表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣の棲む森にて  作者:
人狼
43/66

バックルーム

佐織は、ため息をついた。

負けてしまったのは残念だったが、自分は初日に吊られてラッキーだった。

「佐織、終わったの?」

日向が、大きな画面に背を向けた状態で、ソファに座っていたのだが、振り返って言う。

佐織は、頷いた。

「終わったよ。村は負けた。勝ったのは人狼だよ。」

隣りで座ってモニターを見ていた、乙矢が肩を落とした。

「まあなあ、これじゃあ勝てないよな。まさか東吾が人狼だったとは。だが、識さんを見たか?狂信者のくせに、人狼に投票してるんだぞ?あの人だけは、何を考えてるのか分からないな。」

章夫が、立ってモニターの映像を見ていたのだが、言った。

「識さんは面白くないってやる気が無くなって来てたからね、村と狐が不甲斐ないから。多分、まだ面白くなるかもって思ってやったんじゃないかな。でもさあ、終わって良かったじゃん。カウントダウンみんなでできるんじゃない?僕も下に降りたーい。仲間を労いたいし。」

そこへ、パンパンと手を叩いて、ジョアンという名前の、それでも見た目は外国人バリバリな金髪緑の目の男が、入って来た。

「はい、皆さん!ゲームが終わりましたよ。戻るご準備をお願いします。本日からは時間制限がなくなりますので、ご自由に夜も出歩いてくださって結構です。今、下でゲームを終えたばかりの方々にご説明してますから。部屋へ戻って荷物をまとめて来てください。」

乙矢が、立ち上がった。

「あーあ、負けた負けた!ま、狐になった時点でこりゃ無理だと思ったけどな。こんなことなら、早く吊られてここで観戦してるんだったよ。あんなに必死になってさあ。」

佐織は、それを聞いて苦笑して、立ち上がった。

一階とは違うが、こちらも居間として使えるように改装された、それは大きな部屋だった。

そこに、これまでゲーム内で追放された10人が居て、皆ぞろぞろと出口はと向かっている。

後の一人、梓乃は、精神的に不具合が出ているとかで、別室で治療中だった。

…私も、あの中に残っていたらおかしくなったのかな。

佐織は、梓乃に同情した。

この四階では、階下の客間ほど大きくはない、小さく小分けにされた部屋が連なっていて、バス、トイレは共用だった。

一番最初に吊られた佐織は、気が付いたらここに居て、ジョアンからお疲れ様です、と労われ、温かい食事に、何やら新しいエステの施術やらと至れり尽くせりの状態で、一階から三階までに設置されたカメラから流れる映像を、特等席で24時間観戦することができた。

人狼達の動きも見ることができ、個人の部屋の中までは見えないが、共用部分で起こっていることは、全部見ることができた。

もちろん、音声付きだった。

正直、ゲーム中の人達よりも、ずっと良い待遇で過ごしていた。

次々にやって来る襲撃されたり吊られたりした追放者も、あんなに必死にならずにさっさとこっちへ来れたら良かった、と口々に言った。

佐織は初日に退場したので分からなかったが、かなり精神的に来る毎日だったらしい。

追放時に、あんな醜態を晒してしまった自分が、つくづく恥ずかしかった。

あのせいで、皆一気に追放が怖くなったのだと聞いている。

襲撃組の方は、寝ていて起きたらここだったという状況で、皆怖い思いもしなかったらしいので、襲撃された方がラッキーだったようだ。

モニターの中では、まだ残った8人が困惑した顔をしていたが、佐織はため息をついてこの階にある、自分の部屋へと荷物をまとめに向かったのだった。


一方、一階では起き上がって来た幸次に、浩介があからさまに怯えた顔をしていた。

死んだと思っていたのに、もう起き上がって来たのだ。

東吾も、顔がひきつっていたが、幸次はハッキリしない頭を振って、言った。

「あれ…?オレ、死んだんじゃ。」

「幸次!」歩が、急いで駆けよった。「大丈夫か?!」

幸次は、頷いて歩を見た。

「なんか一瞬気を失ったみたいな。」と、皆を見回した。「あれ。どうしたんだ?」

「ゲームが終わったんだよ。」哲弥が言う。「ごめんな、信じてやらなくて。識さんが狂信者で、博さん、晴太、章夫、東吾が人狼だったんだって。狩人がもう居ないから、人狼勝利だって。」

幸次は、東吾を見て目を見開いた。

「え、東吾も?!」と、ガックリと項垂れた。「じゃあ無理だ。どうあっても勝てなかった。オレは最期まで東吾だけは吊らなかったと思う。」

歩は、苦笑した。

「オレもそう思った。完敗だな。」

すると、機械的な声ではない、違う男声がモニターから流れて来た。

『お疲れ様でした。ゲームが終了しましたので、皆様そちらへ戻る準備をしております。すぐに降りて行かれますので。まだお日が残っておりますし、今日は大晦日で、年越しそばのご準備ができております。』

年越しそば?!

というか、勝利陣営は戻って来れるっていうのは…。

「え、みんな生きてる?」

思わず東吾が言うと、識が後ろから言った。

「本当に死ぬはずなどないではないか。そもそも、君達は日常を離れてスリルを求めてここへ来たのだろう?言ったではないか、死んではいるが、死んではいないと。あれはただの仮死状態だ。みんな元気なはずだぞ。」

皆が驚いて振り返ると、隣りの博が言った。

「だーかーらーこれは遊びなんだって。生きて帰れると分かったら、君達はそんなに必死になったか?たった百万ぽっちで。命懸けだから頑張ったんだろ?本気のゲームをさせてやろうって、こんな事をしたんだよ。」

東吾は、唖然と二人を見つめた。

つまり…、

「え…」東吾は、思わず立ち上がった。「待ってくれ、じゃあ識さんと博さんが主催者?!」

識は、頷いた。

「そう。別に参加しなくても良かったが、面白そうだから参加した。だが、思ったほどではなかったがな。ちなみに私達にもどの役職が来るのか分かっていなかったぞ?完全にランダムだったが、たまたまこうなったのだ。もう少し骨のある戦いがしたかったが、仕方がない。こんなものなのだろう。」と、ブツブツと愚痴るように続けた。「…父が得るものもあるかもしれないとか言うから参加したのに…これで何を得るというのだ。」

博は、苦笑して識の頭をポンポンと叩いた。

「だからそういうのだけじゃねぇ。お前の親父だって、これでいろいろ考え方が変わったことがあったんだ。自分で考えな。」

識は、うるさそうにその手を払った。

「いつまでも子供扱いするな。全く。」

確か識は29、博は32のはずだけど、昔から子供扱いってことか…?

幸次が、言った。

「待てよ、いろいろ聞きたいことがあるぞ!」と、なんとか立ち上がった。「じゃあ…瓶の薬とか、そうだ、あのフードの化け物とか!なんかからくりがあるのか?!」

識は、うるさそうに答えた。

「そもそもがあれは薬などではない。ただの酒だ。腕時計に仕込んである薬が飲む動作をした瞬間、遠隔操作で薬品を投与するように上から指示を出すだけ。カメラがあるのだ。」と、居間の天井の隅を指した。「あそことあそこ。他にも共有スペースには全てな。全部上から見ていて把握しているのだ。」

言われて見ると、確かに何やら小さな玉のようなものがあちこちにある。

あれがカメラなのか。

「化け物は?」東吾は、言った。「あんなものまで作るのか?」

識は、それにも淡々と答えた。

「あれはただの映像だ。」東吾が反論しようと口を開きかけると、識は続けた。「それを実態として認識できる薬品が、投票時に部屋の空調から出ていたのだ。皆が知らずにそれを吸い込んでいたので、本物の化け物に見えただろう。章夫など、そこにない映像の小瓶をさもあるように認識して飲んでいたではないか?そうとしか認識できないのだ。脳というのは曖昧でな。認知機能の改善のために開発している中で生まれた、そういう薬もあるのだよ。」

そういうことか。

東吾は、世の中には知らないこともたくさんあるのだと知った。

本当にそこにあるとしか思えないものでも、本当にあるかどうかなど自分の脳の認知機能次第なのだ。

そう思うと、こうして集っている仲間達のことも、もしかしたら自分の想像の中なのかも知れない。

実際には、自分すら存在していないのかも…。

そんな考えに至りそうになって、東吾は慌てて頭を振った。

何やら哲学的な迷宮に陥りそうだったからだ。

そこへ、荷物を抱えた章夫が飛び込んで来た。

「やったね!勝ったんだ、嬉しいよ!しっかり梓乃に仕返しもしてくれてさあ!胸が空いたよ。その瞬間は見られなかったけど、ジョアンに録画を見せてもらったから君達が何を思って何をしたのか知ってるよ!」

大きな荷物を放り出して駆けよって来る章夫に、東吾は仰天して言った。

「あ、章夫?!ほんとになんともないか?!」

章夫は、何度も頷いた。

「平気平気!目が覚めたら四階で。ジョアンに説明してもらって、その後はリアルタイムで上で見てたよ。他のみんなも元気だし、上のが居心地良かったからみんな死んで良かったって言ってた。今、部屋に荷物を置いてると思う。」

章夫は真っ直ぐここに来たんだな。

東吾は、脇に転がる章夫のカバンを見て思った。

というか、ジョアンって誰だ。

そこへ、カートを押した見慣れない人達が入って来た。

「年越しそばですよ。どちらに運びます?」

たった今まで生死の境で戦っていたのに。

東吾は思ったが、ぞろぞろと入って来た和やかな様子の追放されたもの達に囲まれて、ゲーム後の感慨も何もなく、気が付くとソファに座って年越しそばを啜っていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ