四日目の昼から夕方
朝の会議では、乙矢が居ない事もあり、妃織と識が自分の真目を上げるために意見を出していた。
識と妃織が言い合うような事は無かった。なぜなら、識が挑発には一切乗らないからだ。
感情的に言葉をぶつけられても、識は淡々と返すだけで煽るような言葉も言わない。
そうすると思うように言い合えないので、妃織は焦りもあって泣き崩れることになる。
そこに梓乃も入って来て、大騒ぎで識はあからさまにうんざりした顔をして、感情をぶつけて来るのなら議論などしない、と言って部屋へと籠ってしまった。
邦典は朝からずっと疲れ切った顔をしていて、それでも険しい目でそんな議論を見ていたのだが、段々に落ち着いて来たような顔にもなって来ていた。
東吾は、すっかり皆、集まらなくなってしまって、バラバラになっている状況に逆に心配した。
このままでは、ゲームが崩れてしまって全員追放なんてことにならないだろうか。
何しろ、皆のやる気が著しく無くなってしまっているのだ。
それを心配した東吾は、居間のソファで一人、ぼうっと考えている邦典に歩み寄った。
「邦典?大丈夫か、みんな陣営が分かって来たせいかバラバラになってしまっているな。どうしても、夜の会議だけはしなきゃならないよな。」
邦典は、最初ビクッと振り返ったが、話し掛けて来たのが東吾だと分かると、ホッと肩を落として、言った。
「そうだな。みんな自分のことばっかだ。」と、東吾を見上げた。「なあ東吾。村の進行を、任せてもいいか。」
東吾は、驚いた顔をした。進行って…そもそも自分は人狼だし、まだ村目線東吾の村人は確定していない。
誰が自分の言う事を聞くというのだろう。
「…すまないが、オレじゃあ役不足だよ。しんどいかもしれないけど、手伝うから邦典が頑張ってくれないと。」
邦典は、がっくりと肩を落として首を振った。
「オレじゃダメなんだ。多分、オレは今夜噛まれる。敏弘だって、狩人の護衛が外れた時に死んだ。昨日…多分、狼は狩人を探して噛んだんじゃないかって思うんだ。」
東吾は、頷いた。別に狩人がどうのというのではなく、だったらいいなで噛んだんだけど。
「…だろうな。」東吾はそう答えた。「狼の考えなんか分からないけど。」
邦典は、頷いて項垂れた。
「だな。もう、自信がなくなった。もう噛んでくれたらいっそ楽だなって思うぐらいだ。本当に分からないし、なのに決めなきゃならないのが重くて仕方がないんだ。東吾からは、見えてる視点が違うんだろうけど。」
東吾は、確かに人狼なので全ての黒を知っているが、言うわけにも行かないので言った。
「オレ目線じゃ、梓乃さんが間違いなく人外だから、その梓乃さんが吊りたがってる章夫は白なんだろうなあって思うんだよね。でも、段々ただの私怨じゃないかって思い始めてもいる。だって、なんか妃織さんと結託し始めただろう?狼同士だったら、あんなにあからさまにするかな。妃織さんが利用されてるのかなとか思ったりもしてる。オレだって分からないよ、狼が考えることなんて。もっと分からないのは、梓乃さんの異常さと、妃織さんの感情的な様子かな。あれをどう見るのか、考えたって分からないよな。」
邦典は、頷いた。
「吊られるって必死なんだろうけど、泣かれたらもう、そこで議論がストップしてしまうから困る。真実が濁って分からなくなるんだ。本当に何を信じたらいいのか…敏弘からイニシアチブを奪ったのに、オレは結局何もできていないんだ。結果、敏弘から狩人の護衛が反れて、噛まれてしまった。オレのせいだ。」
東吾は、邦典がそう思っていたのを初めて知った。
確かに邦典は強引だったし、しかしそれで敏弘が楽になった顔をしていたのは確かだ。
なので、言った。
「敏弘には向いてなかったよ。本人だってホッとしたような顔をしていたじゃないか。噛まれたのは、前日守ってて守れなかったからだろう。自分を責めるんじゃない。」
邦典は、何度も頷いて、すがるように東吾を見上げた。
「…弱気になってすまない。でも、君には言っておくよ。貞行が狩人だったんだ。オレは、今夜噛まれる。多分。」
東吾は驚いた顔をした。やっぱりそうか…!
「え…オレに言っていいのか?」
人狼なのに。
東吾は、良心が痛むのを感じた。こんな風に信頼してもらえるように頑張ったが、いざこうして心底信じてしまわれるとつらくなる。
東吾は、根っからの悪人にはなれないタイプの人間だった。
邦典は、頷いた。
「君にしか言えない。狼は君を噛まないし。もし、人外が狩人を騙ろうとしたら、それを糾弾してくれ。オレから聞いてるって。それで、なんとか勝ってくれ。」
東吾は、顔をしかめた。本当に邦典は、自分を信頼しているのだ。
「…だからまだ噛まれるとか言うな。一緒に生き残るんだ。まだ、狼は狩人を噛めたことを知らないんだ。だから、今夜もきっと大丈夫だ。狩人らしいところをひと当たり噛んでからだと思うよ。だからそんなに自暴自棄になるな。」
邦典には、生き残ってもらいたい。
だが、生き残って自分が狼だったと知った時、どんなに絶望するかと思うとどうしたいのか自分でも分からなかった。
邦典は、少し口の端を歪めて微笑むと、頷いた。
「ああ。でも、話したら気が軽くなった。これで、人外に狩人騙りをされて生き残られる未來がなくなったから。オレが噛まれたら、後を頼む。」
東吾は、頷くしかできなかった。
もう、本当に勝ちたいのかどうかも、分からなくなって来たのだ。
何しろ村はバラバラで、狼すらもイージーゲームだとやる気が失せて来てしまっている状態なのだ。
東吾は、とにかくゲームを成り立たせるためにも、夕方の会議だけはしなければ、と、皆を訪ねて説得することにしたのだった。
東吾が一部屋一部屋訪ねて説得した結果、なんとか乙矢以外の全員を夕方6時に居間に集めることに成功した。
梓乃のことはさすがに自分では無理だろうと思ったので、邦典に頼んで呼び出してもらい、生き残っている13人は居間に集まった。
だが、誰も口を開かない。
なので、東吾が言った。
「このままじゃ人外の思うツボだ。とにかくしっかり考えて、後々後悔がないようにだけしよう。みんな疲れてるんだよ。分かってるが、ゲームが崩壊してしまう。そうなったら、全員が追放とかなるかも知れないんだぞ?ルールブックを見ただろう。妨害行為は追放対象になるんだ。落ち着いて話そう。」
言われて、確かにその通りだと思ったのか、哲弥が言った。
「ごめん。なんか議論にならないから、めんどくさくなってしまって。妃織さんは泣いてるばっかだし、梓乃さんはわめいてるし、それじゃあ村のためにはならないから、もう人外でいいやって投げ槍になってた。」
幸次も、頷く。
「オレも。決め打ちするなら識さん一人を残して他を吊ればいいじゃないかって、今日明日の吊り先が決まったぐらいに思ってた。そんな安易じゃダメだな。」
識は、興味も無さげに黙っている。
とりあえずここに座っているだけでも良いのだからと、東吾はそれを気にしないようにしていた。
「それで、邦典ももう疲れてるんだ。邦典一人に任せるのは止めて、みんなで考えよう。乙矢が来てないから、今夜は乙矢だとしても、そこもよく考えないと。乙矢もみんなを説得する気力が失くなっただけなんだと思う。みんなで乙矢の部屋に行って、話を聞くべきなんじゃないか?」
「…その必要はない。」驚いて扉の方を見ると、開け放たれたままの居間の扉から、乙矢が入って来ていた。「東吾は、多分真猫又だな。そうだ、そもそもオレを庇うことからして村人なんだよ。」
「乙矢!」東吾は、言って椅子を促した。「良かった、議論に参加してくれる気になったんだな。」
乙矢は、椅子に座らずに暖炉へと歩み寄って、手に持っていた小瓶をその上に置いた。そして、言った。
「…真実を話に来た。東吾がオレにもなんとか話をさせて、真実を知りたそうにしているのを見て、覚悟を決めたんだ。みんなが偽だと言ってるのに、安易に決めずにオレにも機会を与えようとしてくれる。オレは人として、しっかり話さなきゃならないと思った。」
東吾は、ゲームが崩壊してしまうと、邦典の期待にせめて応えようとしただけだったのに、と驚いた顔をした。
乙矢には、そう見えたのだ。
「え、何か隠してることがあるのか?」
東吾が言うと、乙矢は頷いた。
「ごめんな、東吾。オレは真占い師じゃない。狐だ。妖狐陣営の、狐。背徳者はもう生き残っていない。もうオレ達は生き残れないから、だったらせめて村に貢献して死のうと思った。少しでもオレを、利用するんじゃなくて信じようとしてくれた、東吾のためにな。」
狐CO…!
東吾の胸は、ドキドキと早鐘を打った。
まずい…!もしかしたらオレは、余計なことをしてしまったのか…?!
だが、識を見ると、何やら興味深げな目で乙矢を見ていた。




