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結局、占い先の振り分けは、全体目線のグレーの六人からそれぞれに行われた。
識には晴太と歩、乙矢には澄香と浩介、妃織には哲弥と東吾となった。
狼目線、妃織の真は大いにあり得るので、東吾は黒を打たれることがあるかもしれないと、覚悟しなければならなかった。
そのための、猫又騙りの準備は充分に整えて来たつもりだったので、東吾は明日の戦いを覚悟していた。
だが、少しは妃織の心象を良くして、占われるのは遅らせたいとは思っていた。
ただ、そうなるとグレーに残り続けるので、また面倒なのは変わらなかった。
できたら妃織が偽で、白を出してくれるのが一番いいのだが、乙矢の様子を見ても、どちらかと言うと妃織が真のように狼目線では見えた。
…思えば、妃織は日に日に真っぽくなって来るような気がする。
東吾は、思った。
本人が言っていた通り、占えば自分の真が自ずと村に分かって来るのだ。自分が村なのに黒を打たれたり、霊媒結果から破綻したりと、いろいろな事が起こって来るのだ。絶妙な計算の上で結果を出して行かないことには、騙っている方は破綻する可能性があるので、どうしても必死になる。
妃織の余裕は、そう考えると真そのものなのだ。
だが、仲間が居てそれに任せて何も考えていないからそうなっているのかもしれないし、どちらにしろ東吾達人狼には確信的な何かはなかった。
妃織が、狐か真占い師のどちらかなのだけ、人狼には分かっているのだ。
妃織は、狐で背徳の幸次を囲っているのだろうか。
東吾は、ふと思った。
そうだとしたら、相互占いにも動じず、乙矢がなんやかんや言っていても問題なく、平気だったのかもしれない。
日向は本当にただ、佐織に入れたくなかっただけめ、久隆が真霊媒で乙矢が真占い師なのかも知れない。
そこのところは、本当にまだ、分からなかった。
とにかく、真霊媒かもしれない久隆にはここで消えてもらわねばならない。
狼である章夫の対抗に出ているのだから、負けるわけには行かなかった。
昨日と同じように、投票の時間はやって来た。
もう、何が起こるのか知っている皆が緊張気味に待つ中で、昨日と全く同じように機械的な女声が告げた。
『投票5分前です。』
デジタル表示が、モニターの中で減り始めた。
東吾はゆっくりと腕時計を上げて、カバーを開ける。
小さなテンキーが、死刑執行ボタンのように見えて来た。
シンと静まり返る中、空調の音だけが聴こえる。
落ち着いているつもりだったが、頭がぼうっとして目が霞むような気がしてきた。
声は告げた。
『投票を始めてください。』
東吾は、昨日よりは落ち着いて番号を入力した。
久隆は7…章夫とは隣同士だから気をつけないと。
そうして、一発で入力を決めた東吾が顔を上げると、今日は皆が同じように入力を終えていた。
『投票が終わりました。』
1(東吾)→7(久隆)
2(浩介)→7(久隆)
3(哲弥)→8(章夫)
4(澄香)→8(章夫)
5(敏弘)→7(久隆)
6(妃織)→7(久隆)
7(久隆)→8(章夫)
8(章夫)→7(久隆)
9(梓乃)→8(章夫)
10(幸次)→7(久隆)
11(貞行)→7(久隆)
12(乙矢)→8(章夫)
15(邦典)→7(久隆)
16(晴太)→7(久隆)
17(博)→7(久隆)
18(識)→7(久隆)
19(歩)→8(章夫)
え…?章夫に結構入ってる…!
東吾は、画面を見て緊張した。
しかし、声は言った。
『No.7が追放されます。』
居間の扉が開く。
空調の音がやたらとうるさい気がした。
「う…!」
フードの五人が、浮いたまま進んで久隆の方へと漂う。
久隆は、やけになったように立ち上がった。
「分かってる!飲めばいいんだろうが、飲めば!」
そうして、表向きは乱暴にズカズカと暖炉に向かって落ち着いて歩いていたが、その実は唇は震えていて、フードの一団から逃れたいだけに見えた。
暖炉の前に到着した久隆は、震える手で瓶を掴むと、その蓋を取った。
『瓶の液体を飲み干してください。』
せっつくように、声が言う。
久隆は、ぐっと唇を引き結ぶと、大きく7と表示されたモニターを見て、そうして、言った。
「…後は頼む。」
誰に言ったのか分からない。
久隆は、ぐっと液体を飲み干した。
途端に、グニャリと脚を折って、その場に倒れた。
識が、眉を寄せたのが見えた。
フードの一団は、それを見てがっかりしたように消えて行った。
がっかりしてはいないかもしれないが、心情的にそう見えたのかもしれない。
東吾が、動いた。
「久隆さん!」
久隆は、手足を変な方向に曲げて倒れていて、目は開いたままだった。
小瓶がその手から離れて床に転がっているのを蹴り飛ばし、敏弘が顔を覗き込んだ。
「…久隆さん!」
識が冷静に歩み寄って来て、言った。
「…仰向けに寝かせてくれ。」
東吾は頷いて、敏弘と共におかしな形に倒れた久隆を仰向けに寝かせた。
識は、それを見て久隆の手首を握り、その後首筋に手をやってため息をついた。
そして、目を覗き込んで瞼を引っ張ってから、言った。
「…死んでいるな。」
やっぱり瓶の液体を飲んでも死ぬ…!
東吾は、がくりと肩を落とした。もしかしたらと思ったが、フードの一団に襲われようと、液体を飲もうと死ぬ未來しかないのだ。
識は、それでも怪訝な顔をしていて、転がった小瓶を拾い上げ、中を見て匂いを嗅いだりしている。
邦典が、青い顔をしながら言った。
「なんだ…?何か気になるのか。」
識は、瓶を暖炉の上に戻して、言った。
「…飲んだだけでこの速さで死ぬなど異常なのだ。何かを注射されたわけでもない。口から飲んだものというのは、まず胃に落ちてそこからの吸収を待たねばならない。だが、久隆の場合一瞬だった。飲み込んだのか確認できないぐらいに迅速だ。死因がこの中の液体だったとは、私にはどうしても思えなくて。」
東吾は、言った。
「でも…死んでるんだろう?」
識は、頷いた。
「そう。だからおかしいと思っているのだ。何のからくりなのか…とはいえ現に死んでいて、他に何かされたわけでもない。不思議でならないのだよ。」
博が、思い付いたように言った。
「そういえば、昨日襲撃された日向さんは?あれから遺体を確認に行ったのか。」
識は頷く。
「行った。皆に報告するのが遅くなったが、議論が優先だろうと公表しなかった。簡単に言うと、いつまで経っても死にたてホヤホヤだ。夕方に見た時も、全く変わらない状態だった。つまり、恐らく追放とは仮死状態なのではないかと思う。後にどうなるのかは、私にも分からない。ここには計器がない。が、何らかの方法で、完全に死んでいるように見えるだけで、完全に死んではいないのだと思う。」
勝利陣営は帰ってくる…!
やはり、そうなのか。
東吾は、希望の灯りが灯るのを感じた。そうだ、死んではいない。勝てば帰ってくる。勝てば…つまりは、昨日から死んで行った佐織、日向、久隆の三人とは、東吾はもう会えないということなのだ。
じっと何も映さない瞳を天井へ向けている久隆の瞼を、東吾は手でそっと閉じた。
どこの陣営なのか分からないが、犠牲になってくれてありがとう、と心の中で感謝した。そして、何としても生き残りたい狼の自分のことを謝った。この犠牲の上に生き残る…仲間達のためにも。
邦典に促されて、東吾は久隆の体を皆と一緒に二階の部屋へと一緒に運んだ。
仲間のために犠牲になってでも、陣営勝利を目指さないと。
勝てば、戻って来られるのだ。




