探索ターン一回目
識が、腕時計のカバーを開いたまま、その液晶画面を見て歩いている。
先頭を行くのは、一応先生役のジョアンだ。
ジョアンは、きっちりとNPCの役目を果たそうとしているようだった。
どこまで知っているのかは分からないが、ジョアンが自分達より多くの情報を持っているだろうことはわかっていた。
それでも、その時にならないとそれを出してはくれないだろう。
足を進めると、左側には途切れなく扉があり、右側には壁があった。
どの扉も、前に見た時とは比べ物にならないぐらい廃れた感じだ。
あれほどにつやつやとしていた木の扉が、今にも崩れ落ちそうな質感でありながらしっかりと木枠にはまっているという、不自然な様子だった。
ここが、あの綺麗な洋館だと分かっているのだが、目の前の光景はあまりにもリアルな廃墟のような建物だ。
自然、そろそろとゆっくり足を進めていると、識が振り返った。
「君達はどうしてそんなにゆっくり進むのだ。どこまでも同じ風景だぞ。」
そう言われても、怖いものは怖い。
なので、澄香が言った。
「ほんの1メートル先も見通せないから怖いんです。何か出て来たらと思うと。」
識は、ため息をついた。
「気持ちは分かるが、早く構造を調べてしまえば部屋の一つぐらいは見られるかもしれないだろう。少し急いでもらいたい。」
正論なので言い返せずにいると、ジョアンが言った。
「まあまあ、何があるのか分からないんだ。」と、右側を懐中電灯で照らした。「壁ばかりだったが、こちらにも扉が。」
そこが、見取り図上の8号室だと分かる。
段々廊下の突き当たりが近付いているようだ。
懐中電灯は必要無さそうだったが、こうして照らすと少しは先まで見通すことができるので、視界1メートルから、視界2メートルになる、という感じだった。
その懐中電灯の光が、正面に何やらゴツゴツとした建造物を捉えた。
近付いて行くとそれは扉であり、その扉の淵から青白い光が漏れているのが分かった。
そこが廊下の突き当たりで、どうやらこれが脱出口のように見えた。
「…あの古代遺跡の建築様式と似ている。」ジョアンが、近付いて見ると見事な図柄が彫り込まれた大きな扉を凝視しながら言った。「そこの祭壇に、この扉があった。どうやら神がここから出現するということらしいのだが、詳しいことは分かっていないのだ。」
神が出て来る扉…。
確かに荘厳な様子の彫刻は、そんな感じに見えた。だが、中央には二つの丸い平たい場所があって、そこだけ何の彫刻もないのだがどこか不自然だった。
佐織が、身震いした。
「今は近付かない方がいいんじゃ。まだ、何の対策もしていないわ。もし何かが出て来たら、みんな…。」
ロストする。多分発狂して。
佐織は思ったが、メタになるし口にしなかった。
識が言った。
「何か知らないが、もしかしたらこの中に居る神とやらが私たちをここに閉じ込めているということなのでは。なんとかして神を呼び出して、ここから出してもらえるように交渉するということなのかも知れない。」
ジョアンが、言った。
「あの遺跡の研究はまだ始まったばかりで、詳しいことは分かっていない。私のグループがこれを発見したのは一年前で、これをなんとか開こうとしたが中を確認することはできていないのだ。神が居るのかどうかより、私たちとしては歴史的な建造物の謎を解き明かしたいと思っていたのだが…。」
章夫が、言った。
「居たのだが?まだ途中ってこと?」
ジョアンは、頷いた。
「…私以外のその時発見したグループの研究員が、皆行方不明なのだ。それぞれが発見した場所のエリアを分けて調査していたのだが、私と一緒にこの扉の謎を調査していた三人は、連絡が付かなくなってしまった。イアン、サミュエル、マシューという。最初は半年前、イアンだった。その後、探してみると言っていたサミュエルが居なくなり、マシューは一週間前、サミュエルの部屋で石板を見付けたとか言っていた日に失踪した。」と、ポケットから丸い石のタイルのような物を出した。「昨日、手がかりを探そうと彼の研究室を訪ねてこれを見付けた。」
その石の板には、何やら魔方陣のような物が刻まれていた。
「じゃあ、もしかしたらイアンさんもサミュエルさんも、マシューさんもここに?」
澄香が言う。
恐らくそういうことなのだろうが、人の気配は全くしなかった。
皆の背に、ゾッとするほど冷たい感覚が流れて行った。
つまりは、みんな戻れていないのだ。
なのにここには人の気配がない。
識が、言った。
「…とにかく、部屋を片っ端から見て回って手がかりを探すよりない。どこかに三人が居るかもしれないだろう。私たちより情報は多いはずだ。有益なことを聞けるかもしれない。」と、腕時計を見た。「後8分か。ならば私はこの6の部屋を見てみる。二手に分かれよう。章夫、乙矢、一緒に来てくれ。残りの三人はそちらの10の部屋に。」
澄香が言った。
「待って、何があるのか分からないのに。最初は離れない方がいいわ。」
識は、イライラと言った。
「時間がないのだ。私は行く。好きにしたらいい。」
そして、何のためらいもなく6の部屋の扉を開いた。
中は、真っ暗で何も見えない。
章夫が、慌てて言った。
「あ、懐中電灯。」
乙矢も出そうとするのに、識はそれを制した。
「いい。電池を無駄にするな。ここは章夫の物を使って、無くなったら乙矢の物を使おう。」
乙矢は頷いて、そうして三人は6の部屋へと足を進めた。
ジョアンが、ため息をついて澄香と佐織を見た。
「ジョンの言う通りに。私達もこちらを見ておこう。確かに部屋は多いのに、ターンは5回だからね。全部調べられなかったら不利になる。さあ、残り時間は5分。行こう。」
澄香は仕方なく、ジョアンに従って10の部屋の扉の中へと向かったのだった。
識は、章夫の懐中電灯を手に、辺りをぐるりと見回した。
そこは書庫のようで、壁には本棚が並んでいて、中にはびっしりと本が立ち並んでいた。
「めっちゃあるじゃん。後5分で何か良さそうなの探して読むなんて無理だよ。」
識は、頷いた。
「ここは次のターンで来よう。」と、踵を返した。「隣りの5の部屋へ行こう。」
識の判断は速い。
二人は言われるままに6の部屋を出て、すぐに隣りの5の部屋へ向かった。
すると、視界が悪いのでもう隣りの扉も見えなくなった。
少し不安になりながらも、5の部屋の扉を開いて中を見る。
そこは、ボロボロになっていたが、ベッドルームのようだった。
「…何かあるかも知れないな。」識は、戸惑う二人に構わずずんずん奥へと足を進めた。「そっちの戸棚の中を見てくれないか。私はこちらのベッドサイドを調べてみる。」
結局分かれるんじゃないか。
章夫は思ったが、仕方なく乙矢の懐中電灯を出して戸棚へ向かった。
中には、ウイスキーやブランデーの瓶が並び、埃を被ったグラスも入っていた。
もう朽ち果てそうだったが、戸棚の引き出しに恐る恐る手を掛けて中を見ると、そこには本のような物が収まっていた。
…英語だ。
章夫は、開いて確認した。
どうも日記のようだったが、それは最後まで使い終わっている物のようだった。
「…持って帰る?」
章夫が言うと、乙矢は頷く。
「情報共有の時に読めるしな。」と、他の引き出しも開いた。「お。待てよ、何か奥に…?」
手を突っ込んでその何かを掴んだ瞬間、急に何かの震動と唸るような地の底から聴こえるような音が響き渡った。
「うわ…!!なんだ?!」
識が、叫んだ。
「部屋の外に出るんだ!」
二人は、弾かれたように駆け出した。
廊下へと飛び出して扉を閉めると、5の部屋の扉は目の前でブルブルと震えてまるで生き物のように見えた。
一方、ジョアンと共に10の部屋に入った澄香と佐織は、思ったより小綺麗な感じのベッドルームらしい場所にホッとしていた。
確かに廃れてはいるが、そこまで埃も積もっていない。
ジョアンが奥へと進むのにぴったりついて歩いて行くと、使っていた後のあるベッドの横のテーブルには、ペットボトルや非常時に食べるクラッカーの包み紙などが散乱しているのが見えた。
「え…?なんだか場にそぐわない感じね。最近の物?」
佐織が言うと、澄香も頷く。
「まるで昨日にでも食べてたみたいね。埃も積もってないし…ペットボトルも綺麗な感じだわ。」
ジョアンも頷いて、辺りに懐中電灯を振り回して確認する。
ベッドサイドのランプが置かれてある棚には、何やら本が積み上げられてあった。
「…持って行くか?」と、その本を手に取ったを「読んだら何か分かるかもしれない。」
「一人二つまでだったよね。」佐織が、言って一つを手にした。「一応持って行って、要らなかったら手放したらいいのよね。」
三人で手分けしてその本を手に取った時、急に部屋全体がブルブルと震えた。
そして、地の底から這いあがって来るような唸り声のような音が聴こえて来た。
「なに?!」
澄香が叫んで思わず本を取り落とす。
ジョアンが、それを拾って叫んだ。
「外へ!部屋が変だ!」
「きゃあああ!!」
二人は、悲鳴を上げて駆け出して行く。
ジョアンは、その後ろをつんのめって転びそうになる二人を補佐しながら、廊下へと転がり出た。
必死に最後尾のジョアンが扉を閉めると、唸り声は部屋の中だけで響いているように聴こえていた。




