ゲーム
明けて1日、今日は元旦だ。
昨日まで殺し合いをやっていたとは思えないほど明るく穏やかな雰囲気の中で、エステの予約を入れたもの達は、順番に呼ばれて四階へと上がっていて、順番待ちの者達は、居間で豪華なお節料理を囲んでダラダラと過ごしていた。
エステをやる者達は、アルコールはダメなのでもっぱらジュースを飲んでいる。
素面でお節をつつきながら、話題になるのはやはり、昨日までの人狼ゲームのことだった。
結局、役職はといえば占い師は妃織、霊媒師は日向、狩人は貞行で猫又は梓乃だったらしい。
乙矢が言った通り、乙矢は狐で久隆が背徳者で、占い師に出て初日に久隆を囲っていたのだという。
絶対に識が真占い師だと思っていたらしいが、章夫のことは、霊媒師に出ているので狂信者だろうと思っていたのだそうだ。
章夫が、言った。
「あれはねぇ、識さんが占い師に出るって聞いたから、人狼は霊媒に出るしかなかったんだよね。」章夫は、苦笑した。「話し合う余地もないよ。だって識さんは夜時間は出て来れないからね。いつも博さんが聞いて来て一方的さ。噛み先だって指示されてたよ?猫又はね、最初に梓乃から自分が猫又だって僕、聞いてたからさ。まさかの時は、東吾が騙るって決めてたんだ。だから伏線張っておけたのが強かったよね。」
邦典は、渋い顔をした。
「すっかり騙された。梓乃さんは狂ってたせいでおかしな発言ばっかりだし、絶対黒だと思ったからな。でも、なんで外で死んでたんだ?やっぱりあの時言ってた通り、時間に間に合わなかったからか?」
それには、晴太が答えた。
「あの日、章夫を殺されたから、識さんが怒ったんだよ。で、梓乃さんを嵌めるって言って。何しろ、死んだ章夫の部屋に押し入って来ようとしてたからね。何をされるか分からないじゃないか。だから、ギリギリまで東吾が部屋に居て、出てから部屋のドアスコープで見張ってて、梓乃さんが中に入るのを確認してから、ドアストッパーで外から固定しておいたんだ。だから、死んでたのは章夫の部屋のドアの内側だったよ。」
東吾は、頷く。
「そう。夜時間に外に出た時、章夫の部屋も開くだろ?人狼だから。ドアストッパーも片付けて、みんなで梓乃さんを引きずってって部屋の前に転がしといたんだ。あの時はもう、自分達もルール違反で追放になるかもしれなかったけど、腹が立っててどうでもいい気分だった。でも、どっちにしろ間に合わなかったと思う。だって、出て来ようとしてドアノブが動いたの、10時まで1分もなかったんじゃないかな。だからオレ達は追放にならなかったんだと思うけど。」
章夫が、うえ、と吐くような顔をした。
「いったいその数分何をしてたんだと思うと気持ち悪い。まあ、それで死んでくれたからいいけど。」
識が言った。
「一度仮死状態になった人は、蘇生する時に全身消毒されているから、問題ない。特に君の場合、数分でも何をされたのか考えると気の毒だったので、口腔内のケアは徹底的にさせたので心配しなくていい。」
章夫は、仰天した顔をした。が、すぐに渋い顔になった。
「だから目が覚めた時、なんか口の中がパッサパサで薬品っぽい味がしたのか。今も鼻の中が何か変な感じなんだけど。みんなそんな事言わないのに。」
識は、頷いた。
「だろうな。普通はそこまでやらないと言うほどやらせたからな。もしも私だったらと思うと、居た堪れない気持ちになってしまって。」
博が、苦笑しながら話の途中で入って来て、言った。
「お前ら親子はほんと潔癖症だなあ。また細菌云々考えて章夫が心配になったんだろ?」
識は、博を睨んだ。
「その通りだ。君達は皆、自分の口の中にどれほどの細菌を飼っていると思っているのだ。それが混ざるのだぞ?考えただけでもおぞましい。」
東吾は、他の皆と顔を見合わせた。
言われてみたらそうだが、そんな風に考えたら恋人とキスすらできないのではないのだろうか。
哲弥が、言いにくそうに言った。
「ええっと、その、ということは、識さんは彼女とキスとかしないってことか?」
識は、あからさまに慄いた顔をした。
「なんだって?どうしてそんなことをしなければならないのだ。リスクが大き過ぎる。そもそも虫歯が移るではないか。」
虫歯って。
博が、苦笑しながら言った。
「まあ、もういいだろう。識は他とは意識が違うんだ。特に恋愛なんかは全く他とは違う価値観で見てるから、言い寄るとか絶対無理だと思った方がいいぞ。」と、ドキ、とした顔をしている日向と佐織にニヤリと笑ってから、手に持っていた紙を振った。「で、結果が出た。さっきあみだくじ引いただろ?明日のクトゥルフの参加者だ。」
澄香が、慌てて前に出て来た。
「え、誰誰?!私は?!」
博は、苦笑しながら紙を広げて見せた。
「ほら。参加希望者が結局10人だったから、半分だな。」
見ると、手書きのラインが並んだ上に、赤いペンで辿った後があって、5人の当選者に丸がしてあった。
希望していたのは澄香、妃織、久隆、章夫、日向、佐織、貞行、識、乙矢、邦典だったのだが、丸がついていたのは章夫、澄香、識、乙矢、佐織だった。
「あー!!」日向が叫ぶ。「なーい!外れたあ!」
佐織は、両手を上げて喜んだ。
「やったあ!私は当たった!」
識は、チラと紙を覗いてから、言った。
「ああ、私もか。一番端に名前を書いただけだったのに。」
「お前引きがいいよなあ。こういう時の勝負強さって頭の良さは関係ないのによ。頭は良いわ運は良いわって、無敵じゃないか。」
博が言う。識は、フンと横を向いた。
「別に、偶然だ。で、場所はできてるのか?」
博は、答えた。
「四階なんだが、今はエステやってるからまだ準備は出来てねぇけど、別に小物だけであとは映像だから問題ない。ちょっと暗くなるから足元気を付けろよ。あ、そうだ持っていける物が決まっててな。」と、足元に置いてある袋を差し出した。「この中から選んで持って行ける。一人二つまで。明日までに選んどいてくれ。」
袋を開くと、中には懐中電灯やら電子辞書やら、ロープやら食料やらが入っているのが見えた。澄香が、言った。
「うわ、辞書がある!ってことはあれかな、英語とかの呪術書とかを読まなきゃならないとかかな。」
「私には必要ない。」識が、あっさりと言った。「欲しい者が居るなら持って行くといい。その電子辞書に入っているぐらいなら頭に入っている。」
澄香は、手にした電子辞書を、顔をしかめて置いた。
「じゃあ、全部識さんに読んでもらったらいいじゃないの。他の物にするか。」
博が、割り込んだ。
「それでもいいけど識がロストしたらどうしても必要な時に読めなくてアウトって事にもなり兼ねないぞ?今回は時間制限があって、詳しい事は言えないが行動が制限されるんだ。つまり、手分けして行動して情報を掴んで来るか、集団で行動して危険を回避しながら良い情報に当たるのは運に任せて行動するかの二択になるだろう。識が居ないから読めなくて、もう一度調べに行くって事になったら時間がロスする。言語が分かる者は組分けをするなら絶対一人は居た方がいいと推奨しておくよ。」
章夫が、首をかしげて言った。
「それって、必要な言語って教えてもらえる感じ?」
博は、うーんと手に持っていた他の紙をめくった。
「そうだなあ~英語は必須だな。ラテン語も分かってたら尚良しって感じ。」
「だったら僕もいいよ。」皆が驚いた顔をすると、章夫は言った。「僕、英語は分かるんだ。だって父方のおばあちゃんがニュージーランド出身なんだ。僕、クオーター。」
日向と佐織が、えーっ!と一気に色めきだった。
「そうなの?!言われてみたら、確かに綺麗な顔してるもんねー。」
章夫は、フフンと胸を張った。
「そうだろ?でも僕バリバリのアジア人顔だけどね。姉ちゃんの方がおばあちゃんに似てるんだー。」と、識を見た。「識さんもでしょ?ちょっとアジア人離れした顔してるもん。」
識は、ぐ、と眉を寄せると、首を振った。
「私は違う。父も母も生粋の日本人だし、辿れる限りの家系に日本人以外が混じっていないのは調べて知っている。君はそう言うが、実際海外へ行ったら私はアジア人だよ。顔つきが全く違う。」
博は、それを聞いて内心思った。
新は、父親の彰にそっくりでかなり美しい顔立ちをしているのだが、普段からあまり表情筋を動かさない、つまりは無表情なので冷たく見えて、よくよく見ないとそれが分からない。
損をしているのだが、本人はそんな事はどこ吹く風なので、本当にニコリともしないのだ。
究極にめんどくさい男なんだよなあ、と、博は言った。
「ほら、顔の事なんかどうでもいいから。さっさと持って行くのを決めてかないとダメだぞ。しっかり考えてな。」
言われて、乙矢が電子辞書を手にした。
「じゃあ、オレが辞書持ってくな。どれどれ、何ヵ国対応だ?」と、電源を入れて、画面を見た。「げ。七か国語対応だぞ!ほんとに英語とラテン語だけでいけるのか?」
博は、頷いた。
「まあ、クリアするのに最低限はな。そりゃ他の言語もあるだろうよ、何しろ世界各国の奴らが集まって面白がって作ったシナリオだからな。いちいち打ち込んで読むと時間が掛かるぞ?重要そうなヤツを選んで読まないとなあ。」
澄香が、言った。
「識さんのグループなら最強じゃない!私識さんと一緒に回る!」
章夫が、言った。
「ちょっと!まだ決まってないんだからね、勝手に決めるな!」
識は、うるさそうに言った。
「今回はNPCも一人参加するから、そいつも言語は堪能だ。別に私で無くてもいいだろうが。」
博が、頷いた。
「そうそう、ジョアンがNPC役で入る予定だ。キーパーのオレは腕時計から会話するから、説明もそこからする。みんなその役になりきって頑張ってくれ。」
するとそこへ、またバリバリの外国人が顔を出した。
「次のかたー!エステの準備ができましたよー。」
章夫が立ち上がる。
「あ、はーい!」と、皆を見た。「行って来るね!持ち物は僕が戻るまで置いといてよ?勝手に決めないでね?」
章夫は、その白衣の外国人について部屋を出て行った。
明日のクトゥルフが、楽しみで仕方がなかった。




