朝の会議3
そもそも識には呪殺は起こせない。
狼は、狐を噛めない。
もし乙矢が狐本体ならどうするつもりかとハラハラしていると、邦典が言った。
「真占い師を確定させるために、それは確かに良いかも知れないが、グレーがまだ多すぎる。」と、皆を見回した。「こうなって来ると呪殺よりも黒を少しでも見つけておく方がいい。真が確定したら、占い師が占えるのは連続護衛できないから一日か二日だ。だから、その案は今日は飲めない。今日はグレーから指定して、そこを占ってもらう。占い師同士の相互占いは、もう少し後だ。」
識は、答えた。
「共有には従う。だが、狐が死んだら一気に減るという事を念頭に置いて考えて欲しい。背徳が生き残っていたなら、それも一緒に居なくなるのだ。一夜明けるとまだあると思っていた縄が無くなって自動的に狼有利になったとか、避けたいと思っているので。」
狐は一気に二人減る。
その時狼の噛みも通ると、一夜にして三人が消えることになるからだ。
それを、識は言っているのだ。
邦典は、険しい顔になった。
「…分かってる。霊能のローラーすら悠長にしていられないってことだろう?」
識は、頷く。
「その通りだ。ここから間違えずに人外ばかりを吊って行けるならいいが、私としては霊媒からならは真らしい所を残して吊って、まだ終わらなかったら最後に残ったもう一人を吊ってもいいかと思っているぐらいだからな。狐の存在は、脅威だ…死んでも、生きていても村が破滅するかもしれないからだ。」
その危険を分かった上で、狐が居るだろう占い師達を放置する選択をしろということなのだろう。
ますます険しい顔付きになった邦典は、皆を見て言った。
「…今も言ったように、今日は霊媒師だ。昨日からの行動や発言から、どちらが真か、もしくはどちらも偽なのかを考えて投票してくれ。じゃあ、意見を聞こうか。」
邦典が村の議論を進めていく。
押しやられた敏弘が、機嫌を悪くしているかもしれないと顔色を見たが、敏弘は何かから解放されたような顔をして、皆と一緒に椅子に座って邦典の進行を見ていた。
きっと、慣れない立場に置かれてキツイと思っていたのかもしれなかった。
そのまま、休憩もなく章夫と久隆の話を聞いたり、質問したりを繰り返し、気が付くと昼の12時に近付いていたのだった。
さすがに疲れて来ていた皆を見て、博が休憩を提案してお昼休憩となった。
全員が力なくキッチンやトイレへと向かう中、最後尾で章夫は、何度も同じ事を話さされて、疲れきって立ち尽くしていた。
東吾は、気になって章夫に寄って言った。
「大丈夫か?みんな真霊媒を見極めようと必死なんだな。あれだけ詰められたら、誰でも疲れるよ。」
章夫は、無理に背筋をしゃんと伸ばすと、言った。
「それでもここで踏ん張らないと。久隆さんは昨日、澄香さんのことで少しヘイトを溜めてるし、それに乙矢が怪しくなって来たから囲いを追われて劣勢だ。昨日澄香さんに入れてないのもマイナスだし。がんばるよ。まだ日向さんが真なんじゃって、みんなの疑いの目が拭いきれないしね。」
東吾は、頷いた。
「ここが踏ん張り時だからな。」
すると、そこへ邦典が戻って来た。
キッチンへ向かっていたのに、わざわざこちらへ戻って来るのに、東吾はにわかに緊張した…今の会話に、おかしな所はなかったはずだ。
邦典は、二人の前まで来て、言った。
「東吾は、章夫が真だと思ってるのか?」
東吾は、驚いたが頷いた。
「章夫のことは、最初から信じてるからね。言わなかったけど、話してる時になんか持ってそうだなとは思っていたし。それが霊媒なんじゃって、昨日の投票結果を見た時思ってたんだ。日向さんは、そんなことなかったから、たまたま友達の佐織さんに入れられないから、澄香さんに入れたんじゃないかって思ってる。」
そうだ、その手があった。
東吾は、自分で言って自分で納得した。
日向は佐織の友達で、一緒に来てずっと一緒に居た。
あの時、澄香が怪しいと思っていたのだから、佐織が吊られないためにも、澄香に入れたとしたら合点が行くのだ。
それを聞いて、邦典は、ハアとため息をつくと、項垂れた。
「…だよな。オレもそれは思ったんだよ。狼はそれを間違えて日向さんを噛んだんじゃないかって。何しろ、あの投票前までそこまで佐織さんは怪しくはなかったんだ。誰を怪しんだらいいのか分からなかった時、たまたま失言したからそれを識さんに拾われて、ああなった。みんな疑心暗鬼だから、ちょっとの失言が命取りだ。識さんだって、どこを怪しんだらいいのか分からなかっただろう。焦ってたしな。今夜はそんなことがないように、霊媒の二択にしようと思ったんだ。オレも、どっちかは真だと思ってる。日向さんは多分素村だ。章夫の事の方が信じられるかもと思ってるんだ。」
東吾は、頷いた。
「だろ?オレもそう思ってたけど、同陣営だとか言われて謎の黒塗りをされたら章夫が人外に陥れられるんじゃないかって、黙って聞いてたんだけど。」
邦典は、東吾をじっと見た。
「今、オレは敏弘の次に東吾が信じられるんじゃないかって思ってて。君の意見はオレの考えといつも近いし。東吾は、何か持ってないのか?」
東吾は、困った。
ここで共有の邦典に言っておくべきなのだろうか。
だが、もしかしたら騙るとマズい状況になったら、素村のふりをしなければならないかもしれないし、その時には浩介を噛んで何とかしようと思っていたのだが、知ってる数が増えたらそれもできなくなる。
東吾が絶句したので、邦典はハハと乾いた笑い声を上げた。
「いや、いいんだ。確かに誰が聞いてるか分からないし、あったとしても言えないよな。じゃあ、飯でも食いに行こう。」
東吾は、歩き出した邦典の背を見ながら、恐らく邦典は、自分が猫又だと思っているのだろうな、と思った。
そうでないと、共有の相方の次に信用するなど無理だ。それほど信頼されるような意見も出していないように思うのだ。
それでも、邦典の信頼は有難いので、東吾はその背を追って、章夫と共にキッチンへと入って行った。
キッチンでは、皆がひしめき合って自分の食事を温めたりと動き回っていたが、識と博はもう、ダイニングテーブルの椅子に座って和定食のような物を食べようとしていた。
刺身と煮物、小鉢と味噌汁にご飯と、軽く定食屋のメニューのようだ。
それを見た章夫が、言った。
「あ!おいしそう、僕もそれ食べたい!」
博は、言った。
「煮物は冷蔵庫にあるヤツ温めただけだ。味噌汁はそっちにカップのがあるし、米もチンするやつがあるぞ。こいつは刺身が好きだからこれ食わしといたら文句言わないんだよ。」
識は、黙々と口に米を運んでいたが、軽く博を睨んだ。
「好きなんだから仕方がないだろうが。」
「おふくろさんが好きだもんなあ。オレが鯛釣って持ってった時、そりゃあ喜んでくれてさあ。せっかく持ってったのに、お前の親父が不機嫌になって困ったもんだ。」
識は、箸を進めながら当然のように頷いた。
「お父さんは自分以外の男にお母さんが笑いかけても不機嫌になるからな。私が日本に帰って来て久しぶりの再会だとお母さんが私に抱きついただけでも大騒ぎだった。なのでそういう時は、そっと細川に渡して帰った方がいいのだ。いい加減に扱いに慣れたらどうだ。」
どれだけ嫁が好きな夫なんだろう、識の父親は。
というか、細川って誰だろう。
東吾はそれを聞いて思ったが、黙っていた。
章夫は、嬉々として冷蔵庫へと走って行き、刺身盛り合わせとレンジでチンのご飯を持って、戻って来た。
「おいしそう!電子レンジの空き待ちしなきゃ。一斉にご飯になったら、レンジが困るねえ。」
見ると、二台あるレンジは必死に頑張っている。
東吾は、ため息をついた。
「…オレ、後でいい。なんか混雑してるし。ちょっと疲れたし部屋に帰ってるよ。また会議する時呼んでくれないか。」
博が、東吾を見上げた。
「大丈夫か?食べておかないと頭が働かないぞ。せめてパンぐらい持って上がったらどうだ。」
東吾は、もう足を扉へ向けながら首を振った。
「パンなら昨日持って帰ったのがまだ残ってるし。頭が疲れちゃって。昼寝させてくれ。」
思えば、人狼は0時に話し合いが始まるので、連日1時頃に寝て朝6時に起きているので、睡眠時間が足りないのだ。
それで怪しまれる事もないだろうが、こうして議論で皆が疲れているのに乗じて、眠れるのなら眠っておいたほうが良いかもしれなかった。
邦典達の心配そうな視線を背中に感じながら、東吾は自分の部屋へと急いだのだった。




