誰を吊るのか
「…乙矢が真の可能性はまだあるのか。」邦典は、自分に問い掛けるように言った。「章夫が偽なら。」
妃織が言った。
「ないわよ、私が本物だもの!識さんだって偽だわ。みんな信じてるけど、私目線じゃ二人とも人外!」
邦典は、うるさそうに手を振ってそれを黙らせた。
「君目線のことなんか聞いてない。そもそも君は今日になってなんでそんなに必死になるんだよ。まるで哲弥を庇ってるように見えるぞ。」
妃織は、ぐ、と黙った。
昨日まで、まるで他人事のように涼しい顔をしていた妃織が、澄香に絡んで哲弥が疑われ出すとまるで何やらスイッチが入ったようにわめいている。
皆が自分を見ているのに気付いた妃織は、言った。
「…違うわ、昨日占ったから…。白が出てるのに、疑われるのはおかしいと思ったの。」
「久隆さんだって白が出てた。」乙矢が、言った。「なのに皆で吊ったじゃないか!仮に白人外だったとしても、黒と言った章夫は偽物だ!つまり、久隆さんが白人外だろうとなんだろうと、黒じゃないのをオレは見てるんだから章夫は偽物なんだよ!なんで分かってくれないんだ!」
章夫は、言った。
「何とでも言えばいいさ。でも、オレ目線じゃ君は偽物だ。妃織さんはまだ分からない。でも、オレは識さんが真だと思う。冷静だし、ちゃんと盤面を見て話してるからね。きちんと秩序立てて自分の白黒をだから白だった、黒だったって説明してくれないと、納得できないんだよ。みんなに、占ったから黒!とか白!とか言って、信じられると思う?」
「そんなもの、見たんだから仕方ないだろうが!」
乙矢は言ったが、皆の冷たい視線に晒されて、たじろいた。
そう、確かに結果がそうなのだと、皆に納得させなければならないのだ。
占い師は、一人ではない。
三人も居るのだ。
「…まあ、これで三陣営が占い師に出てるって分かったから良かったんじゃないか。」博が言った。「だってそうだろう?もしかしたら狂信者と狼と真だったかも知れないんだぞ。だが、この本気のやり合いを見ていたら、三つの陣営が争っているのが分かる。間違いなく、狼陣営、狐陣営、真が占い師の中に居るんだ。」
その通りだった。
昨日までは、まだ分からなかったので恐らく狐も出ているだろうとしか、村目線では言えなかった。
だが、こうして三つ巴なのを見ていたら、間違いなくこの三人は敵同士なのだ。
梓乃が、言った。
「…霊媒はローラー完遂するべきだわ。」その冷たい声に、皆が驚いて梓乃を見る。梓乃は続けた。「それから黒を吊るの。だって、まだどっちが人外なのか村目線では分からないじゃない。両方吊れば、少なくとも一人外は落ちたって村目線では分かる。」
邦典が、言った。
「だが、吊り縄の余裕が無くなるかもしれないんだぞ。もし澄香さんが白だったらどうするんだ。佐織さんと霊媒の真の方と、澄香さんで三つ縄を無駄にすることになるんだぞ?」
梓乃は、首を振った。
「澄香さんは怪しいわ!初日から怪しいと思ってた。識さんが言うように、乙矢さんが偽だったとしても黒の可能性はあるわよ!黒だと思う!だから霊媒をローラーして、明日澄香さんを吊って!」
狼目線ではまずいが、村目線でも今見えている情報だけでそれはまずいと思うはずだった。
そもそも梓乃の言うことは、自分の感情でしかなく、ただフィーリングだ。
それで村を動かすのは、難しいと思われた。
「もしかしたら、やっぱり澄香さんは白なんじゃないの?」章夫が、言った。「だっておかしいじゃないか。そんな感情だけで吊れって言うなんてさあ。村が追い詰められる可能性があるんだよ?白だったらどうやって責任を取るつもり?もしかしてさあ、色が見えてるんじゃないの?」
梓乃は、顔を赤くして言った。
「あなたを吊りたかったのよ!絶対怪しい!だってこれまで私を遠ざけたことがあった?なかったじゃない!人外だから側に居て欲しくなかったんじゃないの?!」
そんなことで。
東吾は、顔をしかめた。
そもそもがそれは、人狼ゲームじゃない。
章夫は、呆れて言った。
「何言ってんだよ。僕はお前なんかなんとも思ってない。母さんが家に入れるから、家の中に居たかも知れないけどこれまで僕が自分からそっちに行ったことあった?無いだろう。だっていつもいつも、鬱陶しかったんだよ。今回だって勝手について来たんじゃないか。遠ざけた事あったかって、遠ざけたいけど母さんに上手く取り入って僕の意見なんか聞いてくれなかったじゃないか!この際言ってとく。お前なんか嫌いだ。このまま生きて帰れても二度と付きまとわないで。ま、僕は東京の大学だからもう二度と家には帰らないけどね。とにかく、いい加減にしてくれ。そんなことにみんなの命を懸けられると思ってるのかよ!」
梓乃は顔を歪めたが、前のように駆け出して行く様子はなく、キッと章夫を見上げた。
「あなたは人外よ!そうでないと、私にそんな酷いこと言えるはずがないもの!」
「待て!」邦典が、怒鳴るように言った。「いい加減にしろ!君はゲームの勝利より、自分の私怨を晴らすことばっかりじゃないか!章夫が言ってることは間違ってない。そんな事にオレ達は命を懸けられない!章夫と君が敵対陣営なら、オレは君が人狼か狐だと決め打つぞ!」
梓乃は、驚いたように目を見開いた。
「え、どうして?!私は村人なのに!」
邦典は、更に怒鳴った。
「村人ならそんな理由で村の吊り縄を使うなんて言わないからだ!君が人外だとオレが思うからだよ!君が言っているのはそういうことだろ?君が人外だと思うから章夫を吊るんだろ?だったらオレも君が人外だと思うから君を吊る!」
梓乃は、言われて唇を噛んだ。
返す言葉がなかったのだ。
博が、割り込んだ。
「まあ、落ち着いて。」と、梓乃を見た。「梓乃さんも。少しキッチンにでも行くか?議論ができそうにないし、話を聞こうか?」
梓乃は、下を向いて頷くと、椅子から立ち上がった。
博は、皆に行って来ると会釈をしてから、梓乃を連れてキッチンへと行ってくれた。
あのままでは、議論ができないと気を利かせてくれたのだろう。
東吾は、ホワイトボードの前に立ってまだ赤い顔をしている、邦典を振り返って腕に触れた。
「邦典、大丈夫か?分かるよ、オレも聞いてて腹が立った。博さんが連れ出してくれて助かった。」
邦典は、自分を落ち着かせようとふう、大きく息をつくと、苦笑した。
「ごめん。こっちは命がけだって必死になってるのに、何言ってるんだって熱くなっちゃって。章夫も大変だな、あんなのに付きまとわれて。」
章夫も、まだイライラと興奮しながら頷いた。
「ほんと、生きて帰れたら母さんとも絶縁してやる。あんな女のどこがいいんだよ、昔っからあの子をお嫁さんにしたらどうってそればっかり。こっちにも好みがあるっての!」
よく見たら、梓乃は可愛らしい顔はしているのだ。
だが、息子が嫌がってるのにゴリ押しはおかしいだろう。
東吾は同情して、頷いた。
「東京に出て来るんだろ?だったらもうこっちで就職して一人暮らしして実家とは疎遠にしたらいいんだって。無理に絶縁とかしこりを残すような事はしない方がいいかもしれないぞ。」
章夫は、フンと鼻から息を吐いて、頷いた。
「考えとく。」
識が、ため息をついて立ち上がった。
「面倒だな。梓乃さんは初日からただ黙ってこちらの様子を伺っているようで、それなのに全く意見を村に落とさない。聞かれたら答えるが、極端な意見だったりする。今回のようにな。その思考の根幹が、感情から来ているとなると今後の事を考えても、今夜ぐらい占いたいと思うな。色を付けておかないと、まずい事になりそうだ。とにかく、私は少し休憩したい。ああいう感情的なのは苦手でね。聞いていて気分が悪くなる。」
邦典は、慌てて言った。
「すまん。あんまり勝手な考えだから、腹が立ってしまって。じゃあ、次は昼ごはんの後、13時からでいいか?」
識は、歩き出しながら頷く。
「任せる。だが、今のままでは議論は進まないと思うぞ。」
そうして、識は少し不機嫌なまま居間を出て行った。
東吾は、今日はどこを吊るべきなのだろうかとため息をついたのだった。




