二日目朝の会議
部屋へと帰った東吾は、憔悴し切っている浩介を気遣う余裕もなく扉を開いて中へと飛び込んだ。
急いで服を脱ぎ捨てると、バスルームへと駆け込んで急いで体を洗い、髪を乾かした。
そして、目の前のクローゼットから新しい服を引っ張り出して着て、昨日のうちに持ち込んで、部屋の冷蔵庫に入れていたサンドイッチとペットボトルのコーヒーを出して来て、立ったまま掻き込む。
7時まで時間はあったが、今日の結果が気になって仕方が無かったので、少しでも早く下へと行って、降りて来ている皆と合流して雑談の中ででも結果を知れないかと思ったのだ。
それなりに急いだつもりだったのだが、部屋を出る時には六時半を過ぎていた。
自分を落ち着かせようとわざとゆっくり階段を降りて、玄関ホールを抜けて居間へと向かうと、居間のソファではもう、識、博、章夫、晴太、敏弘、邦典、哲弥が座って話しているところだった。
敏弘が、東吾が入って来たのを気取ってこちらを向いた。
「ああ、東吾。朝飯食って来たか?」
東吾は、頷いてそちらへ歩み寄った。
「昨日部屋に持って行ってたから。みんなは?」
博が答える。
「識は冷たいパンとか食べないからな。パンなら焼き立てかトースターで炙らないと口にしないんだよ。めんどくさいから毎回キッチンへ降りて準備して食べる感じ。もちろん、準備するのはオレだけど。」
識は、むっつりと博を見た。
「だから私は別にどちらでも良いのだ。栄養ゼリーで良いと言っているのに、君が食えと言うのではないか。」
博は、軽く識を睨んだ。
「だからお前が食わないとオレがお前の親に文句言われるの!全くよお。」
東吾は、素朴な疑問が湧いたので、言った。
「博さんは識さんと職場繋がりだったよね?家族ぐるみの付き合いなの?」
博は、少しバツが悪そうな顔をしたが、皆が不思議そうな顔をして見ているので、仕方なく答えた。
「…まあ、こいつのおふくろさんとは友達でな。親父とはあんまりだけど。いい人なんだよ、ほんとに。くれぐれもよろしくと言われてるから、世話するしかねぇの。」
やっぱり家族ぐるみか。
識は、ふんと横を向いた。
「お母さんの事を友達だとか言うな。あの人は誰にでも親し気なのだ。近付くんじゃないぞ。」
え、マザコン?!
東吾は、一瞬ぎょっとしたが、博がため息をついた。
「へえへえ、お前んとこの親父に殺されるから、手を出したりはしないっての。オレにも嫁が居るからな。」
識は、真剣な顔で頷いた。
「頼むぞ。お父さんはお母さんに関しては異常だから君がまずいことになるんだからな。」
親父が異常だから母親に近付くなと言っているのか。
というか、異常ってなんだろう。
博は、フンと鼻を鳴らした。
「お前、親父にそっくりじゃねぇか。顔も性格も頭の中身も。異常とか言うなっての。」
これとそっくりの父親が異常なのか。
東吾は、慄いた。つまりは、頭が良過ぎておかしくなったクチだろうか。
識は、息をついた。
「私はあそこまでお母さんに執着してはいない。一緒にするな。」
黙って聞いていたが、東吾がおずおずと言った。
「その…識さんの家族事情は分かったけど、占い結果は?もうみんな聞いてるのか?」
敏弘が、首を振った。
「いや、会議で聞いた方がいいかって。不平等だろう?誰が人外なのかまだ分かっていないし、霊媒師の事も気になる。狩人は…昨日は護衛成功が出せなかったけど。」
晴太が、言った。
「顔に出すんじゃないぞ。」いつもは黙っている晴太が言い出したので、敏弘が驚いていると、晴太は続けた。「どこに人外が居るか分からないんだからな。できたら議論でも、話すのはやめた方がいい。護衛成功が出た時とかに、どこを護衛していたとかの話は出していいだろうけど、話題が出れば出るほど狩人が透けて来るからな。」
それには、邦典が同意して頷いた。
「その通りだ。敏弘は顔に出やすいから、気を付けないと。」
晴太は、頷いた。
「オレは、黙ってる分いろいろ見えるからな。バレバレなんだよ…気を付けた方がいい。ここでは言わないが、隠してるなら、相方の事とかもな。」
敏弘は、びくと肩を震わせた。
邦典が、ため息をついた。
「ここ二日ほどで分かったけど、敏弘は素直なんだよ。何でも顔に出ちまう。だから仕方がないけど、みんなでフォローして行こう。」
晴太は黙って頷いたが、敏弘は顔を赤くして、下を向いた。
「…ごめん。分かってるんだけど、どうも顔に出るみたいで。狩人の事は、何も言わないでおくよ。必要な時だけにする。」
東吾も黙って頷いて聞いていると、そこへぞろぞろと乙矢、久隆、浩介、歩、幸次が入って来た。
東吾達が集まっているのを見て、乙矢が言った。
「もう話し合いを始めてるのか?」
邦典が、首を振った。
「いや、まだだ。占い結果も言わないようにしてもらってる。そういえば、もうそろそろ時間だな?みんな降りて来るだろう。そっちの椅子に移ろう。」
邦典に促されて、全員が立ち上がったので、東吾もそれに従って自分の椅子へと向かった。
嫌でも暖炉が目に入り、その上には、昨日もあったあの小瓶が鎮座しているのが見えた。
…吊られてあれを飲んだらどうなるんだろう。
東吾はそう思いながら、椅子へと座った。
すると、残りの村人たちもぞろぞろと入って来て、皆が椅子へと収まった。
さて、誰がCOして来るのか。
東吾が固唾を飲んでいると、敏弘が今日は更に緊張気味に立ち上がって、ホワイトボードの前に立った。
そして、言った。
「…まず、占い結果を聞こう。妃織さんから。」
妃織は、言った。
「私は、梓乃さんを占って白。」
久隆ではなく梓乃を占ったのか。
東吾は、思っていた。これでは、乙矢が久隆を囲っている背徳者なのかどうなのか分からない。
だが、相互占いを押していたのが乙矢なので、それはあり得ないだろう。もちろん、妃織が狐だったらこの限りではない。
敏弘は、頷いてそれを記入しながら、言った。
「乙矢は?」
乙矢は、苦々しい顔で言った。
「オレは、貞行を占って白。溶けてないから、狐でも無かったな。」
貞行が、フッと笑った。
「だからオレは白だっての。囲われてなんかいない。」
敏弘は、淡々と言った。
「次、識さん。」
識は、言った。
「私は、博を占って白。身近過ぎて見えていないかもしれないと占ったが、白だった。」
敏弘は、頷いてそれも記入した。さっき注意されたばかりだからなのか、心無しか無になろうとしているように、無表情を貫こうと努力しているようだった。
「…じゃあ、ここからだ。」と、皆を見回した。「霊媒師は?昨日の色を知りたい。澄香さんの他に居たら、出て来てくれないか。」
来た。
東吾は、自分のことのように緊張した。
だが、当の本人の章夫は、あっさりと手を上げた。
「はい。オレが霊媒師。」
他に居ないか。
東吾が思って顔を上げると、驚いたことに久隆が、手を上げていた。
「オレが霊媒師だ。」
日向さんは違ったか…!
日向を入れたら、人外数が合わない。
東吾は、唖然として久隆と章夫を交互に見た。
この村には、人狼四人と狂信者一人、そして狐と背徳者という人外が居る。
占い師に二人、霊媒師に二人人外が出ている事になり、人狼目線、占い師に一人の狐陣営が居る。
そして、霊媒師に一人の狼が出て居て、一人の狐陣営、そして真霊媒となるのだが…では、やはり日向は素村だったのだ。
澄香は、誰にも庇われていないので恐らく真。久隆は、乙矢に囲われていると見て背徳者か狐と考えたら合点がいく。
霊媒師が三人、占い師が三人という陣形になってしまったのだ。
敏弘は、あくまでも淡々と言った。
「…じゃあ、いっせーので結果を言ってくれ。じゃあ行くよ、いっせーの!」
「「白」」
男声ばかりが聴こえた。
澄香は、じっと黙っている。
敏弘は、顔をしかめて澄香を見た。
「澄香さん?」
澄香は、プルプルと震えている。
隣りの哲弥が、怪訝な顔で澄香の顔を覗き込んだ。
「なんだよ、結果は?見てないのか?」
そんなことってあるのか?
東吾は思ったが、澄香は何も言わない。
哲弥が焦れて、怒鳴るように言った。
「なんだよ!普段のオレに話してるんじゃないんだぞ!命が懸かってるんだ、結果を知ってるなら言えよ!」
澄香は、そのまま震えていたが、急に弱々しく肩を落とすと、言った。
「…私は、村人なの。本当よ。だから、吊られたらいけないと思ったし、今日霊媒師の一確を促せると思ったの。だから、CO場面で言うつもりだった。私は霊媒師じゃないの。素村よ。」
村騙り…?!
東吾は、目を見開いた。
確かにルールブックで、村騙りを禁じてはいなかった。
だが、あの場面で澄香が騙ったばかりに、白である佐織が吊られることになったのだ。
村目線では、限りなく怪しいだろう。
だが、狼目線は分かる。
日向がやはり、霊媒を騙りたかった背徳者か、真霊能だったのだ。
そして、久隆が真か狐陣営のどちらかだろう。
章夫が、言った。
「一確って、ここには人外が第三陣営まであるんだよ?!全部の陣営が出たら三人なんだから、君が出たぐらいで一確なんてするはずないじゃないか!まして、昨日君があれだけ疑われていたんだから、勝てると騙って出て来る人外だって居る…現に久隆さんが出てるんだ!」
久隆は、ムッとした顔をした。
「オレ目線だってそうだぞ!どっちにしろ、澄香さんが怪しいってのは分かった!佐織さんは白だったのに、君のせいで吊られたんだぞ?!」
澄香は、必死に言った。
「誰も信じてくれないから!私は本当に村人なの!本当に昨日は霊媒騙りを抑制できると思ったのよ!」
敏弘が、無表情を貫こうとしていたのを、もう忘れて盛大に嫌な顔をした。
「まあ、じゃあもう今夜は澄香さんだ。全く村利が無い。無駄な吊りを使わせて。」
「待て。」村の雰囲気が澄香を糾弾する様子だったのに、識が言った。「澄香さんは今夜は吊るべきではない。」
皆が驚いた顔をする。
邦典があからさまに不信感を持った目で、識を見た。
「…どうして庇うんだ?本当なら怪しいから昨日吊ってたはずなんだ。佐織さんは白確だ。無駄に縄を使う事になったんだぞ。」
識は、チラと邦典を見た。
「…冷静に考えろ。ここで澄香さんを吊ったら人外の思うツボだぞ。もし澄香さんが人外なら、騙ったままで良かったのだ。適当に結果を合わせておけば、怪しまれていても残る可能性もある。三人も出ているんだからな。だが、澄香さんはわざわざ怪しまれるのが分かっていて撤回したのだ。確かに村騙りは村を混乱させるので良くないが、死にたくないからと必死に考えた結果だったのだろう。吊るにしても、占ってからの方が良いと私は思う。」
ここで澄香を庇ったら黒くなるのに。
東吾は思ったが、意外にも貞行が割り込んだ。
「…そうだな。そうなんだよ、考えたら。」今度は、皆が貞行を見た。「騙るなら別に狩人でも、猫又でも良かったんだよな。それを、わざわざ霊媒にしたことから、一確を狙ってっていうなら分かる気がする。猫又も狩人も、まだまだ出て来ないだろうし、霊媒なら今日、この機会に撤回できる。そもそも、人外なら識さんが言うようにわざわざ撤回なんかしなくて良かったんだ。こうして怪しまれるんだからな。出たままの方が、真かもしれないと村が混乱することになるだろうに。人外ならおかしくないか?よく考えてみろ。」
言われて、皆は嫌な顔をしたが、しかしもっともな事だった。
澄香が人外なら、出たままで居た方が、同じ怪しまれるでもマシだっただろう。
それを、わざわざ騙っていたと打ち明けたことで、確かに人外っぽくないのだ。
章夫が、フンと鼻から息を吐いた。
「…腹は立つよ。僕は佐織さんの白を見てるからね。でも、聞いてみたら確かに識さんや貞行が言う通りだし、澄香さんを吊っていても同じように白を見たのかもしれない。でも、騙った事実は消えないから。残せないとは思うよ。いずれ整理位置になるとは思うし、今日黒が出てない事から引き続きグレーから整理して行くんだと思うけど、黒い位置が無いようだったら澄香さんは筆頭位置だ。グレーに戻ったわけだからね。それでもいいなら、もう一度他のグレーと一緒に精査し直すよ。」
澄香は、下を向いて聞いていたが、顔を上げた。
「ええ。それでもいいわ。でも、本当に村人。まさか本当に死ぬなんて思ってもいなくて…黒であったらって、願っていたの。それなのに、佐織さんは白だったなんて。同じ村人だったんだろうにと思うと、とてもつらかったの…。このまま騙って最終日までなんて、最初は思ってたぐらい、村人が敵に見えてた。でも、勝たなきゃ帰れないって思って。村のためには、言うべきだと思った。ごめんなさい、ややこしい事をして。」
澄香は、本当に反省しているようだった。
昨日までの、激しい様子が全くないのだ。
…まずいな。
東吾は、それを見て思っていた。
明らかにスケープゴート位置だった澄香が、こうして皆と和解してしまったことで、また自分達に縄がかかる可能性が出て来てしまったのだ。
しかし、識のことだから何かを考えてあんなことを言ったはず。
東吾は、仲間を信じて自分ができることからして行こう、と思っていた。




