三日目の朝
次の日の朝、もう習慣になって来ているのか、東吾はしっかりと閂が抜ける前に目が覚めた。
目を開いてすぐに、バチンという音がして、鍵が開いたのが分かった。
急いで飛び起きると、扉を開いて廊下へと飛び出す。
目の前の扉は久隆の部屋なので誰も出て来る事は無く、その隣りの扉から章夫が、自分の隣りの部屋からは浩介が、無事な姿で出て来ているのが見えた。
「…無事か。」
東吾が言うと、浩介は黙って頷く。
思えば、最初はあれだけ頑張って話していた浩介が、ここ数日は全く話していなかった。
精神的に参って来てるのか、と気の毒に思いながら廊下の向こうを見ると、妃織が叫んでいた。
「こっちへ来て!敏弘が出て来ないの!」
…噛みが通ったか。
東吾は、内心ほっとした自分に驚いた。だが、毎日こんなことを繰り返していると、もう勝つことしか考えられないのだ。
あれだけ話していた敏弘が死んで、もう会えないかもしれないのに、安堵の感情しか湧かなかった。
敏弘の5の部屋へと向かうと、当然のことながら鍵は開いていて、中へと入って行けた。
妃織は、自分の彼氏なのに入り口のところで躊躇していて中へと足を踏み入れられないようだ。
東吾は、仕方なく思い切って敏弘の部屋へと足を踏み入れた。
「敏弘?入るぞ。」
しかし、応答はない。
襲撃されたのだから、昨日の日向と同じだろうと思われたが、東吾はそろそろと足を進めた。
「敏弘?」
見ると、敏弘はベッドの上で普通に大の字を書いて寝ていた。
口は半開きで、爆睡していてこちらの呼びかけに応えないと言われたらそうにしか見えない。
だが、決定的に違うのは、薄いシーツが乗った胸が、全く呼吸によって上下していないということだった。
…死んでる。
東吾は、そこへ来てやっと慄いた。
昨日まで敏弘だった体が、今はただの死体となってしまっているのだ。
そうなった途端、怖いと感じるのだから人の感情とは薄情だった。
そこへ、識が声を掛けて来た。
「東吾?どうだ。」
東吾は、降りて来てくれたのかと渡りに船と急いで振り返ると、識を必死の形相で見た。
「し、死んでる。多分。呼吸してないから…。」
識は、黙って頷くと歩いて来て、確かめた。
その様子は、死体を恐れるような様子は全くなく、ただ淡々としている。
それを見て東吾は、医者は偉大だなあと思った。
自分だっていつかは死ぬ。その時に東吾のように皆が恐れるばかりだと、一体誰が自分を葬ってくれるというのだろう。
そう思うと、人の生き死にに関わる全ての職業の人々が偉大に思えて来て、尊敬せずにはいられなかった。
識は、言った。
「…相変わらず死にたてホヤホヤの状態。死んでいるが、死んでいないのだろう。」
東吾は、ホッとしたようなしかし死んでもらわないと困るというような、どこか複雑な感情が湧いた。
死んで欲しくはないのに、自分を生かすためには死んでもらわなければならない。
そこで初めて、嫌なゲームだな、と思った。
おかしな事に今の今まで、このゲーム自体を疎んじていなかったのだ。
生きるためにやらなければと思って、ただ必死だったからかもしれなかった。
「敏弘まで…!」妃織が、入り口付近で言った。「狩人は共有者を守ってくれなかったの?!」
邦典が、言った。
「狩人だって連続護衛ができないんだから、もし昨日守ってたんなら無理なんだよ。狩人を責めるのは間違っている。」と、集まっている皆を見回した。「他は?みんな居るな?」
全員がお互いの顔を見ながら頷いた。
今のところ誰も他に出て来なかった人は居ないようだ。
邦典は、続けた。
「じゃあ、会議だ。このまま人外を全部排除しない限り、こんな朝が続くんだぞ。7時に居間で。早いとこ準備して、降りて来てくれ。」
相方が死んだのに。
東吾も皆も思ったが、邦典は知っているのだ。
明日は、自分かもしれないということを。
東吾は、部屋へ帰ってシャワーを浴びて、急いで朝御飯のパンを水で胃に流し込んだ。
早く結果を聞きたかったし、妃織の朝の反応を見ても、自分が占われたのではないようだ。
東吾を避ける様子もなかったし、逆に敏弘のことで頼っているような様子だった。
仮に占ったと言ったところで、恐らく白を出すつもりなのだろう。
そうなったら妃織が人外、狐なので対応を考える事もできる。
早く結果を聞いて、そこのところを考えておきたかった。
それだけ急いだのにも関わらず、やはり一階に降りるともう、多くの人達が来ていた。
考えたら、東吾は朝、風呂に入るので、その後食事を摂ったりしていたら、そこそこの時間になるのだ。
今夜は、夜済ませておこうと東吾は皆に合流しながら思っていた。
夜中には付いていたモニターも、朝は消えて真っ暗だ。
東吾は、その下の椅子に座る人達に合流して、言った。
「遅くなった。みんなもう来てたんだ。」
邦典が首を振った。
「まだ7時まで15分ある。ところで、結果が出揃ったんだ。」
「え?」
ホワイトボードを見ると、昨日は会議が始まってからだと言っていた占い結果と霊媒結果が、もう書き込んであった。
妃織は、哲弥白、識は、晴太白。そして、乙矢は澄香黒だった。
「え…」思わず、東吾は澄香の席を見た。「黒?!」
やはり乙矢が偽物。
東吾は内心思ったが、澄香と哲弥はまだ来ていない。
章夫は、言った。
「僕は信じてないよ。」と、乙矢を睨んだ。「だって、昨日の久隆さんの霊媒結果は黒だったからね。乙矢は久隆さんに白を打ってた。つまり、初日に囲ってたってことだ。今日黒が出るのがわかっていたから、澄香さんに黒を打ったんじゃないの?」
乙矢は、フンと鼻を鳴らした。
「そっくり返すぞ。オレ目線じゃ君は偽物だ。オレが今日、黒結果を出すと思ってこうなるように黒を出したんだろう。澄香さんを庇ってるんだよな?」
そうなるのか。
東吾は、顔をしかめた。人狼目線、乙矢が狐陣営確定だ。となると、昨日吊られた久隆は同じ陣営だった可能性があり、初日に囲ったのだろうと思われた。
そして、霊媒などという生き残るのが難しい位置に出て来た事を考えても、久隆は限りなく背徳者に近かった。
とはいえ、初日適当に打った白が霊媒に刺さっていた可能性もあった。
どちらにしろ、乙矢は狐だ。
だが…。
「…難しいな。」博が言った。「久隆さんが黒なら、初日に相互占いを推した乙矢の行動はおかしい。二分の一で真占い師に暴かれるのに、執拗に相互占いを推していただろう?まあ、三人居るから乙矢が突っ掛かっていた識の占い先を占うと、必然的に識は妃織さんの白を占わないといけなくなるから、久隆さんを占うのは妃織さんになることに。現にそうなったが、妃織さんはあの時一番真目がないと思われていた。その上久隆さんを占わなかった。こうして後々のことを考えて、真らしい識に突っ掛かっていたとも考えられる。」
上手いこと言う。
東吾は、ホッとした。そういう風にも考えられるからだ。
そこへ、澄香と哲弥が入って来て、皆の深刻な様子に驚いた顔をした。
「どうしたの?」と、澄香はホワイトボードを見た。「え…私が、黒?!」
哲弥も、驚いてホワイトボードを見る。そして、言った。
「…乙矢の結果か。」と、霊媒結果も見た。「章夫とは合わないな。」
章夫は、頷く。
「僕が澄香さんを庇ってるって言われてるんだ。僕はただ結果を知らせただけだ。」
澄香が叫んだ。
「あり得ないわ!章夫さんは、私を吊ろうとしていた筆頭だったのよ?!だから、初日は私を黒塗りして陥れようとしてるって思って、章夫さんに入れてるわ!」
乙矢が、反論した。
「あんなの吊れない票だろうが!初日は君しか章夫に入れてなかったぞ?切ろうとして入れた票なんだろうが!」
しかし、哲弥が言った。
「いや…澄香は会議に参加してなかったから、それが吊れない票かどうかの判断はできなかった。そうだよ、章夫は初日に澄香を本気で吊ろうとしていたし、現に澄香に票も入れてる。霊媒を騙ってたからだ。久隆さんは入れてなかった。だから吊るのは二人のうちどっちかっていわれたら、久隆さんだと思って…でも、恐らく白だろう澄香を激しく吊り推してたから、迷ったけど土壇場で章夫に票を変えた。昨日めっちゃ考えたから間違いない!章夫が澄香と同陣営で、庇うとかあり得ないんだ!章夫は真だ!」
乙矢は、フンと鼻を鳴らした。
「だったら哲弥も同陣営だな?君は結局初日、佐織さんに入れてるだろう。口では疑うような事を言って切って、投票しなかったんだ。」
妃織が、珍しく割り込んだ。
「待って、違うわ哲弥さんは白よ!そもそも章夫さんと澄香さん、哲弥さんが同陣営だったら、昨日の二択で章夫さんに死ぬかも知れない票を入れてるのはおかしいわ!狐が狼を吊ろうとしてるかもって黙ってたけど、哲弥さんは白なんだもの!必然的に章夫さんも澄香さんも白だわ!章夫さんの結果は真なんだわ!」
哲弥が澄香を庇ったことで、章夫が白くなり妃織が章夫真で考え始めた。
そこに、狼は全く手出しをしていない。偶然が重なったとも考えられたが、識が敷いたレールの上を、粛々と進んでいるようにも見えた。
何しろ、久隆に黒を打てと言ったのは識で、乙矢の昨日の様子から、澄香に黒を打つかもしれないと推測していたからだとしたら分かるからだ。
章夫が白を打っていたなら、恐らくここまで荒れなかっただろうし、霊能ローラーも一時止まる可能性があった。
だが、こうなって来ると止まらないかもしれなかった。
「…どちらの占い師も私から見たら偽だから、私目線では章夫の真が確定はしない。」識が言う。皆がそちらを向いた。識は続けた。「だが、妃織さんまで参戦して来たのを見ていると、狼と狐の争いなのかもしれないと思っている。どうする?乙矢は澄香さんに黒を打ったが、私目線ではその結果が間違っていない可能性もあるのだ。つまり、乙矢が狐陣営で澄香さんが狼陣営という、敵対陣営同士の可能性だな。妃織さんも占っていないのだから、確かに澄香さんが白だと言えないのだろう。なので、澄香さん吊りでもいい。」
邦典が、顔をしかめた。
「章夫が真じゃないかもしれないのに?」
識は、邦典を見て答えた。
「確かにそうだが、私は確定させる要素がないだけで、章夫を限りなく真だと思っている。なぜなら久隆さんに黒を打ったからだ。もし偽なら、昨日も言っていたように必ず白を打っただろう。こうして乙矢との争いになるからだ。久隆さんは、乙矢の白だったからな。まだ三日目だし、真占い師かもしれない乙矢と争いになるは先延ばしにしたいと考えるのが人外だろう。章夫は、本当に黒を見たから黒だと報告しただけだろうと思う。本人もさっき、そう言っていたしな。」
章夫は、不貞腐れた顔をした。
「僕は結果を騙ったりしないよ。どうしても勝ちたいからね。この情報を元に、みんなにしっかり考えて勝ってもらわないと。僕は居なくなるかもしれないけど、勝ってくれたら帰って来られる希望があるしさ。」と、乙矢を見た。「それに、僕が久隆さんに黒を打ったからって澄香さんとのラインなんてないよ。それはこじつけだ。だって、久隆さんも澄香さんも黒って可能性は、僕目線ではあるから。乙矢が狐で、知らずに初日に黒の久隆さんを囲ってしまってたのかもしれないでしょ?で、今日は黒だと思って澄香さんに黒を打って来た、ってのも考えられる。乙矢が偽だと分かったからって澄香さんまで白だとは限らないってのが僕の目線だ。分かる?」
言われてみたらそうなのだ。
章夫は乙矢が偽だと自分の黒結果で自分目線証明したが、乙矢が狼なのか狐なのかは分からない。
人狼や、人狼を知っている狂信者なら誤爆はありえない。だが狐が、狼らしいところに黒を打って来たとしたらあり得るからだ。
昨日、一昨日と章夫に投票している澄香と、章夫が、これによって完全に同陣営とはならないという事なのだ。
邦典は、一気に動いて来た盤面に頭を抱えた。
識は、それを黙って見下ろしていた。




