別の遊び
「あのね、すごいいいエステなの!」日向が、艶々としている頬を撫でた。「見て。ツルツル。赤ちゃん並みよ?久隆さんなんか、髭もなくなったってびっくりしてたわ。ほら、めっちゃ綺麗でしょう?」
言われて見ると、久隆は一気に十年は若返ったのではないかという顔をしていた。
「え、凄い!」
東吾は、思わず言った。
久隆は、自分の頬を撫でて頷いた。
「一回でこれ。凄すぎないか?なんか注射してたんだけど、最初怖くてなあ。でも、マジでやって良かった。韓流俳優みたいだろ?」
それは言い過ぎかもしれないが、確かに肌はツルツルだ。
小学生かと思うほどに綺麗な肌だった。
佐織も、自分の頬を撫でながら言った。
「凄いでしょう?もうね、追放されて良かったって思ったもの。みんなそうよ。上の方が良かったのよ。自由だったしね。」
敏弘が、頷いた。
「最新ゲームもあってね。暇な時はやってたんだ。でも、みんなが頑張ってるのに集中できなかったけどね。」
こっちは必死だったのに。
東吾がムッとしていると、浩介が同じようにムッとした顔をしながら言った。
「なんだよ、こっちは必死だったのにさあ。だったら早く追放されたかったよ。」
「そうならないために言わなかったのだ。」識が言った。「何のためにここに来たのか分からないではないか。とはいえ、エステは受けて帰るといい。開発中だからデータは取らせてもらうが、やりたいならさせる。」
「僕も受ける!」章夫は言った。「僕は死んだのがつい昨日だからね。時間が無くてやってないもん!」
とはいえ、まだ日にちはある。
このまま、みんなでグダグタと時間を過ごすだけで良いのだろうか。
東吾がそう思っていると、識が言った。
「まあ…このまま帰るのも何だし、何かゲームをやるか?実は、こうなった時のために準備をしてあってな。ほんの一日ほどで終わるだろう、クトゥルフのシナリオだ。例の薬があるから、リアルに体験できるがな。」
澄香が、キラッと目を光らせた。
「え、クトゥルフ?」と、急にウキウキとし始めた。「いいわね!私クトゥルフも好きなのよ!今回、正直必死で疲れちゃったから、楽しみたいじゃない。もう、偽者だって分かってるんだから、きっとお化け屋敷みたいな感じで楽しめるわよね?」
哲弥が、あーあ、と呆れたように澄香に言った。
「お前しょっちゅうリモートで友達とやってるもんなあ。でも、我がままな発言は無しだぞ?そういえば、ここでカウンセリングしてもらったんだっけ。」
カウンセリング?
東吾が驚いていると、澄香はバツが悪そうな顔をして頷いた。
「ええ。吊られた後に、先生が来てね。精神的に不安定だったら、カウンセリングを受けてみないかって言ってくれたの。それで、私も吊られてショックだったし、哲弥からもそんなんじゃダメだって言われてたのもあって、とっても疲れてたからカウンセリングを受けたんだ。なんか話を聞いてくれてね、めちゃくちゃいい匂いのお香を焚いてくれて、すごく正直に自分の気持ちを吐き出せたわ。その後、すごく気持ちが落ち着いて。どうしてこれまで、私ってあんなだったんだろうってとっても反省したの。」
哲弥は、何度も頷いた。
「ほんと、あの澄香はどこに行ったんだというぐらい、角が取れて丸くなったよなあ。梓乃さんも…良くなったらいいな。」
そうだ、そういえば梓乃が居ない。
東吾は、思わず識を見た。
識は、凄く梓乃に対して怒っていたように思う。もしかしたら、治してないんじゃ…?
章夫が、言った。
「なんか発狂寸前だったんだって?僕が一応、一緒に来たから先生から説明を受けたけど、ストレスでいろんなことに判断ができなくなっていて、おかしな行動してたんじゃないかって。ちょっと人格が崩壊しそうだったから、強制的に眠らせて落ち着かせてから、薬を投与して治療するって言ってたよ。その際、何かご希望はありますかって聞かれたから、僕に執着してるのを何とかできませんかって。」
そんなこと無理だろう。
東吾が顔をしかめると、識が言った。
「私もそれは指示しておいたから、戻って来たらいくらかマシになっているだろう。あれは異常だ。確かに精神的に異常だったんだが、あの状態で殺してまで思い通りにしたいと行動を起こすまで狂うのは稀だ。脳というのは面倒なもので、一度壊れると同じ方向に壊れやすくなるのでおかしな執着は消しておいた方がいい。なので、全く忘れさせるのではなく、薄れさせるように指示しておいた。進行状況次第だが、三日には戻って来られるだろうと思う。」
できるのかよ!
皆が感心するより驚いて恐れ慄いていると、章夫が言った。
「こら!誰にでもするわけじゃないよ?治療なんだよ、治療!このままじゃ梓乃は犯罪者になるかもしれないんだぞ?その一歩手前まで来てたんだから、できるならやってもらわないと困るんだって。君達だって、自分がおかしくなってたら、人を殺す前に治療して欲しいと思うだろうが。」
確かにそうなのだ。
何しろ、あの時梓乃は、確かに章夫を吊り押して遂には殺した。
あれがリアルに起こったら、大変な事になるのだ。
そう思うと、治療は必要だった。
それにしても、そんなことまで出来るのだ。
「…ちょっと、驚いて。」東吾は言った。「記憶をどうのってそんなことまでできるのかって思って。」
識は、頷いた。
「記憶など曖昧なもの。いくらでも改ざんすることができるのだぞ。できればおかしなことはしたくないし、それまで生きて来た道を大切にしてもらいたいが、それがあることで生きることがつらい人々も中には居るのだ。中には記憶のせいで狂って正常に生きられない人もな。そういう人には、必要な処置だ。君達が健康なら、される事は無い。」
確かに健康だと思っているが、そんな事は自分からは分からないだろう。
恐らく、梓乃だって自分が病んでいるなど分かってもいなかっただろうし、あの時は章夫を殺して自分の良いようにしたいと強く思って、それが正しいと信じていたのだろうからだ。
それが、おかしいと気付きもしないのだ。
澄香が、焦れたように言った。
「ねえねえ、そんな事よりクトゥルフでしょ?やりましょうよ、やりたい!もちろん梓乃さんの事は心配だけど…私には分かるけど、先生達がとってもいい人達なの!きっと治してくれるわ。梓乃さんだって、きっとつらかったと思うのよ。章夫さんは、全く梓乃さんに興味がないみたいなんだもの。私だって…最後には信じてくれたけど、哲弥に批判された時はつらかったわ。梓乃さんはもっとつらかったはず。少し忘れた方がいいのよ。」
章夫は、ハアとため息をついた。
「僕が悪いみたいじゃないか。まあ、でも妹ぐらいには思ってたんだよ。何しろ小さい時から一緒だからね。梓乃が僕を異性として好きだって知ってはいたけど、だから気持ち悪かったんだよね…だから、無理に彼女作ったりしてさ。マジ無理だろ?妹とか姉ちゃんに言い寄られることを考えてみろよ。みんな無理じゃない?」
東吾は、まさに自分に姉と妹が居るので、それは無理だと思った。
二人は確かに大切だが、そんな気持ちにはひっくり返ってもならない。
つまりは、そういう事なのだろう。
「…識さんの仲間が治してくれるって言うんだから、信じてオレ達は待つ間遊んどくか。ちょっと重いゲームだったもんな。本当に死ぬんだと思ってたから、生き残らないとって…仲間の命も背負ってるような気がして。ついさっきまでそんな風だったのに、今こうしてみんなで年越しを待ってるなんておかしな気持ちだよ。」
それには、幸次が頷いた。
「だよな。オレもそう思う。さっきまで、殺されるって必死だったよ。でも、誰も死んでなんか無かったし、負けたからって何もなかった。分かってたら確かに諦めてただろうし、識さんの言うことも分かるけど、楽しむって感じじゃなかったもんなあ。」
博が、ため息をついた。
「…じゃあ、まあやるか。オレはシナリオ知ってるから参加できないが、ゲームキーパーの役をしよう。」と、識を見た。「識は知らないよな?今回のシナリオ。」
識は、首を振った。
「知らない。知ってしまうと面白くないだろうしな。何やら颯とジョアンが準備をしていたようだったが、私には隠すから、だったら私も謎解きとやらをしてみようかと。」
またジョアンだ。
東吾は、言った。
「ジョアンって誰だ?」
それには、佐織が答えた。
「四階で私達の世話をしてくれていた人よ。もう見るからに外国人なんだけど、綺麗な日本語を話すの。聞いたら、スウェーデン生まれのアメリカ育ちだけど五か国語ぐらい話せるんだって。日向がイケメンだって大騒ぎしてたのよ。」
日向は、赤い顔をした。
「ちょっと!言わないでよ!」と、話題を反らそうと言った。「でも、颯さんって知らないわ。居たかしら。」
それには、博が答えた。
「颯は世話係じゃないからな。五階に居ると思うが。」
そこへ、ジョアンがやって来て、言った。
「ジョン、ゲームはどうなりましたか?やります?」
ジョン?
東吾は思ったが、識が当然のように答えた。
「皆やると。ただ人数が多いが、大丈夫か?」
ジョアンは、顔をしかめた。
「いえ、多過ぎますね。別にいいですけど、結構狭い範囲で行動しますし事が起こったら一気にロストしますよ。そうなると、ゲーム終了まで観戦もできませんがそれでもいいんですかね。」
すると、哲弥が言った。
「じゃあオレはいいよ。観戦できるってことだろ?」
ジョアンが、頷いた。
「できますよ。そこのモニターにカメラの映像を送って来ますから。まあ、長くて一日ですかね、あのシナリオだったら。早ければ数時間で終わる感じです。多くても5人ぐらいまでにしてもらった方が、観戦する方も見やすいと思います。」
確かにごちゃごちゃしてたら見づらいかなあ。
東吾は、参加しようかしまいか悩んだ。
浩介は、言った。
「オレはもう、最後までゲームやってたし疲れてるからいいよ。他の人が参加したら?」
ジョアンは、首を傾げた。
「どうしましょうか、ジョン。」
識は、鼻で息をついた。
「まあいい。クジでも作ったらどうだ。それで5人決めたらいい。私もクジを引く。君が作ってくれ、ジョアン。」
ジョアンは、顔をしかめた。
「この国のオーソドックスなクジって何ですか?…颯に聞いて来よう。」と、扉へと歩き出した。「あ、ちなみにゲームは明後日、2日にしますね。元旦はゆっくりしてください。明日の朝はお雑煮とお節料理が振る舞われます。ゲームが終わっていて、皆さんで楽しめるので良かったですね。」
ジョアンは人懐っこい笑顔でそう言い置くと、居間を出て行った。
東吾は、自分もこれから謎解きなんてしんどいからもう、いいかなあと思ってそれを見送った。




