自己紹介
全員が、椅子に座ったまま顔を見合わせた。
この19人で、人狼ゲームをするのだ。
しかも、19人で9縄、つまりはこの中には、最長九日間は一緒に居る者達が含まれている。
もちろん、早くに吊られてしまったらこの限りでは無かったが、恐らくは追放処分になった者達と別の場所…四階か五階の辺りで過ごすのだろうし、仲良くなっておいた方がいいと思った。
なので、東吾は言った。
「その…自己紹介でもしますか?」と、率先して言った。「オレは、1の東吾です。普段は会社員やってます。一人で参加しました。29歳です。よろしくお願いします。」
隣りの浩介が、慌てて言った。
「あ、オレは浩介です。歳は28歳で、会社員です。オレも一人で参加して、東吾とはバスの中からの知り合いです。よろしく。」
どうやら、このまま番号順に回っていく事になりそうだ。
浩介の隣りの哲弥が、その空気を感じ取って言った。
「ええっと、はじめまして。オレは、3番哲弥です。隣りの澄香と一緒に参加しました。オレも会社員で、営業やってます。27歳です。よろしくお願いします。」
隣りの澄香が、緊張気味に言った。
「あの…澄香です。哲弥に頼んで一緒に来てもらった人狼ゲーム好きです。アパレル系で働いてます。27歳です。よろしくお願いします。」
澄香は人狼好きか。
ということは、結構細かい所を探して来そうな気がする。
要注意だな、と東吾は思った。
「次はオレだな。5番、敏弘です。隣りの妃織と一緒に来ました。学生で21歳です。よろしくお願いします。」
隣りの妃織が、頷いた。
「はい。私も学生で、敏弘と同い年です。妃織と言います。よろしくお願いします。」
「何だよーカップル多いな。オレは7、久隆だ。30歳の会社員。現場仕事をしてる。一人で参加したから歳は上だけど仲良くしてくれ。」
隣りの男が、笑った。
「久隆さんは面白いんだよ。僕は8番、章夫。隣りの梓乃とは幼馴染なんです。18歳です、よろしくお願いします。」
梓乃は、言った。
「梓乃といいます。章夫が行くというので、急いで申し込んで一緒に来ました。よろしくお願いします。」
うーん、なんか複雑そう?
東吾は、なぜかこの二人にそんな風に思った。なぜかというと、章夫は梓乃を幼馴染と言うが、梓乃は章夫が行くと聞いて一緒に来た、という。
ただの幼馴染だったら、そんなに簡単に一緒に行くと言うだろうか。章夫の方は、特に意識していないようだったが、梓乃の方は何やら章夫に気があるような素振りをしているようにも見えた。
東吾は、そういう人間関係を見るのが得意だった。というのも、職場で変なことに巻き込まれないように、そういう空気があったら避けるように意識しているからだった。
梓乃の隣りの、男が言った。
「オレは10、幸次だ。歳は30会社員だ。一人で参加したので、知り合いはいない。よろしく頼む。」
隣りのさっき質問していた貞行が、待ってましたとばかりに言った。
「オレは貞行。歳は23歳、社会人になってまだ一年目だ。オレも一人で来たので、みんなよろしく。」
隣りの、背がひょりと高い男が言った。
「オレは乙矢。27歳だよ。普通のIT系の会社員やってます。今回無理を言って休みをもらって来ました。オレも一人なんで仲良くしてください。よろしくお願いします。」
その隣りは、若い女性だった。
「私は、13番の日向です。22歳で、来年卒業なので、隣りの佐織と一緒に参加しました。内定もらって後は遊ぶかなって思って。よろしくお願いします。」
隣りの佐織も、微笑んで頷いた。
「日向と同い年で、大学最後の思い出に二人でやって来ました。よろしくお願いします。」
大分、順番も回って来た。
その隣りの、男性が言った。
「オレは会社の仲間で参加したんだ。15、邦典です。25歳です。」
「同じく25歳、晴太です。」隣りの男が言った。「16番です。よろしくお願いします。」
あ、仲間だ。
東吾は、思った。この晴太の番号16は、あの時唱えた番号のうちの一つなのだ。
その隣りの、博が言った。
「オレは博。歳はこの中じゃ多分最年長の32歳。会社員だよ。こっちは年下だけどオレの上司になる男で、識だ。29歳なんだけどな。」
識が、眉を寄せた。
「歳は関係ないだろう。」と、皆を見た。「よろしく頼む。」
最後に、東吾の隣りになる19番の、男が言った。
「オレは、歩です。24歳の会社員です。一人で参加したので心細いので、仲良くしてください。よろしくお願いします。」
これで全部か。
東吾は、ホッとして名簿へと視線を落とした。とりあえずは、皆の顔と名前をざっと見た感じだ。
まだまだ覚えられそうにないが、皆が胸に名札をつけているので、これで何とか対応しようと思っていた。
「まだ話し合うのは早いですよね?」貞行が言う。「まだ始まってないんですよね。」
博が、頷いた。
「自由に過ごせとは言ってたが、ゲームを始めろとは言わなかったよな。ところでよ、腹が減らないか。オレは減った。キッチンへでも行こうや。なんか食べたいんだ。」
それには、章夫が喜んで立ち上がった。
「行く行く!お腹空いたなあって思ってたんだ。博さん、僕も行っていい?」
博は、苦笑した。
「別に誰でも来ていいぞ。オレのキッチンじゃなし。」
そりゃそうだ。
東吾も、小腹が空いたので何か食べようかと立ち上がる。
見ると、博に嬉々としてついて行く章夫に、無言のまま梓乃がついて行くのが見えた。
…章夫は仲間なのに、梓乃は違うと思うんだけど…ついて回ってたら面倒だな。
東吾は、そんな風に思っていた。
人狼は、東吾、章夫、晴太、博の四人だ。
東吾は、この中では博が頼りになりそうだと思っていた。誰よりも年上だし、落ち着いた雰囲気で頼りになりそうだ。
隣りにいる、識という男はあまり分からなかった。人狼ではないが、何やら冷たいような感じを受けるので、どことなく近寄りがたい雰囲気があるのだ。
東吾は、皆の後ろからキッチンへと歩きながら、そんなことを考えていた。
キッチンは、広くて大きなダイニングテーブルがある、真新しいシステムキッチンだった。
似つかわしく無い業務用冷蔵庫が三つほど置いてあり、食器棚、食品棚が並んであった。
「うわー!ほんとだ、いろいろあるよ!」
章夫が声をあげる。
見ると、扉を大きく開いた冷蔵庫の前に、皆が集まって中を覗き込んでいた。
下段にはまるごとの野菜がゴロゴロしていて、一段目、二段目には惣菜や、サンドイッチ、弁当などがある。
隣りの冷蔵庫は冷凍で、冷凍食品がこれでもかと詰め込まれてあった。
また、食品棚の中にはパン、チンするご飯、味噌汁、カップ麺各種とここは軽くコンビニのようだった。
「わースイーツもいっぱいあるー!」
澄香の声がする。
何もかもが揃えられている感じだった。
「こっちの冷蔵庫は飲料専用だぞ。」浩介が、言った。「お茶もビールもあるし、とにかくいっぱい。こんな山奥だから心配たったけど、無料のコンビニみたいだし全然平気だね。」
それぞれが好きな物を選ぶ中、東吾はパンを一つとペットボトルの甘いコーヒーを選んだ。
また夕飯も食べるだろうし、これだけあったら夜はそこそこ好きな物を食べられるだろう。
なので、今はこれだけにした。
女子達はもう仲良くなったのか、きゃっきゃとはしゃぎながらスイーツを選んでいた。
みんなこの時間帯にがっつり食べようとは思っていないようだった。
広いとはいえ、ここで皆で歓談する気にもならなくて、東吾は居間へ戻ろうと足を扉へ向けた。
すると、浩介が言った。
「東吾?戻るのか。」
東吾は、頷いた。
「ここであのテーブルに座って仲良く食べる必要もなさそうだしな。オレは居間で食べるよ。」
「じゃあオレも!」
浩介は嬉々としてついて来る。
…もしかして、ずっとついて来るつもりか。
東吾は、内心眉を潜めた。
浩介にしたら、一人で来て東吾と気安くなれたので、ラッキーだとついて来るのだろうが、東吾は少し面倒に感じて来ていた。
何しろ、自分は人狼なのだ。
恐らく村人だろう浩介が常に側に居るのは、支障が出て来そうな気がした。
もっとも、まだわからない。浩介が狐の可能性もあって、探る必要はありそうだ。
…だとしたら、仲良くしておいた方がいいのかな。
東吾はそんなことを考えながら、浩介と二人で居間へと出て行った。