
『二回目の探索ターン終了です。皆さん、お手洗いは大丈夫ですか?』
だから毎回いいと言うのに。
章夫が首を振った。
「大丈夫。行きたかったら叫ぶから。」
博の声は頷いた。
『では、二回目の情報共有ターンを開始します。15分です。どうぞ。』
また、時計の表示が15分から減って行く。
何やらシリアスな場面になりそうだったところだったので、急に現実に引き戻されるような感じだった。
だがこのやり取りが、少しでも緊張感を削いでこれはゲームだと教えてくれるので、SAN値的に良かった。
皆が肩の力を抜いたのを見て、識が口を開いた。




