夕方の会議
上手く部屋へと帰ることができた東吾は、そのままベッドに突っ伏して、泥のように眠った。
睡眠不足になっていたのをすぐに眠りに落ちたことで知ったが、それを自覚した時にはもう意識がなかった。
昏々と眠り続けて数時間、ハッと気が付くと、章夫が自分の腕を握って体を揺すっていた。
「東吾!もう夕方だよ、5時。会議しようって。」
東吾は、ハッと起き上がった。
「え…5時?!オレ、めっちゃ寝てた!」
章夫は、苦笑した。
「分かるよ。寝不足だったんだよね。僕も、みんなも議論で疲れ切っちゃってさあ。邦典が、急ぎ過ぎたって反省して、昼の会議はやめて、みんな部屋で休んでたんだ。これから投票までまた議論して、投票が終わったらそれぞれ夕ご飯を持って部屋で食べたらいいんじゃないかって話だ。ま、また誰か死ぬのを見てからご飯って大丈夫なのかなとは思うけどね。」
東吾は、頷いて急いで机の上のペットボトルを開けて、ぬるくなった水をゴクゴクと飲んだ。
そして、章夫を見た。
「ごめん、行くよ。でも、ちょっと楽になった。なんかだるいなあと思ってたら、ここ数日寝不足だったからだな。」
章夫は、頷いた。
「僕も。なんか早く早くって焦ってたみたいな感じだったけど、寝たら少し冷静になれたよ。もし今夜吊られても、君達ならきっと勝ってくれるしね。ま、負けないけど。」
章夫は、今日の吊りを逃れても明日がどうなるのか分からないのだ。
霊能ローラーが掛かる可能性が限りなく高いからなのだ。
東吾も、梓乃が猫又だったとして吊ることも噛むこともできないので、排除するためには一緒に死ぬしかないのかもしれない。吊られた猫又によって死ぬのはランダムなので、噛み合わせも難しい。つまりは、自分の真を追わせるためには、命を懸けなければならないのだ。
章夫は、その覚悟が一足先にできたのだろう。
皆の前で、吊るしあげられるという仕打ちに対する覚悟だった。
東吾は頷いて、言った。
「行こう。オレも頑張るよ。」
章夫は頷き返して、そうして一階へと共に降りて行った。
居間では、もう皆が座って待っていた。
東吾は、待たせた事を詫びなければと、急いで椅子に座りながら言った。
「ごめん、すっかり寝入ってて。昨日から心に来ることが多かったし、思ってた以上に疲れが溜まってたみたいだ。」
邦典が、首を振った。
「いや、オレこそ悪かった。みんな疲れてるのに、どうしても真を見極めなきゃと焦ってしまって。ちょっとは休めたか?」
東吾は、頷いた。
「うん、寝たらちょっと楽になった。いろいろ有りすぎなんだよな…また夜になったらあのフードの化け物を見なきゃならないとか思ったら、しんどくなって。」
それには、幸次が頷いた。
「分かるよ。オレもそれが怖い。」寡黙な幸次が言うのに、皆が驚いた顔をする。幸次は苦笑した。「なんかさ、昨日からだるくて。なんでだろうって考えたら、あの時ショックを受けてからだったから。精神的につらかったんだなって。」
浩介が、横で何度も頷いている。
浩介は表に出るので分かりやすいが、幸次は顔にも出ないので分かりづらかっただけで、同じようにショックを受けていたのだろう。
邦典が、言った。
「とにかくゲームを勝利で終わらせたらそれも終わるはずだよ。オレだって怖いし、本当ならこんな事はしたくない。でも、早く終わらせたいって…結局、怖いんだ。怖いから立ち向かおうって思ってしまって、必要以上にみんなに無理をさせてすまなかったと思ってる。それで、話を始めよう。」と、ホワイトボードを見た。「今夜は、霊媒を吊る。決め打ちのつもりで投票してくれ。明日の結果次第でローラーするかも知れないが、今日のところはそれで行こう。」
哲弥が言った。
「それは、霊媒結果に黒が出たら縄に余裕があるからローラー続行ってことか?」
邦典は、渋い顔をしながらも頷いた。
「それを言ったら偽物は白って言うだろうから黙ってたのに。」
哲弥は、あ、と口を押さえた。
「え、ごめん。」
だが、言わなくてもみんななんとなく分かっていた事だった。
今日久隆を吊ったら、人外だろうと白だ。それは、人狼目線は分かっていた。
だが、章夫なら黒だ。
どちらにしろ、久隆が本物ならローラーは止まらないだろう。
邦典は、咳払いをして仕切り直して、言った。
「で、二人の話はたくさん聞いた。だから、投票はそれを元に各々考えて入れてくれたらいい。今回は、グレーの占い先を決めて行こう。ここに書いておいた。見てくれ。」
見ると、そこには残りのグレー達の名前が書いてあった。
まだ誰にも占われておらず、役職として出てもいない人達、東吾、浩介、哲弥、澄香、晴太、歩の六人だった。
「占い師の中に真が一人。なので、囲われている可能性もある。だとしてもまだ、この中に人外は残っているはずだ。全部囲われるにはまだ日が浅いからな。今日は霊媒を吊るのでみんな残るわけだし、全員を各占い自称者達に振り分けよう。誰を誰に振り分ける?」
東吾は、できたら晴太を識に振り分けて欲しい、と思っていた。
自分は伏線を張っているので最悪騙りに出るが、晴太は出ない。
博と同じように、晴太も囲ってもらって識に真を取ってもらい、生き残ってもらいたかった。
悶々としていると、歩が言った。
「オレは識さんがいいな。」皆がなぜだと歩を見ると、歩は続けた。「同じ白でも真目のある人から出してもらった方が説得力があるでしょ?偽物に占われたら、最悪黒を打たれるかもしれないからね。オレは村人だし、絶対白だから真占い師に占われたい。」
東吾は、顔をしかめて言った。
「そんなのみんなそうだって。オレ達に選択権はないぞ?村に…いや、共有に決めてもらうのが一番だ。」
邦典は、首を傾げた。
「そうだなあ、別にオレ目線誰でも良いんだ。とはいえ、怪しいところは真っぽい占い師に振り分けたいのが本音だ。今のところ、村の意見では限りなく識さんが真に近いって感じだが、どう思う?」
博が、言った。
「識は昨日、佐織さんが吊られる原因になった発言をしてるけどな。結果的に佐織さんは白だったし、まだ完全に真だとは思ってない。」
誰もそこを責める様子はなかったのに。
東吾は、わざわざそこを掘り下げて来た博にハラハラした。
識は、眉を寄せた。
「私だって占っていない所の色など分からないのだ。昨日はどうしても誰かを疑わねばならなかったし、グレーに怪しい人は見当たらなかった。そんな時に佐織さんが失言をしたように思えて、そこを疑ったのだ。村も同意したから吊られたのではないのか?」
博は、むっつりと言った。
「オレは澄香さんに入れたけどね。最初の勘を信じて。」
邦典は、割り込んだ。
「まあまあ、確かに佐織さんは白だったが、みんな同じように怪しいと思ったからこそ投票したんだ。あれは村の意思なんだから、誰か一人が悪いわけじゃない。真占い師でも、何もかも見えているわけじゃないからな。」と、東吾を見た。「東吾は、何か意見はあるか?」
東吾は、邦典がほんとに自分を猫又おきしてるのを、それで感じた。
ここで意見をわざわざ求めて来るのがおかしいからだ。
だが、知らない風を装って答えた。
「そうだなあ、オレは別に昨日のことはみんなで決めたと思ってるし、それが識さんの偽要素にはならないと思う。他の占い師も入れてるしね。だから、怪しい所は識さんに占って欲しいかな。」
邦典は、さらに言った。
「どこが怪しいと思う?」
東吾は、うーんと唸った。
どうこじつけて晴太を占う方に持って行けばいいんだろう。
「…澄香さんはまだ信じ切れてないから指定しておきたいな。それから、結構黙ってる事が多い晴太も、聞けば答えるけど色を見ておきたい所だなと思ってるよ。寡黙な人は、スケープゴート位置にされやすいから、白でも色をつけておいて欲しいと思う。」
すると、敏弘が言った。
「オレもそう思うよ。例え白でも圧迫していけるだろ?黒は多いわけだからな。色をつける事が重要だ。」
一人が圧迫するには多すぎる数のグレーだけどね。
東吾は思ったが、それには頷くだけにした。
すると、乙矢が言った。
「待て、どうせ一晩に占えるのは一人だろう?澄香さんはオレに占わせてくれ。」
邦典は、顔をしかめた。
「君はそればっかだな。どこを占いたいとか、言ったら怪しまれるのが分かってるのに。」
「でも、それが真感情かもしれないだろ?」 東吾は、乙矢を弁護しておこうと言った。「決めつけるのは良くない。黙ってるよりよっぽど頑張って考えてるんだと思えるよ。澄香さんは、乙矢に振り分けよう。全員に機会を与えておかなきゃ。」
言われて、邦典は渋々頷いた。
「まあ…確かにそうだ。」と、妃織を見た。「黙ってる妃織さんは?何か考えがあるなら聞くけどな。」
妃織は、皆の不審な視線に晒されて、身を縮めた。
「私は…指定してくれたらそこを占うわ。結果を出すのが私の仕事でしょ?何度も言うけど、他は偽物だと私からは見えてるの。時間が経てば、自ずと私が嘘を言ってないのが分かると思う。みんなは囲ってるとか言うけど、占う度に囲っていたら絶対綻びが出て来るわ。白しか出せないんだから。みんなが霊媒から行くって言うから今夜は霊媒に入れるけど、私としては真霊媒を見極めたいから、たくさん居る自分のグレーを詰めて二人の霊媒結果を見てそこから決めたい気持ちよ。今はいくら話しても結果が一つしかないんだもの。決め打つには情報が少な過ぎるわ。」
言われてみたらそうなのだ。
占い師なら、そう考えるだろうし、識も同じ事を言っていた。
だが、邦典は黒を求めて二分の一にかけて霊媒を早急に決め打とうとしている。
村もそれに反対していなかった。
黙り込む邦典に、識は言った。
「まあ私が真占い師なので私目線妃織さんは偽だが、その意見は分かる。占い師目線ではそうなのだ。だが、仕方がない。村の総意には従うつもりだ。決め打つつもりでと言うのなら、もう決め打つつもりでもう一日グレーを詰めるというのもありだと、私も思うがね。」
ここへ来てまたひよるのか…?
東吾は、黙ってその話を聞いていたが、乙矢が言った。
「…私目線でもそうだ。できたら霊媒よりグレーを吊った上で占うという形で詰めていった方が、後々分かりやすいかと思うから。ただ、邦典の気持ちも分かるしな。ほんとにグレーは色が分からないから。また白を吊ったらと思うと、二分の一の確率に賭けたい気持ちも分かる。まして、日向さんがもし真霊媒だったら、人外しか居ない事になるし、確実に人外が落ちるわけだから。」
邦典は、苦悶の表情になった。
グレーが限りなく広いには確かだ。
三人がそれぞれ結果を出すのでグレーは今、六人だが、一人一人のグレー幅は広い。
真占い師が誰だが分からないので、識のグレーは東吾、浩介、哲弥、澄香、梓乃、幸次、晴太、歩と8人、乙矢のグレーは東吾、浩介、哲弥、澄香、梓乃、幸次、晴太、博、歩の9人、妃織のグレーは東吾、浩介、哲弥、澄香、幸次、晴太、博、歩の8人と多い。
誰にも色を付けてもらっていない人が、6人だというだけなのだ。
もしも二人か三人が囲われていて、役職に出ている人外が三人か四人という状態だと、ほとんどの人外がセーフティーゾーンに居るという事になる。
邦典は、悩みに悩んでいたが、苦悩の表情で言った。
「…ここから、方向を変えたらまた精査が間に合わなくて白を吊る事になってしまうかもしれない。」邦典は、疲れ切った様子だった。「霊媒師から吊るのは変わらない。占い師達は、自分に振り分けられた人たちの中で、黒が見つかりそうな人を頑張って選んで占ってくれ。」
共有はつらいな。
東吾は、同情した。
素村とあまり変わらない視点なのに、進行を任される重圧は大きいだろう。
東吾は、人狼で良かったのかもしれない、と思っていた。




